2.とろとろクリームシチュー
*・*・*
雪を欲した少女は、男が生み出した雪を食べ尽くしてもすぐには目を覚まさなかった。
ただひとつ、疲弊し切ってた様子だけはなくなり、男が仕方なく抱えても静かに眠るだけだった。
助けたのもあるが、冬間近なこの時期に野放ししておくわけにもいかないので、男は少女を背負って野営地に戻った。
獣達が、あらかたの食料を食い尽くしてると思っていたが、鍋の中身と蓋に乗せておいた食事だけしか消えてなく。
そして、腹が満たされたのか、鍋を囲うように浅く眠ってしまっている。
「やれやれ。こいつらにも気に入られたか……腕が上がった証拠だが」
ひとまず、この少女が目覚めるまでにはもう一度食事を作らねばなるまい。
男はあるだけの敷布を使い、自分の時よりは丁寧に寝床を作ってから彼女を寝かせてやった。作業の合間も、結局少女は浅く呼吸を繰り返すだけで目覚めはしなかったが。
「…………幼いが、美しくはあるな」
伝え聞く噂通りに、輝くほどの銀髪。
あれだけの雪を食べ尽くしたのだからほぼ確定だが、瞳も青銀であろう。
それらを差し引いても、シミひとつない白雪のような肌に整った容姿は幼さを感じながらも美しかった。齢を重ねれば、更に磨かれる事間違いなし。
「だが……何故雪も降らぬ季節にこんな人里近くまで」
この種族は、変わり者でなければ自分達の棲まう里から出ないとされている。
成人した者なら男もある程度納得はするが、少女はどう見てもまだ成人に満たない年頃。
ならば、事情があって里から抜け出したのかもしれない。
その考えに、男は一瞬だけある記憶が過ぎったが、すぐに消し去り彼女から離れた。
先程決めた通り、彼女が一応目覚めるまでに新しい料理を作らねばならない。
残りの食材をくまなく確認し終えてから、無難に温かい食事でもシチューにしようと決めた。一部雪族に詳しい者から聞いた中に、彼女達の食事も雪以外は普通の食事と変わりないと言うのを思い出したから。
「胃の負担を考えると、あっさり目がいいだろうな。肉も脂身の少ないので……」
それから、喉越しの良さなどを考慮し、鍋で調理を終える頃には眠りこけてた獣達も起き出した。
だが、彼らは男の周りに集まると思いきや少女の方に向かっていく。
彼女が起きたかと思って振り返るも、依然として眠りについたままで、獣達は何故か彼女を心配するかのように囲んでいただけだ。
「…………そのままでいろよ」
好奇の心で服や髪を食む事がないか気がかりだったが、獣達は少女が起きないと分かればその場で伏せていく。
それを見届けてから男は調理に戻り、皮をむいたジャガイモを調理道具ですりおろしていった。そのまま鍋に入れ、とろみがつくまで金属の杓子でかき混ぜる。
「…………さて」
ここで、野営する者には縁遠い食材を足す。
正体は生クリーム。
基本的に現地調達以外で、生ものを手にしない冒険者や旅人はこのような食材は持ち歩かない。
特に男は冒険者ではないので、余計に持ち歩く事は不可能。だが、商業のギルドマスター達と開発したある道具のお陰で、新鮮にほど近い生の食材も持ち歩けている。
そのストックも最後だったが、まだ寝ている彼女を思えば出し惜しみはしない。
一度杓子で軽く味見をしたが、なかなかに良い味になったので無理にでも彼女を起こそうと決めた。きっと、胃の方は食事を欲してるだろうから。
「………………すっごく、良い匂いっ」
決意と同時に振り返れば、彼女は既に起きていた。
調理に夢中になっていたので、いつからかはわからないが先程の発言と少女の寝ぼけ眼な表情から察するに、つい今しがただろう。
杓子を鍋蓋に置いてから、男はきちんと体を向けた。
「…………起きたか。随分と衰弱してたが」
「あ、は、はいっ。えっと……その、お兄さんが私を?」
「ああ。雪が欲しいと言うから、俺の魔法で出した」
「やっぱり!」
事実をそのまま伝えると、少女は突然青銀の瞳を輝かせ、敷物から飛び出た。
「すっごく、すっごく優しい甘さで、美味しい雪を食べた夢を見てたんです! あれ、夢じゃなかったんですね!」
「…………雪に、味があるのか?」
「私達には感じるんです! あ、申し遅れました。私は雪族のユリアネス=スノーライアと言います!」
儚げな印象を覆すほどの、陽気過ぎる少女だった。
しかも、里じゃない場所で堂々と自分の正体を明かすのは阿呆かと思うも、輝く瞳に若干圧倒されたので男も怒る気力が失せた。
「…………レヴィアスだ。ユリアネス、下界の地で簡単に自分の種族を明かさない方がいい。君達の場合特に」
「知ってます! けど、恩人の方には打ち明けたいですし、髪とか元の色に戻っちゃってますから隠しようがありませんし!」
「…………そう、か」
隠し立てようがないから、すべて明かす。潔い行為だ。
だが、一点。レヴィアスが好意的に助けた場合じゃないのを想定していないのだろうか。そこが気になるも、レヴィアスが既にそうではない態度でいるからか彼女も打ち明けたのやもしれぬ。
ひとまず、鍋が焦げ付きそうにもなるので食事を出す事にした。
「伝手で聞いたが、雪以外にも食事は普通に出来るのだろう?」
「はいっ! 雪は定期的に補給しなきゃいけない以外は大丈夫です。お兄さんの雪で、少しの間なら持ちます」
「事情は色々聞きたいが……ほら、熱いから気をつけろ」
「うわぁー、シチュー!」
獣達は少女が完全に起きると何故か距離を置くように去る者もいれば止まる者もいた。
ユリアネスが敷布から完全に出て、腰掛け用の丸太にしっかり座ってからシチューの器を差し出す。
彼女は満面の笑みを浮かべて受け取ってくれ、一緒に入れた木の匙ですくい上げると不思議そうな表情になった。
「あれ? お芋……ないんですね?」
「ああ。寝起きに胃もたれしやすいと思ったからな。だが、形は変わっても入ってるぞ」
「そうなんですか? いっただきまーす」
レヴィアスがジャガイモの形状を言うと、彼女はぱっと顔色を変えて匙を口に運んだ。
かなり熱いので、息を吹きかけてよく冷ましてから口に入れると、飛び起きた時よりも更に顔を輝かせた。
「すっごい、とろっとろで美味しいです! ホクホクなお芋も好きですけど……これ、すりおろし?てるんですか?」
「ああ。胃が驚かないようにすりおろして煮込むとそんな食感になる」
「んく……っ。ほふ、美味しいです! お料理、すっごく上手なんですね!」
ユリアネスはレヴィアスが半分も食べないうちに食べ終わり、お代わりをしそうな勢いだったのですぐに器を取ってやった。
レヴィアスの気遣いに、彼女はまた満面の笑みを見せてくれたので作った甲斐があったなとレヴィアスも少し嬉しくなった。
途中、携帯用のパンも食べさせてやり、鍋が空になるまで食べ終えるとユリアネスはとんでもないことを言いだした。
「ふわー……一週間ぶりのちゃんとしたご飯、ご馳走さまでした!」
「…………何故、そこまで」
「身一つで出てきちゃったんで、何も持ってないんです!」
「それはわかる。だが、雪のない時期に里から出るなど自殺行為じゃ」
「…………あそこにいる意味が、なかったんです」
もっと追求しようとしたところで、ユリアネスは急に真剣な表情でレヴィアスを見据えてきた。
快活さは失せ、決意を固めた瞳だけを向けて。
「お父さんもお母さんもいない、あの里じゃ……私の居場所はないに等しかったからです」
ゆっくりと、静かに。けれど、よく通る声で告げた真実はレヴィアスの胸に突き刺さった。
「雪が常に降る世界で、生きる事は出来ても……私はずっと外の世界に憧れてました。二人から、外の世界の過酷さと素晴らしさを聞いて育ってきたんです。いつか、変わり者と呼ばれてもあそこから出たいと」
「…………それを実行したのが、一週間前か?」
「いいえ。雪の貯蓄だけはかなりしてきたので……実際はひと月です。油断してたのは、外の世界がこの時期雪がない事でしたけど」
「…………せめて、その常識だけは知ってた方がいい。命に関わるなら」
「そうですね」
レヴィアスが絞り出した言葉に、彼女は真摯な表情から舌を出すと言うお茶目なものに変えた。
「あ、そうです。お兄さん……レヴィアスさんに御礼がしたいです!」
「……別に、君が雪族だからと言う理由で助けたわけではないが」
「なら、なおの事です! 雪の貯蓄はしっかりあるんで、言ってください! 今必要なものとか!」
「…………別にいい」
「えー!」
別に、本当に彼女が雪族と言う理由で助けたわけではない。
それを、恩返しの理由で万物を生み出す能力を見られるとしても、今はいらない。
もっと、すべきことがあるからだ。
「確認しておく、ユリアネス。君は里から出てどうしたかったんだ?」
「ユリア、って呼んでください!」
「……何故」
「でないと、私はレヴィアスさんをご主人様と呼びます!」
「…………やめてくれ、ユリア」
やはり、助ける為とは言え雪を与えたのは間違っていたか。
伝手で聞いた中に、彼ら雪族は外界で最初に生み出された雪を口にすると、その術者を『契約主』と認識すると言うのは。
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