1.雪の少女







 *・*・*







 まだ雪も降らぬ、風が冷たくなり始めた頃。


 森の動物や精霊、俗に魔物と呼ばれる生き物達は冬の蓄えにいそしみ、己の生命を絶たぬように日々動き回っている。


 そんな中、ヒトとヒトに近い精霊の末裔達は、蓄えはそこそこするものの。獣達のように冬眠の必要はないため、貯蔵に必要な分だけ。


 だが、居住の場を持たないヒトの場合は常に必要。


 その常識を忘れていたある少女が、獣道を分け入りながらおぼつかない足取りで道を進んでいた。



「……ない。どこ……にも」



 その少女は、擦り傷や服が多少汚れてはいるものの、見目は悪くない。それどころか、冬の新雪に負けない程の美しい銀髪を長く伸ばしていた。


 両手を宙に向けるも、向かうとこには木の実ひとつ実っていない。


 だが、少女の欲するものは食べ物ではないのだ。



「き……ては、いたけれど。下界には……この季節にはないなんて」



 欲してるものがない、ずっと身近にあったモノが外の世界ではないと思ってもみなかったからだ。


 水の音はしていても、欲しいのはそれではない。

 もっと軽くて、柔らかくて、でも儚く溶けてしまうもの。


 だけど、降り積もっては暖かく守ってくれる強さもある。


 何故、この季節にないのだろうか。



「雪…………雪が、ほしい」



 でないと、自分は溶けて儚くなってしまうからだ。


 ヒトの姿をしてるが、完全にヒトではない少女の種族『雪族』の生命の源は、雪だから。







 *・*・*







 場所は少し離れて、平原の端。


 焚き火をしているのか、煙が立ち昇るのが遠目にも見え、次第に小さな獣達が集まっていく。


 火を扱えるのは、自分達よりも大きな獣あるいは精霊やヒトだからだ。


 蓄え以外にも、食糧を欲するのは当然。


 好奇と、警戒心の薄い小さき獣はヒトに近づきやすい。だから、少しずつ少しずつ近づけば、そこには確かにヒトが何かをしていた。



「…………やはり、集まってきたか」



 獣達を邪険しようとしない、声と言葉。


 元より、小さき獣は嫌いでないヒト。成人していくらか立ったような黒髪の男は、獣達の様子を見るとわずかに口元を緩めた。



「まだ出来ていない。ほんの少しでよければ、分けてやれるが」



 男の優しい言葉に、近づいてきた小さき獣達はそれぞれ歓喜の声を上げた。言葉としては紡がれていないが、意味はわかったのか男は調理を続けることにした。


 焚き火の周りには、ヒトが調理と言うものをするために使う道具が色々あった。男は、目の前に置いてある鉄の板で臭いの発生源である獣の肉を焼いていたのだ。



「肉はいい具合だ。……こいつらのには、少し冷ますか」



 串焼きにしてたモノを一部、木の皿に置く。


 小さき獣達がこぞって飛びかかりそうになるが、男は火傷をするからと彼らに言いつけた。言葉を多少は理解する彼らは、男の言葉に頷き、皿から離れて待機する事にした。


 そんな彼らの様子を見ながら、男は別の鉄鍋に用意しておいたスープを一口。



「…………これなら、納品用にしても悪くはない」



 男は正式な冒険者ではないが、生産者として冒険者や商業のギルドに料理などを納品し、生計を立てている者だ。


 今回は、料理ではなく冒険者のように採取の依頼を受け、その帰りに腹ごしらえをしてるところだった。


 腹が減ってはなんとやら。獣達のように男も腹を空かしては、街に着くまで身動き出来なくなる事もある。


 そのための、仮の野営だったが予想通り、獣達がいくらか集まってきた。が、悪意を持つモノでなければ、男は獣を嫌ったりはしない。



「さあ、出来たぞ」



 完全に肉などを冷ましてから、鍋のふたなどに乗せてやると、獣達は思い思いにがっつき出した。


 別の獣達も寄ってきたため、分けてやろうとすると服の裾を引っ張られる。何度も引っ張るので、これは腹を空かしているのではないなと察した。



「…………連れて行きたい場所でも、あるのか?」



 そう聞くと、リスに似た小さな獣はしきりに頷く。


 そして、ほんの少し距離を置いて柔らかそうな尻尾を目的地らしき場所へと大きく振った。


 獣がヒトを呼ぶと言うことは、相手もヒトという事。


 しかも、急を要する事態なのだろう。さすがに食事を中断することにして、男は簡単な身支度をしてから立ち上がった。



「冷めたら、全部食べて構わない」



 残っていくであろう獣達にそう言い残すと、男は待っていてくれたリス型の獣の後を追う。


 平原と茂みを抜け、広い獣道に出たところでヒトが倒れているのを発見。女性らしきヒトの周りには、動物達が起こそうと軽く叩き合っていた。


 見えてきた綺麗な銀髪が飛び込んできて、男は一度立ち止まる。


 その特徴的な美しい銀髪は、人里では滅多にお目にかかれない色合いだからだ。



「…………まさか、な」



 リス型の獣も、来るように待っていてくれるから彼女で間違いないのだろう。


 仕方なく男は女性に近づいてみると、まだ成人には満たない少女の体つきに少し驚いた。



「…………まだ、子供じゃないか」



 起こそうとしている獣達に詫びを入れてから、彼女を仰向きに動かすと。予想通り、女性と言うよりも幼い少女。


 まだ成人には数年を要する、あどけない顔立ちだった。



「……………………おい。……おい、起きろ」



 早く起こし、事情を聞かねばと思うが一向に起きる気配がない。


 彼女の持つ銀髪が、男の知る伝承通りであればこんな人里近くの山にいてはまずいからだ。


 何故ならば、彼女達のような美しい銀髪の持ち主は、ヒトの姿をしていてもヒトではない。


 そして、特異な能力を所持する伝説の種族。



「……しい。……き、が」



 やっと声を紡いでも、うまく聞き取れないものだった。


 だが男は、彼女の言わんとしてる言葉の意味はわかった。


 同時に、ため息を吐く内容でしかなかったが。



「…………見過ごすわけにもいかない。背に腹も変えられないな。…………使うか」



 そのためにも、獣達には一度離れるよう声をかけてから、男は少女を片手でしっかりと抱えて、もう一方の手を上空に向ける。



『…………降り注げ、降り積もれ、この者のために。塵は集まり白き恩恵に、この者のために集え』



 肌寒い程度の風が、少し肌を刺す程に冷たくなり、風が上げたままの男の手に集まっていく。


 次第に、風が固まるかのように白い粒をまじえ、男の拳よりも大きそうな白く丸い塊に。


 男は、風が完全に止んでから、冷たさも厭わずに塊を少女の口元に持っていく。



「……ほら、【雪】だ」



 早く食べろ、と男は優しく声をかけてやった。


 少女はほんの少し目を開くと、目の前にあった一番欲しいものに、迷わず口をつけたのだった。

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