2012.10.31 エピローグ05
「この曲、懐かしい」
「俺の選曲じゃないんで、タイトルすら思い出せないんですよ。流行ってるんですか?」
駐車場内を徐行運転で進むMR2の車内で、風見は歌を口ずさむ。
「泣き虫になる。嘘つきになる。星に願ってる。例えば僕が、戻れないほどに壊れていても」
「ごきげんさんですね。それだけ歌えるんだったら、なんて曲名かわかります?」
「初恋クレイジー、ですよ」
「そうだ。それ、それ。スッキリしました。さっき助手席に乗せてた女性もリピートで歌ってたんですけどね。とても曲名を聞けるような雰囲気じゃなくって」
「緊張をほぐすために、歌ってたんじゃないんですか?」
「おっしゃるとおりで、そんな感じでした」
忘れていた曲名がわかる以上に、風見はスッキリした。
さっきまで、この助手席に座っていた人物がわかった。彼女もまた、最速を利用して病院にやって来たのだろう。
「川島疾風さん。この恩は、必ず返しますから」
「そんな、大げさな。それよりも、どこに向かえばいいんですか?」
「あつもり食堂ってわかります?」
「風見さんは運がいいですね。今日の昼に行ったばかりなんで、道もわかりますよ」
「とりあえず、その店でおろしてください。そこからは、なんとでもしますから」
「わかりました。じゃあ、最速でいきますよ」
食堂に向かい、カレンに会う訳ではない。むしろ、いまから最速でカレンから離れていくのだ。
カレンが最後の最後に会いに来てくれるのは、最初からわかっていた。事前に得た情報とこれまでの経験と勘に基づく結論から導き出した。
予想していなかったのは、同じ助手席に入れ替わりで乗っていることだ。
本来ならば、カレンを待っておいて、危ない仕事をやめるはずだった。そんなハッピーエンドを迎える算段だった。
だが、動き出す決意をしてしまった。
トゥルーエンドへの道が解放されたのだ。ハッピーエンドでは終われないではないか。
ずっと怠惰にかまけていたからこそ、本来のいるべき場所に向かう。取り戻したいもののために、最速を利用するのは王道だ。
イリヤ・ヒナ・プレステージという人魚は、いまも生きている。
ならば、助けに行かなければならない。
入院前に、カレンに会いにいったときに、あつもり食堂に隠したUSBを回収してから、岩田屋町を離れる。中谷勇次が暴れてくれたおかげで、奪われなかったはずだ。ギリギリで、なんとか生き残れるかもしれない。
あれこれと作戦を考えられたのは、峠に入るまでだった。
速さの世界に引きずりこまれて、思考が停止しかける。
残ったのは、曇りない一点の思い。
これが最後だと、初めておもった恋愛は終わっていない。
初恋に縛られて、いまだに狂ったままだ。
はつこいクレイジー 郷倉四季 @satokura05
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