2012.10.31 エピローグ04

 去ろうとした足が止まり、疾風は煽ってきた龍浪をみつめて舌打ちをする。


「なに? 私は安くないわよ。だいたい、セックスまで速い奴は、死んでもお断りだしね」


「てめぇ、やっぱりそういう意味のことを抜かしてたんだな。銀河じゃあるまいし、誰彼構わずやるか。人を選ぶっての。結婚して子供を産んでもらいたい相手としかやらねぇからな」


「てことは、いまから朱美のところに行くとか?」


「んなわけねぇだろ。今日は女でも酒でも、俺を満たせない。峠を攻めたい気分なんだよ」


「不毛ね」


「人の趣味に文句いうな。いくらダチだからって許さねぇぞ」


「ダチ?」


「なに呆けてんだ? それ以外になんだってんだよ」


「それもそうだね。じゃあ、友達としてお願いがあるんだけど」


「あ? 言ってみろ?」


「助手席はあいてる?」


「家に送っていけばいいのか? お前の帰りを診察室の女子どもは待ってるぞ」


「わかってるわよ。だから、私じゃなくてね」


 そこまで言うと、龍浪は風見の背中を叩いた。

 決断は風見に託された。

 最後まで、自分で選択をしないのが風見の本質だ。

 全部を壊して、浮き上がってきた根源的なもの。


 だからこそ、ここで黙ったままでいて、自分の足で会いにいくという選択もある。移動せずに、カレンを待つという道も残されている。

 とはいえ、目の前に用意されたのは最速の車と運転手だ。

 滅多に選択できない運命を目の前にして、本質がぶれようとしている。


「風見智鳥です、はじめまして。連れていってもらいたいところがあります」


「上等ォ。運び屋時代に、人間を届けるのにも慣れたからな。任せろ」


「シップー。風見くんは、あんたの年上よ。態度悪いぞ、おい」


「あー、マジか――下手くそだけど、敬語つかいますんで、はい。いまのはノーカンでお願いします」


「いや、べつにいいんだけどね」


 風見的には、タメ口でも敬語でも、言葉遣いはどうでもよかった。

 龍浪にからかわれているとも知らずに、疾風は移動をはじめる。目と鼻の先の車に乗り込むのはすぐだ。風見もあとに続くつもりで、龍浪に封筒を渡す。


「じゃあ、龍浪先生。ボクが残した荷物は勝手に処分してくれて構いません。手間賃もここに含まれていますから」


 封筒の確認を龍浪がはじめる。分厚い札束を一枚ずつ数えずに、ぺらぺらとめくるだけでうなずいた。


「シップーに――ああ、やっぱりいいや。自分でいうことにするから」


「そうですか。じゃあ、お世話になりました」


「達者でね」


 龍浪に見送られながら、風見はMR2の助手席にお邪魔する。


「よろしくお願いします」


「どうぞ、どうぞ。狭い車内ですが」


 二人乗りの狭い空間に対する感想は特にない。それよりも、カーオーディオから流れている曲が気になって仕方がない。

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