第3話

海上には一隻の戦艦が浮かんでいた。三連装の主砲が三基、副砲が二基、そして艦橋付近を中心にたくさんの対空火器が並んでいる。船尾には王国の国旗が掲げられている。

戦艦の名前は「メトロポリタン」、王国が誇る最大かつ最強の戦艦である。


王国海軍は危機に陥っていた。開戦時、海軍は戦艦7隻を保有していたが、開戦直後の空襲で5隻を失った。現在動くことのできる戦艦は東洋艦隊の「デュークオブルーク」と新型の「メトロポリタン」のみである。


「困ったな」

海軍長官は呟いた。現在艦内には臨時の海軍本部が設営されている。

「東洋艦隊司令官によると、東洋艦隊の本国への帰還はずっと先になるそうです」

若手の少佐が報告してきた。

「現在の実働戦力は?」

「先程被害を確認したところ、巡洋艦が5隻程、駆逐艦は25隻程が今すぐにでも作戦に投入できます」

「それだけか?」

「はい」

長官は腕組みした。

現在残存する艦のほとんどが、本国と北部にあるセントフォース半島に挟まれた内海にいる。したがって、外洋に出るためには内海と大洋を結ぶバリトン海峡を通過する必要があるのだが…

「哨戒機並びに潜水艦隊司令部、それに市民からの目視による確認ですが、バリトン海峡沖に敵艦隊が展開しています。その数、戦艦3、巡洋艦5、駆逐艦多数」

残存艦隊にとって絶望的とも言える報告が先程上がった。帝国海軍の保有する戦力の半分近くを海峡封鎖に使ってきた。これでは残存する戦力を内海で遊ばせることになる。

「とりあえず、動かせる艦艇は準備しておくように。特に、「フェニックス」は念入りに準備してくれるように伝えてくれ」

「空母「フェニックス」ですか?」

「ああ、被害を受けていないよな?」

「確か北方に退避していたので無傷かと」

「わかった。おそらく直ぐに出番が来るだろう。準備を急がせろ」

少佐は長官の言いたいことがよくわからなかったが、上官の命令は絶対である。直ぐに「フェニックス」に連絡をした。


長官は一人呟いた。

(第12任務部隊…今頼れるのは君たちだけだ…祖国のため戦い抜いてくれ…)

一瞬だけ遠くの海にいる艦隊に想いを馳せるが、直ぐに切り替えて仕事に戻る。

「補給参謀!現在の石油の備蓄はどうなっている!」

「北方鎮守府より伝達。水雷艇出撃準備完了したそうです」

「第3航空軍より報告。雷撃機部隊はほとんどが地上で破壊された模様」

司令部の混乱は一週間以上にわたって続いたが、それでも誰一人諦めずに戦い続ける。


同じ頃、やっと政府が機能し始めた。

昨夜の爆撃により政府首脳が死亡したため、臨時政府が残った閣僚を中心に設立された。

新たに首相に就任したのは元上院議長である。彼は早速ラジオを通じて国民に語りかけた。

「国民の皆様、私が新たに首相になりました。必ず皆様を守り抜きます。安心してついてきて下さい」

この放送は賛否両論をもって迎えられた。なにしろ、臨時政府が設けられたのは北部州の州都である。それはたまたま上院議長と数人の大臣がそこにいたから、という理由によるものなのだが(爆撃の被害を受けておらず、また立派な市庁舎があったのも理由の1つである)、国境付近や首都の市民からは政府が首都から逃げ出したかのように感じてしまった。その日の夜には女王による臨時政府の信任が伝えられ、臨時政府への批判は一旦収束した。


「左舷前方、敵機およそ10機!向かってくるっ!」

第12任務部隊は空襲を受けていた。

それでも軽巡「ロストイージス」艦橋は比較的落ち着いていた。

「対空戦闘、打ち方始め」

対空火器が一斉に火を吹き始める。もともと対空戦闘を想定して設計された軽巡なので、味方の空母を守るのは理想とも言える仕事である。

「敵機、魚雷投下しました!」

「総員に告ぐ、衝撃に備えろ!」

艦長はそう叫ぶと舵を大きく切った。艦長は士官学校時代から、軍艦の対空戦闘について研究していた。そして、大型艦を雷撃機から守るための、神業とも言える操艦術を編み出す。衝撃に備えろと口で言いつつ、絶対に当てられてたまるか、と艦長は呟く。舵を握る手に汗がにじむ。


空母「ノーザンライツ」の艦橋に報告が上がってきた。雷撃機7機撃墜、味方艦の被害なし。防空戦としては完璧とも言える成果である。

「本艦も被害はありません。また、念のため上空にあげる直掩機の数も増やします」

艦長が准将に報告した。

「そうですか!ありがとうございます!」

准将は笑顔で艦長に感謝を伝えた。

艦長の階級は大佐で、准将よりも1つ低い。

それでも准将は艦長に対して敬語を使う。

どうも元帥から二等兵まで同じ態度で接しているようなのだ。育ちがいいからなのだろうか。最近は若手の士官がテーブルマナーを習いに艦長を訪ねたりもしているらしい。


「哨戒機より報告、前方に敵艦隊あり。重巡1、駆逐艦3と見ゆ!」

艦橋に報告が入った。

「司令、出撃許可を!」

艦長が准将に許可を求めた。准将は頷く。

「総員、戦闘配置について下さい。出撃可能な戦闘機、雷撃機、爆撃機は発艦用意をお願いします。日頃の訓練の成果を発揮して下さい!頼みます!」

「おおっ!」

「いくぞ!」

艦内各所で声が上がる。

数分後、艦から数機が飛び立っていった。その眼下には、敵艦隊へ突撃していく味方の重巡が見えた。


雷撃によって敵重巡は撃沈、駆逐艦も味方重巡による砲撃によって全滅した。味方の被害は重巡「クリスタル」「ダイヤモンド」ともに被弾1(航行に支障なし)後に第一次北洋海戦と呼ばれる戦いである。開戦後負け続けていた王国軍にとって、はじめての勝利を迎えた。


帝国首都 皇帝宮殿


皇帝の執務室には帝国各軍の幹部が呼ばれていた。陸、空軍の元帥は現在の戦果を意気揚々と報告した。

「最後に海軍。報告を聞こう」

「はっ」

皇帝の御前であるため、帝国海軍の元帥もかなり緊張している。

「海軍航空隊の雷撃によって、王国の戦艦5隻を撃沈破しました。また、艦隊をバリトン海峡沖に展開。現在外洋に王国海軍の戦艦はありません」

「戦艦は、であるか」

皇帝はその表現に引っかかった。

「は?」

「空母はどうだ?」

「一隻が外洋に展開している模様です」

「それは我が帝国にとって脅威となり得るのか?」

「それが…先程味方の重巡が敵空母の攻撃によって沈没しました」

「何?」

「突然の雷撃で撃沈され、護衛の駆逐艦も全滅したそうです」

「おい!何をやっとるんだ海軍は!」

「申し訳ありません!」

「我が偉大なる帝国軍な負けるなどあり得ない。確実に敵空母を仕留めろ。これは皇帝からの命令だ」

「はっ」


この後、空母「ノーザンライツ」撃沈のための一大作戦が始まった。第12任務部隊は危機を迎えることとなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

架空の戦争〜空母「ノーザンライツ」の栄光〜 深瀬四季 @sekainohajimari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ