第2話

ほぼ地球の裏側 王国信託統治領


南国の楽園とも呼ばれるこの島は、100年近く王国が統治している。その島の北部には、王国海軍の基地が設けられていた。


「総員帽振れ!」

基地司令の声が響き、基地に残った将兵達は出港する艦隊に向けて帽子を振った。海軍基地で書類仕事をしていた現地の青年は事務所の窓から艦隊を見送った。

旧式戦艦「デュークオブルーク」率いる東洋艦隊は、本国への帰還を命じられた。帝国との戦争が始まり、戦力が不足しているらしい。


青年はこの島で生まれ育った。一年間だけ王国の首都へ留学したことがあるが、それほど王国への思い入れがあるわけではない。海軍基地への就職を決めたのは海が大好きだという漠然とした理由である。それでも彼は不思議と、出撃する艦隊を応援したいと思った。がんばれ、と心の中で呟いた。戦後、この青年は綺麗な海を守る活動に人生を捧げ、後に国際的な賞を受賞することとなる。


王国首都


その島の青年が留学時代に住んでいた首都のアパートは爆撃の被害を受けなかった。近所には王立美術館があり、世界中の名画が所蔵されている。帝国の皇帝は、王族が住んでいる宮殿と各国大使館のあるエリアを除いて首都全域を爆撃するように命令した。だが、爆撃部隊の司令官は美術館の爆撃を禁止を厳命した。結果的に沢山の芸術品が救われたことになる。


首都北東部200キロ地点 王家の谷


王族が住む首都の宮殿はほとんど爆撃の被害がなかったが、念のため王室ご一家の疎開が決定された。負担をかけないためと言って特別列車での移動を断り、車での移動である。移動中、上空を帝国軍の爆撃機が通過することもあったが、無事、山奥にある「王家の谷」とよばれる御用地に到着した。

「父上はご高齢であるから、私が代わりに国民と話をいたします」

王女はそう言って国民への放送の収録に臨んだ。

「国民の皆さん、国王に変わりまして皆さんにお願いします。我が王国を守って下さい。我が祖国を守って下さい。」

このスピーチは王国全土、そして世界中にラジオで放送され、国民の士気が高まった。王女はラジオを通じて毎日国民に語りかけ、「我らが王女」とよばれて親しまれた。


合衆国 首都 ワトソン特別自治区

国務長官は大統領に呼ばれた。

「お呼びでしょうか?」

「ああ、よく来てくれた」

選挙が近く、大統領は数日前から西部へ遊説していたが、帝国と王国の戦争勃発によって急遽専用機で首都ワトソンに帰ってきた。

「戦争については聞いているな?」

「はい」

「さっき王国の大使が参戦を頼みに来たよ。国防長官に聞いたら今すぐにでも艦隊は動かせるそうだ」

「参戦されるのですか?」

「正直迷っている」

大統領はどちらかというと王国寄りの立場だ。皇帝による独裁の続く帝国よりも王室を守りながら民主化を遂げた王国に親しみを感じている。

「私個人としては参戦に反対です」

「そうなのか?」

「はい。今合衆国は財政赤字で、戦争に回せる費用がほとんどありません。政府内にも親帝国派だっています」

「うーん」

「それに犠牲者が出てしまうと野党が騒ぎ出します。選挙前に反戦キャンペーンを張られると厄介です」

「確かにそうだな…」

政治家が選挙のことしか考えなくなる、それは民主主義のコストともいえる。

「とりあえず、王国に頼まれたら船団護衛くらいなら合衆国海軍にやってもらいましょう。それ以上は保留にしませんか?」

大統領は少し考えてから言った。

「わかった。今すぐに海軍参謀長を呼び出してくれ。それから国務省は情報収集をおこたるなよ」

「もちろんです」

国務長官はそう言って部屋を出ていった。


大統領は独り考えた。

合衆国の軍事力、工業力は非常に高い。今すぐ全面的に参戦すれば最終的に戦争に勝てるだろう。そして彼は参戦を選ばなかった。

「神よ。私は世界の命運を握ってしまった。私はどうすればいいのか」彼は神に祈る。


同時刻 王国海軍 第12任務部隊

旗艦 空母「ノーザンライツ」第一艦橋


第12任務部隊を指揮する准将はまだ20代である。王国海軍の提督としては最年少だ。名門貴族出身で、士官学校ではなく首都学院を首席で卒業してから軍人となった変わり種だ。その天才的な采配が評価されて参謀本部の次席参謀に就任した後、空母計画本部に出向し、現在第12任務部隊の指揮を取っている。その物腰柔らかな性格から、部下からは親しみを込めて「我らが提督」と呼ばれている。


准将は「ノーザンライツ」艦長以下主要幹部を艦橋に集めた。既に全員が現在の戦況を把握している。開口一番、准将は言った。

「先程本部隊に対して作戦命令が下されました」

幹部達は色めき立った。

昨夜から艦隊は断続的に爆撃を受けている。そろそろこちらから仕掛けたい、艦橋にいる誰もがそう思っていた。

「本部隊の任務は、帝国艦隊に対する遊撃戦です。それができるのは私達しかいない。各艦の士官は後で艦橋へ来て下さい。作戦を詰めます」

そして言った。

「私達の任務は2つです。祖国を守り抜くこと、無事帰還することです。絶対に成功させて下さい!」

「はっ!」

艦隊は進路を南に向けた。


空母1隻、重巡2隻、軽巡1隻、駆逐艦5隻。現在の第12任務部隊が有する全戦力である。たった9隻の艦隊が、この戦争の行方を大きく変えることとなる。

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