架空の戦争〜空母「ノーザンライツ」の栄光〜
深瀬四季
第1話
宣戦布告まであと1時間
セントフォース半島沖
帝国海軍潜水艦「キラーホエール 」艦内
「目標 敵空母 距離8000」
「魚雷発射準備完了」
狭い艦内に声が響く。
「艦長。攻撃準備が完了しました」
副長の声が艦長の耳に届いた。
艦長は自分の家族のことを考えていた。出港してから一ヶ月近く立っている。水上艦艇に勤務していたころは一年近く家族に会えないこともあった。それよりマシとはいえ…レーダー上に点で表される、あの艦の乗組員にも家族がいるだろう、そんなことを考えていた。だが、副長の声で現実に戻される。
「了解。21:00をもって攻撃を開始。今夜、俺達は伝説となる。抜かるなよ」
攻撃命令の発令とともに艦内の空気が変わるのを副長は感じた。
同時刻
外洋演習中 王国海軍第12任務部隊
駆逐艦「スノーストーム」
レーダーの右舷側に突然が光った。当直の少尉は目を擦ってもう一度画面を覗き込んだ。左舷側に映る点は旗艦である空母「ノーザンライツ」だ。その周辺には艦隊の巡洋艦と駆逐艦を表す点が映っている。右舷側には何もないはずなのに、レーダー上の点は光り続ける。
誤作動だろうか、と彼は思った。やっと各艦にまでレーダーが配備されたとはいえ、機械の精度はあまり高くない。二日前もイルカの群れを敵国の駆逐艦と誤認して艦隊をパニックに陥らせた。彼は自分の部下の目視での監視のほうを信用している。
「どうかされましたか?」
当直の引き継ぎを終えた部下の伍長が話しかけてきた。
「いや、レーダーによくわからないものが映っているんだ。誤作動でなければ多分潜水艦だとおもうんだが」
「潜水艦?帝国の連中のですか?」
「いや、わからない。ただ万が一ということもある。一応確認してもらえないか?右舷側2時の方向だ」
「わかりました。行ってまいります」
伍長は敬礼して艦橋をでていった。
「ちょっといいか?」
伍長は新兵の見張り員に話しかけた。
「は!こんばんはでありますっ!」
水兵学校の教育の賜物なのか、新兵は大声で挨拶をした。伍長は苦笑しつつ続ける。
「レーダーの右舷側に何か映ったようだが何か異常はあるか?」
「異常、ですか?何も見えませんが」
「そうか…いや、悪かった。気を抜かず見張りを続けてくれ」
最後にご苦労様、と付け加えて彼は立ち去った。最も階級の低い二等兵にまで丁寧に接する下士官は多くない。彼が上官からも部下からも愛される所以である。
伍長は艦橋に戻って少尉に報告した。
「そうか…異常はなかったか」
「はい」
「了解した。ありがとう」
「はっ。では私は休ませていただきます」
伍長は敬礼して艦橋を出て行った。
新兵は双眼鏡を覗き込んだ。空には月が浮かんでいる。黒い海に波が立っていた。
「ん?」
新兵は海に異常を見つけた。4本の波がまっすぐにこちらに向かっている。彼は館内電話に飛びついた。
「右舷側2時の方角、魚雷4本接近!」
「総員戦闘配置に着け」
「戦隊司令部に緊急連絡急げ」
静まり返っていた艦橋に怒声が飛び交う。
たまたま艦長が起きていたのが幸いで、比較的早く対応がとられたのは幸いと呼べる。狭い通路が配置場所へ急ぐ将兵で溢れた。
放たれた魚雷に駆逐艦が対抗する術はない。横っ腹を見せないようにして躱すしかない。艦長は舵を大きくきって、艦首を魚雷の方向へ向けた。
結論から言えば「キラーホエール」は任務を達成できなかった、放たれた魚雷のうち3本が護衛駆逐艦「スカーレット」に命中し轟沈に追い込んだが、本命であった空母「ノーザンライツ」の撃沈には失敗した。
駆逐艦のうち最も高速な「スノーストーム」には対潜戦闘が命じられ、長時間にも及ぶ攻防の末に「キラーホエール」の撃沈に成功する。
第12任務部隊は全力で海域から離脱していた。夜間は対潜哨戒機を飛ばせない。空母搭載の哨戒機の操縦士達は出撃を求めたが、夜間の離陸はできても着陸時の危険が大きすぎるとして艦長が却下し、対潜警戒をしながら北上した。
同時刻、帝国は王国に宣戦布告し、侵攻を開始した。後に世界戦争と呼ばれる戦争である。
翌朝 王国軍統合参謀本部
参謀総長が座る椅子の後ろの壁には著名の画家に描かせた絵画がかけられていた。タイトルは「王国軍に栄光あれ」。王国海軍が誇る戦艦群と、国境大要塞が描かれている。全ての王国軍人にとっての誇りとも言えるものだ。
まず戦艦部隊が開戦直後に壊滅した。帝国空軍は王国空軍の基地を爆撃して迎撃戦闘機の半分近くを破壊し、手薄になっていた軍港を雷撃機が攻撃した。夜間攻撃にもかかわらず戦艦1隻撃沈、4隻大破という大戦果をあげる。これらの艦が戦列に復帰するのはずっと先のことである。
また、大要塞も奇襲を受けて崩壊寸前だった。要塞は対歩兵、対戦車を中心に設計されており、爆撃は想定されていない。爆撃によって被害を受けた要塞は既に数カ所が突破されている。帝国陸軍はかなりのスピードで侵攻し、一週間以内に首都が陥落すると両軍の陸軍本部は想定していた。
報告を受けるとともに参謀総長の顔が険しくなっていた。そのほとんどが悪い報告である。山岳地帯の師団や首都防空軍等、いくつかの部隊はかなり善戦しているが、全体としては絶望的な戦いであった。昨夜の爆撃で政府首脳が死亡したのが混乱に拍車をかけた。
「そうか。王国はここまで脆いのか…」
参謀総長は呟いた。
その近くの机では、空軍の参謀と海軍の参謀が言い争いをしていた。
「現在、空軍は首都防空で手一杯だ。軍港の防空に割く戦力はない!」
「しかし軍港の基地機能を失えば残された艦隊もいずれ全滅してしまう。なんとか主要軍港だけでも!」
「申し訳ないがそれは不可能だ。貴様もわかっているだろう。」
この2人は士官学校の同期である。最前線ではないとはいえ戦友のような存在だ。お互い無理を言っているのは承知である。
「ちょっといいかな?」
議論する二人に声をかけてきた人がいた。
「誰だ貴様は」海軍参謀はそういいながら振り返って、体を硬直させた。声をかけてきたのは海軍本部長であった。
「し、失礼しました。」海軍参謀はそういって敬礼する。
「いいよ礼儀なんてこんな時に」
本部長はそう言って空軍参謀に話しかけた。
「軍港の防空には戦闘機が何機ほどいるかね?」
「はっ。最低でも60機ほど必要であります。」
「了解した」
本部長はそういってから、海軍参謀を見た。
「私の権限を持って空母「サザンライツ」に搭載予定の戦闘機隊を軍港防空に充てることとする。準備を頼む」
「空母艦載機ですか?」
海軍参謀は一瞬考えを巡らせた。昔からこの参謀は航空主兵論者だった。さらに戦艦が壊滅した以上、空母の重要性は高まる。つい先日完成した空母「サザンライツ」(ノーザンライツ級空母二番艦)に搭載予定の艦載機は何よりも大切な部隊だ。戦争が始まってすぐに防空戦で消耗させて良いものではない。
それでも。
「わかりました。今すぐ手配します」
海軍参謀は覚悟を決めた。
「頼んだよ」
本部長はそう言って部屋を出ていった。
「その艦載機は何機ほどだ?」
空軍参謀が尋ねた。
「戦闘機だけだと最大で40機ほどだ」
「そうか…」
そして言った。
「よしわかった。首都防空軍に掛け合ってくる。30機くらいなら戦闘機を回せるだろう。北部の軍港は艦載機で頼む。南部の拠点は空軍でカバーしてやる」
「本当か!」
空軍参謀は苦笑して言った。
「俺と貴様の仲だ」
そう言って空軍参謀は司令室を出ていった。海軍参謀は友人に対して丁寧に頭を下げた。
結果的にこの決断によって軍港は守られ、生き残った巡洋艦や駆逐艦は終戦まで活躍した。また、二人の参謀は後に将官となり、連携して数々の戦いを指揮し、英雄と呼ばれた。
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