第1話『春風エマ』は動く人体模型を求む……

唐突で申し訳ないのだが、俺は今、夜中の学校に忍び込んでいる?否、忍び込むように差向けられた……と言うよりも強制連行が正確か。


その犯人は、と言うと勿論『春風エマ』だ。


経緯を説明させて欲しい。


中学では野球のクラブチームに所属し、青春の殆どを消耗した俺は、一時期はプロ野球選手を目指していた事も有ったが、現実は厳しく、努力などでは到底不可能な領域が存在すると早々に見切りを付けた俺は、失った青春を取り戻す為に学区内の『御笠高校』に入学して理想の高校生活を送るはずだったのだが。


入学式初日の事、桜波木が新入生を迎える様に咲き誇り心地よい春風が背中を押してくれて、意気揚々と平坦な道を歩き校門付近に到達した頃だった。


背後に感じる異様な生徒達のざわめきを感じた俺は、目の前に呆然と立ち尽くして居る生徒に習い何となく振り替えって見る事にした。


『純白のロールスロイスだとぉぉお!』


青天白日な日光が、更に純白のロールスロイスを光輝かせ神々しさを醸し出している。


嫌々、こんな普通の高校にどこぞの金持ちが入学してきたのかと驚愕する一方で、勿論気に成るのはその人物だ、校門前で立ち止まる全員が

衝撃的な登場をした人物を見守る中、颯爽と助手席から現れたのは威風堂々な雰囲気を漂わす

老紳士(執事)だ。


慣れた手付きで最後部の扉を開くと、スラッとした美脚がゆらりと現れる、続いて執事が頭を打たない様にルーフ部分に自らの手を添えると待っていが如く、頭部を屈ませると、春風にそよぐ金髪と共に優雅に現れた少女は。


目鼻立ちのハッキリとした欧風の輪郭に、スラッと延びた美脚は、同級生とは思えない大人びた風格に思わず見とれてしまった。


お嬢様が優雅に校門に向けて歩き出すと、執事は風格ある低い声で

『いってらっしゃませ』と一言告げると、背筋を正しじっと見つめている、その姿に猫背気味な姿勢を正して俺もお嬢様を見送る始末だ。


高嶺の花の様な存在だが、行きなりの美女イベントに俺の気分も急上昇、むさ苦しい男だけしか居ない野球を引退して儚い望みを高校生活に託したかいがあったではないか、仮にも同じクラスにでも成れば、万々歳だなっと頭の中では怪しからん妄想が、留まる事なく溢れてくる


その後何て事は無い、バーコード頭の校長からの挨拶が長々とあり、だらけきった新入生男子諸君の目先はお嬢様に集中し、各自あーだこーだと既に注目の的に晒されている、勿論俺もその中の一人だがな。


入学式も終わり運命のクラス分けが始まったと思っていたのだが、今座っている集団がそのままクラス事に別れて居たらしく、俺はまさかのお嬢様と同じクラスになることが出来た。


一年五組に新入生が勢揃すると、これまた在り来たりな担任よるしょうもない自己紹介が始まる。


『担任になる小島良夫だ』


長々と自信が受け持つ野球部の宣伝を語り、しらけきった教室の雰囲気を察した担任は、流れを変えるべく各自の自己紹介を促す。


俺はため息を吐くと等々この時が来たかと、固唾を飲む、ある意味この一瞬でクラスメイトの印象が決まるとでも過言ではない、受けを狙ってボケを噛ます男子生徒、勿論結果は駄々滑り

だが勇気ある一球に俺は心の中で拍手を送る、

俺には到底無理な一球だと分かっている為に、俺が選択するのは勿論、無難な自己紹介だ。


『佐山大伍です、これから一年間宜しくお願いします』と言う、無難過ぎて全く印象には残らないであろう挨拶は、右から左に受け流されただろう、内心かなり緊張して声が震えそうなところを気力で押し殺しただけ、自分を誉めて良いと自己評価する。


だがそんな事はどうでも良いのだ、今か今かと待ち続けたお嬢様の自己紹介が始まったのだから!


『春風エマです』


後ろ姿だが、その立ち姿だけでもご飯が三杯食える、優雅な姿に思わず俺の顔もにやける。


『使命は都市伝説をこの目に焼き付けて、実際に存在すると証明する事』


『…………』


クラス全員が己の耳を疑っただろう、容姿端麗

才色兼備のお嬢様から『都市伝説』などと言う

もはや話のネタにしか使わないワードが出たのだから、更に春風エマは続けて言う。


『この学校にはどんな都市伝説が存在するのかしら、情報提供はいつでも受け付けるから、直ちに報告なさい、以上』


俺の飛び出した眼球は、果たして元の定位置に戻ったのだろうか……慌てて確認するがどうにか大丈夫の様だ、静まり変える教室の中堂々と席に着く春風エマを見届ける生徒達を察したのか担任が次の生徒に自己紹介をパスし、その場の戦慄はおそまる事になったのだ


可笑しい……俺が想像していた自己紹介とは遠くかけ離れている、例えばだが、お嬢様特有の

バイオリンが趣味だとか、どこぞやのコンクールで入賞したとか、そんなことを普通想像するだろ、それが『都市伝説』だと……もしかして世の中の金持ちはそんなことをして余生を楽しんでいるのか?嫌違う!そんな庶民のお戯れをあの美少女が証明するだと?これは何かの聞き間違えだと、現実逃避した俺は一通り終わった入学式の後、気分転換にでもと、適当に校舎をふらついて居た時に、思わず二度見した。


春風エマが、校舎裏にひっそりと佇む、古いコンテナハウスの扉を何処から持ち出したのか、白銀輝く剣先鋭利なレイピアで鍵穴向けて一突き。


見事な一撃は正確に鍵穴を捉え僅かに白煙が立ち上っているのが確認出来る、って何だよ今の本格的な一突きは、確実にフェンシング経験者

のフォームだったぞ、しかも顔色ひとつ変えずにコンテナの中に入って要ったぞ、いかん……

これは気になる、春風エマが鍵を壊してでも入りたい理由とは、その中に有る、景色とは。


自ずと歩みはコンテナの方へ向かっていった。


新たな世界へ!未知の領域へ!恐れる事は無い

無限の彼方へさあ行こう!


意気揚々と春風エマが居るだろうコンテナの前に辿り着き、一瞬の不可抗力が脳裏を掠めるが

ここは欲張るなと、己に言い付けて中へ向かう

と、何かの前で立ち尽くす、春風エマ。


うっすらと陽射しが差し込む最中、徐々にその正体が姿を表していくと……。



『ぎゃぁぁぁあ!』



俺の叫び声が影響したのか、途端むき出しの臓器が音をたてて地面に飛び散ると、死んだ魚の目の様な死線が瞬き一つせずに俺を見つめてくる。



『ごめんなさい、ごめんなさい、すいませんつい出来心で覗いてしまったんです、だって春風エマが入っていったんだもん、このチャンスを逃したら一生後悔すると思ったんです、あわよくばラッキースケベでも起きないかなと思いましたさ、だって女の子のあれとか、これとか見たこと無いし、思春期真っ只中何ですから、興味有るんです、その事は謝りますから、お願いですので、そんな怖い顔で私を見つめないで下さい』


俺はうつ向きながら、出来る限り誠心誠意で謝罪をした、そしたら。


『あんた何勘違いしてるの、これ人体模型何だけど、物体に対して何で必死に謝ってるか知らないけど、あんた面白いわね!良いでしょう貴方をはいあるミス研No.1を与えるわ!今日の夜12時もう一度ここに来なさい!早速だけど活動開始するわよ!良い来なかったらぶっ殺すから、個人情報を全て馬場園に調べさすから逃げても無駄だから、分かったね』


はい……長らくお持たせしましたが、以上が入学式初日を終え、なおかつ夜中の学校に侵入する事になった迄の経緯になります。


と言うことで、再び学校に訪れた俺だったが、別に本当に来る必要があったのか?と思うところが有るのだが、春風エマと二人っきりに成れるチャンスなど、こんな普通の家庭に産まれて

特にこれといった特技も、才能もなく、いったって平凡、極まりない、一般男子に訪れる事など、宝くじにでも当たる確率に等しいだろう


しかし何故低スペックの俺が、あんなチートだらけの人間に呼ばれたかと言うと。


あのコンテナの中で臓物を垂れ流し、死んだ魚の目で俺を見つめていた正体は、只の人体模型であった、だが只の人体模型を見るために、あの春風エマがわざわざ足を運ぶ筈がなく、理由は淡々と俺に教えてくれた。


『よく聞きなさい、この人体模型は、夜になると学校の中を走り回るそうよ、面白いでしょ是非ともこの目に焼き付ける必要が有るわ』


だと……何故か噂が一人歩きし、怖がった生徒先生達によって、この人体模型は、校舎から若干離れたコンテナの中に鍵をかけられ、放置された様だ。つい最近の事らしいがな……


それにだ、一人で確認しても信憑性が無いから

たまたまその場に出くわした俺が、連れ出された訳だ……。


しかも訳の分からん『ミス研』ならぬ部活動、否たった二人の人数なら同好会って事になるかに強制的に参加させらる始末だ。


運が良いようで、運が悪い様な何とも言えない

気分で俺は信じちゃいない、学校の都市伝説を確認する嵌めになり、再びコンテナ付近まで来たわけだ。


『遅いわよ!私を待たせるとは、良い度胸してるじゃないの!この戦闘力2のゴミが!』


はい、俺が想像していた、困惑しながらの

『ごめんね、本当に来てくれるなんて、思って無かったわ、優しいのね、佐山君』

なんて、夜中の学校に怖がる少女の姿など、ありもしなかった。


『待たせてしまったのは、悪いと思うが、戦闘力については納得出来んな!それに分かりもしないのに何故俺の数値を適当に導き出した』


『ふっ、何を言ってるの、佐山は見えて無いかも知れないどね』


確かにそうなのだ、外灯一つ無いこの場所は暗くて正直春風さんの顔も、ハッキリと見えていない。


『私にはお父さんが、開発した、暗視機能及び戦闘力を計測することが出来る、スカウンターがあるんだから』


何を冗談言っているのやらと、半信半疑で近付いて行くと、確かに俺の知るスカウンターとは別物だが、どっかのブランド品の様な金持ちが着けそうな普通より、大きいサングラスを付けている。


『おい、それマジで言っているのか!?』


『しょうもない嘘何て付かないわ!佐山の分も持ってきたから、浸けときなさい、馬場園!』


彼女が数回手のひらを合わせて、音を出すと、一瞬だが何者かが背後に居た気配がしたのだが

振り返っても、誰もその場には居ず、気が付くと俺の顔にはサングラスが掛けれている。


『ほら、右縁にある、ボタンを押しなさい』


言われるままに、右縁を適当に触ると、突起物

の感覚があった為、軽く押し込むと。


『おいおい、これじゃー昼間と変わんねぇーじゃねぇーかよ!凄いなこれ!』


春風さんは自慢げに腕を組、驚く様子を伺っているのが今ならハッキリと分かる。


『当たり前でしょ、これはまだ世間には未発表のスパイグッズ何だからね!』


貴方のお父さんは一体どんなお仕事をされているのだろうかと、訊いて見たいが、ろくな仕事では無そうなので、ここは止めておくべきだと

俺は察知する。


『なあ、春風さんの戦闘力はどうやって計るだ?』


『なに、さっきのボタンを長押しよ』


ふむふむ、つい興味本意で訊いて見たが案外あっさりと教えてくれるものだな。


どれ。


ピピピっと機械音らしい音が、サングラスから流れると、俺が今見えているレンズには止まる事なく数字が刻まれて行く。


なんと!


『戦闘力15億だと!お前もしや、人間ではないな!』


春風さんは、さらっと自らの金髪を流す様に払うと、俺を見下すように顎をあげて、人差し指を俺にズバッと向けると言う。


『私を凡人と一緒にされては困るわ!恐れ、跪き、崇拝して、ひれ伏しなさい!』


鳴るほど鳴るほど、貴方はどうみても、凡人とは違います、完全に頭のネジが二三本吹っ飛んでいますね……。


『では佐山、早速だけど走る人体模型を確認するわよ!』


そんな事ありえないと分かっているが、恐らくこのお嬢様は未だに、サンタクロースの存在を信じている様な純粋な人何だろうと、俺は思った、子供の夢を壊すべきでは無いなと、言わば大人の対応をすることにしたのであった。


スタスタと、春風さんは歩みを進めるが、どうも俺が思っている場所とは方向が明らかに違う


『春風さん、人体模型はコンテナの中だろ?』


すると、悪態でも付きたそうな顔つきで、春風さんは言う。


『何言ってるの、私が着いた頃には、既に居なくなっていたわよ』


『……………………』


呆れて物も言えないとはこの事か、俺は等々最後のネジが外れたかと、心底春風さんを心配した。


『春風さん、まだ間に合う一緒に病院に行こう、そしてゆっくりカウンセリングを受けるんだ、ホームーセンターはもう閉まっているから、明日の朝一にネジは買ってくる』


俺の発言を受けて、ピタッと足を止めると、逆に俺を哀れむ様な視線を向け振り返ると、人差し指をコンテナの方へ向けて言う。


『だ・か・ら、しょうもない嘘は付かないって何回言わせれば分かるの、佐山こそ頭のネジが外れてるんじゃないの』


笑わせてくれる。


そうきたかと。


だったらお子さまの夢をぶち壊してやると、俺はコンテナの中に進む、ん?、進む。進んだよな?、あれれ?、もしも~し……。


『……………………』


ふっふっふっ、危ない、一瞬騙される所だった

どうせ俺を驚かす為に早く来て、何処が移動させたに違いない。


『おーい春風さんとやら、本当に居なくなってるなあー』


おちょくりながら言う俺の言葉を無視するように、春風エマの表情は真剣その物。


『だから言ったでしょ、本当にいなかったの』


コンテナを背後に俺、コンテナの中を見る様に春風さん、といった配置の時俺は自分の目を疑った。


目線の先にかる校舎一階の廊下を、脱兎の如くスピードで走り抜ける、人体模型が硝子越しだが確認出来た……いや、してしまった……。


『おっっ、おい、今見たかっ……何か、廊下を走ってたぞ』


驚く俺を他所に、瞳をキラキラと輝かせ春風エマは言う。


『じっとはしてられないわ、佐山案内しなさい!』


有り得ない物を見た俺は腰を抜かしそうで、それ所では無かった、可笑しいだろ、こんな夜中に廊下を走る生徒何て居るわけ無い、しかもウサイン・ボルトも逃げ出す様な速さだったぞ。


おまけに体の構造、中身が、丸見えの存在何て

人体模型しか無いじゃないか、しかも今日の昼頃にはコンテナの中に居た筈なのに……。


無理だ、絶対に行きたく無い、行こうとする方が間違った判断だ、だがしかしここには、間違った判断を平気に実行する輩が居る。


怖じ気づく俺に苛立つ春風エマは、行きなり俺の腕を掴むと、強引に引っ張り出し言う。


『今さら、逃げようったって、そうは春風が卸さないわ』


『それは問屋だ!』


『いいから行くの!か弱い乙女を一人で行かす気なの』


『戦闘力15億なら余裕だろ!』


すると春風エマは、今までに無い上目遣いに、

体をくねらせ、人差し指を唇に付けると、まさにクラスのアイドル的存在で、誰の言うことも

断れずに訊いてしまう、天然美少女が思わぬお願いに助けを求めた表情で。


『お願い、一緒に来て♡』


その余りに可愛い表情と仕草は、今までに何度も繰り返し行ってきた賜物だろう、こんな愛らしい美少女の願いを聞き入れない者など、この世に存在しない、俺は即答した。


『喜んで』


こうして俺と春風エマは、走る人体模型を確保するべく、夜中の学校内に侵入したのであった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『春風エマ』はおしとやか?(否)都市伝説がお好き……(泣) 歓喜の杯 @kannkinosakazuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ