図書館暮らし。

長束直弥

私の本

 ――こんなところに図書館なんてあったかしら?


 幽玄な雰囲気を漂わせた竹林に囲まれた坂道を上りきると、視界の先には一面に広がる田園風景。

 その田畑の縁に沿って列をなす輪生状に外向きに並ぶ綺麗な赤い花々。

 その手前に、ポツンと建てられた和風とも洋風とも言い切れぬ古びた建物。


 【九泉きゅうせん図書館】


 ――図書館?

 この建物は図書館なんだわ。


 導かれるように私は、その建物へと足を踏み入れた。


     *


 大きな扉が軋んだ音を発し、私を招き入れる。


 広々としたエントランスから見渡せる光景は

 永遠に続くと思われるほどの本棚。

 その棚にギッシリと詰められた数え切れないほどの本。

 ずっと果てしなく闇に溶けていくほどの数。

 四方の壁という壁が、本、本、本……。

 

 ――一体どのくらいの本があるんだろう?


 何気なく私は、一番手前の棚から薄っぺらい一冊の本を手に取った。

 その本は装飾もタイトルも何もない。

 ただの真っ白い素朴で味気のない本。


 表紙を捲ろうとしたその瞬間――

 指が触れたその部分から、徐々に……、微かに、淡い色が浮き出てきた。

 薄いピンク――私の好きな色。

 その色が見る見るうちに全体を染めていく……。

 

 そして――

 今まで何も書かれていなかった表紙に、まるで炙り出しのようにタイトルが浮かび上がってきた。


 浮かび上がったその本のタイトルは――

 その本のタイトルは――


 ――えっ?


 私の――。


 ページを捲ると、まず目次が……。

 その目次の項目も、それにともなう本文も、驚くほどの早さで増えていく。

 

 そして最後に――

 見事に装飾・装幀そうていされた一冊の分厚い本が出来上がる。


 その本の項目の第一章は、『誕生』。

 ページを捲り、文字を辿る。

 そこには、私の知らない私が誕生した日のことが――。


 そして最終章は、『図書館』。

 そこには、私がこの図書館に辿り着いた経緯いきさつが――。


 私の一生を綴った本。

 私が生きていた証しが――

 誰かの記憶の中で生き続けて行くために――

 いつか誰かに見つけて欲しいと願い。

 一冊の本として完結されていた。


 今日から私は――

 この場所で――

 この本の中で――

 読み人を待つ。


 この図書館に所蔵される蔵書の一冊として――


 今日から私は――

 図書館暮らし。



     <了>


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

図書館暮らし。 長束直弥 @nagatsuka708

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ