第15話 エピローグ。NEXT?
唇が離れる。
おはようのキスをベッドの中で済ませ、二人して夜着から身支度を整えて、夫婦の寝室を出た。
それから朝仕事をこなし、のんびりと朝食を取る――夫が妻を支えながら作った朝食だ。
彼女は農家を続けており、畑の管理をしている。専業主婦にはならないらしい。いずれこの家を孤児院として改装しやっていく為であるが、もっとも、それは子供を全て巣立たせてからになると思っていた。夫はそんな妻を実にそつなくフォローし、その手の助成金をもう少し都市が安定してからだが、妻に内緒で計画していた。
娘は掛け値無しのいい子ではなく、ほんの少しトゲトゲした、でも所々で甘えた年頃の少女になった。いや、少しだけ甘えたがりの女の子かもしれない――今日も隙さえあればクッション片手に父親の膝を狙って来る筈だ。
ご近所のご婦人からは祝福され、その周辺の男性諸氏からは怨嗟の声と心が折れる音が幾つか響いたが夫の気にするところではない。
どうも娘も妻も未婚、既婚に限らず男にモテていたようで、それが一緒くたに奪われてしまってから数週間お通夜ムードが漂ったそうだが、少年たちに限ってはまだワンチャンあるとどうにか立ち上がり闘志を燃やしている。
学園では、普通に教師と生徒で、そして父と娘としても接している。
そのことを娘の友達とクラスメイト達は驚いたが、魔王の同僚に関しては目を逸らしてのノーコメントだった。
そして僅かに遅れて起きて来た娘を迎え、パンにサラダと蒸し鶏、果物を添えた朝食を囲む。
そこで、
「――え? いいの?」
「うん、そこは別にいいよ?」
魔王は目の前の妻以外にも御妃様――お嫁さんたちが居る事を娘に話していた。
そこは避けては通れぬ道だ、それなら洗いざらい話してしまった方がいい。
問題は早期解決に限る――また喧嘩することも辞さなかった筈のそれが、
「――本当にか?」
「うん。あのねお父さん、お父さんの立場じゃお母さん以外にもお嫁さんがいっぱいいるのは仕方ないでしょ? ――それぐらい分るよ?」
「そ、そうなのか?」
「それにそれって、お父さんじゃないと幸せに出来ない女の人だけなんでしょ?」
「ああ――知っていたのか」
本当に愛している女性も――そうではなく、城を出たくても出られない、そんな女性たちも居る。それをみんなまとめて魔王が面倒見ているのだ。それは人間から見れば常識外れだが、それで嫌われるならいくらでも嫌われようと魔王は思っていた。
無論、娘にもだ――しかし、
「いいのか?」
「生まれた時からお母さんに聞いてるし……あれはお父さんがたまたま馬鹿なことしてただけだし、もうちゃんと謝ったし」
「……その節は大変申し訳ありませんでした」
妻だけでなく子供にまで尻に敷かれる――しかし、全く悪い気はしない。
父親冥利に尽きる――しかしそれが当然と思った時点で終わるなとも魔王は思う。
これは後でプレゼント攻撃だろうか、それとも、家族として、他の妻たちと早いうちに顔合わせだろうかとも思う。
何にせよ、娘の幸せを願い微笑む――娘はそれに気付き、目を逸らしながらバターをパンに塗り、夫婦はなんとなく見つめ合い、さりげなくテーブルの下で手を握り合う。
「……そう言えばお母さん、お父さん全然ダークヒーローじゃないけどどういうこと?」
「ごふっ!?」
「……え? ダークヒーロー?」
妻の喉が詰まり肩が震える。それに夫はコップの水でフォローしつつ妻の口を塞ぎ娘に話の先を促した。
「――うん。お母さんはお父さんのこと、正義にも悪にも世界にも喧嘩を売る、凄く冷徹で頭が良くて、でも影がある人――って言ってたけど。なんかその場のノリで生きてて物凄く意地っ張りだし、ほんわかだし……」
魔王は妻の事を白い眼で見た。いや、子供に何盛って話しているんだと。
娘の言いようも中々――的を射ているが。どんな目で自分を見ているのか、そういうのは十分の一位にハードルを下げて話すべきだと。
「……まあそれは仕事をしているときだ、家にいるときじゃ色々と違うからな……でもそんなことをお母さんが話していたのか……」
「ううん、違うよ?」
「違う?」
「だってお母さんの本に出て来るお父さん、全部そんな感じだもん」
「――本か」
多分、妻が勇者として現役の頃に書かれた本だろう、おそらく他人が書いた伝記ものに違いない、その手の紀行文、自伝や冒険記、エッセイなどは有名どころの冒険者や英雄たちの割とポピュラーな二次収入源だ。
そうだろう? と視線を送ると妻は顔が赤くなったり青くなったりもう紫色――チアノーゼを出しながら、
「――ええ! まえにちょっと怖いもの見たさで購入しまして……」
「へえ……そうか、後で私も目を通してみるかな?」
「その、女性向けのものですから、流石にあなたには……」
「それもそうか……少し気になるが、残念だな……」
おそらくは恋愛小説――魔王は妻の意外な趣味を察した。
しかし自分が出て来るそれが世に出回っているなんて、割とたまったものではない。
とはいえ今日も平和である。それなのに、
ドンドンドン!
「――ごめんくださーい、グレナディーンさんはいらっしゃいますかー?」
「はーい。少々おまちくださーい!」
魔王さんちのそのドアは、その運命の如く激しく叩かれた。
その声に、一家は顔を見合わせ頷き合う。
妻の偽名が呼ばれるということは、赤の他人がこの家に来たということ。
家族以外が居る場所で、彼らはその正体を隠さなければならない。
ラブラブ熱々家族である、ということは除いて。
母は金髪碧眼、前掛けが似合う女戦士に変身し、娘はブラウンヘアーに鳶色の瞳に、父はいつもの黒髪黒目にふわっとした七三分け、優しい赤い眼に黒ぶち眼鏡を掛け直す。
円満家庭の三人家族はドアを開け、玄関に行き客を出迎えた。
そこには、
「――はぁ、はぁ、ごめんなさい、御厄介にならせてくれない?」
「え?」
「ちょっと追われてて、匿って?」
衣服を乱し、埃塗れの女性が二人――
何かに焦り、慌てているそれは、妻と娘のかつての仲間――現・女勇者と、女僧侶の二人だった。
魔王と勇者は、結婚していた。 タナカつかさ @098ujiko
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