あなたの好きなタイプは?

薮坂

「好き」と「キス」


「それじゃあさ、みんなの好きな男のタイプは?」


 合コンにおける定番中の定番だと言える質問が来たのは、午後八時をちょっと過ぎたころだった。場所は駅近くのオシャレな居酒屋。男女三対三、計六人での合コン。

 その質問は、向かいの真ん中の席に座る男性からのもの。スーツ姿がばっちり決まっているけれど、いかにも場慣れしている感じがして、正直言うと少し苦手なタイプ。


 合コンには、片手で数えられるほどしか来たことがない。と言うよりも、性格がこう言うのに向いていないのだ。だから私が場慣れするのには、きっと来世くらいにしか期待が持てそうにないと思う。

 みんなに見えないように、私は小さく溜息をついた。そして、この合コンに参加することになったきっかけを思い出す。

 

「お願い! 急に一人キャンセルが出て、人数足りてないんだ。今日は私の目当ての人が作ってくれた会だから、どうしても三人揃えたいの」


 それは会社の同期である、チアキに言われた言葉だった。金曜日の夜、寂しい私には取り立てて用事なんてない。別に合コンに出会いを求めているわけでもない。

 でもチアキには色々と借りがあるので、結局こうして参加しているってこと。


 大して美味しくないフライドポテトを齧りながら、さっきの質問に誰かが答えるのをぼんやりと待つ。人数合わせで来てるんだから、とりあえずチアキのフォローに徹するのが得策だろう。

 隣を見ると、件のチアキはにんまりと笑い、サングリアのグラスを両手で持ちながら答えていた。

 あざとい仕草。不思議と似合っているけれど。


「あたしは、仕事を頑張ってる人が好きかな。仕事に一生懸命な人ももちろんカッコいいし、仕事面倒くさいなぁとか言いながら、さらりと仕事してる人もカッコいいよね」


 これもかなりあざとい回答だと思う。一見、具体性を含むピンポイントな答えに見えながら、実は大多数の男を含んでいるという模範解答。俺も含まれてるのかな、って思わせることがポイントのようだ。慣れてるなぁ、こういうところ。


「わたしはー、」


 ちょっと舌足らずな口調で切り出したのはハルカ。ハルカももちろん、会社の同期だ。カシスオレンジで唇を濡らし、ハルカは続ける。


「子供っぽいところのある男の人が好き。わたしも子供みたいなところがあるから、ちょうど合うんじゃないかなって」


 なるほど、これもあざとい。男性がおそらく隠したいであろう部分を好きだと言い、さらには自分も子供っぽいところがあるんですよ、とのアピールだろう。ハルカの幼い見た目と相まって、なかなかの相乗効果を生んでいる、ような気がする。

 ハルカもほんと、場慣れしているなぁ。そんなハルカは誰を狙っているのだろうか。チアキの本命と被らないことを祈るばかりだ。


 二人の答えを聞いた男性陣は、満更でもない様子。チアキとハルカは、図抜けて可愛い容姿をしている。そりゃあ、男性陣もテンションあがるでしょうに。

 合コンって化かし合いだよなぁ、と私はまたポテトを齧りながら思う。自分の値段を偽って、相手にどれだけ高く見積もってもらえるかを競うゲームみたいだと。


「はい、次はカナの番だよ。どんな人がタイプ?」


「そう言えば、カナの好みってきちんと聞いたことないかも」


 ハルカが問い、チアキが重ねる。ついに回ってきた私の番。

 私はあらかじめ用意していた、その答えを口にした。


「……世の中ね、顔かお金かなのよ」



 ───────────



「カナ、こないだはありがと。おかげでデートの約束、取り付けられたよ」


「あー、わたしもわたしも。こないだの合コンの人と、今度2人で飲みに行くんだー」


 翌週の金曜日。今日は同期三人だけの飲み会、というか報告会。場所はこの前とは違い、私たちがよく行くカフェ&バル「ロダン」だ。

 前回の合コンで、チアキとハルカの好みが被らなくてよかった。連絡先を交換した二人は、それぞれの相手といい感じらしい。

 まぁ、あの会でぶっちぎりの最下位を勝ち取ったであろう、この私には関係ない話だけど。

 男ウケが良さそうなサングリアではなく、今日はハイボールのジョッキを持ったチアキが言う。


「でもさぁ、あの発言には驚いたよ、カナ。ていうか、ないわアレは。みんなドン引きだったじゃん。ま、そのおかげであたしは、意中の人と今度デートできるわけだけどさ」


「あ、わたしもそれ思ったー。凄いよね、カナ。わたしにはあんな発言できないよ」


「そうかな。まぁ、事実は事実だし」


「でも顔か金かなんて、究極の二択じゃん。ちなみにさ、敢えて選ぶならどっち?」


 自分で言っといてなんだけど、それって答えにくい質問だなぁ。なんて思っていたら、ハルカがそれにさらりと答えた。


「わたしは顔。絶対、顔! だって顔が良い男の人は、お金も持ってるイメージだもん」


「それ二択の意味ないじゃん、ハルカ」


「えー、でも事実だよ。お金持ってそうだけど、顔が残念な人はいくらでも見たことあるのに、顔がめちゃくちゃ良くて貧乏なんてのは見たことないもん。そう言うチアキはどっちなの?」


「……あたしも顔かな。見た目があんまりな人と歩いてたら、周りから金目当てかよ、って思われそうだし」


「あー、確かにそうかもね!」


 瓶ビールを手酌していたハルカが同意する。そこは普通、性格重視と思われるのではなかろうか。まぁいいや。美人には美人の考え方があるのだろう。


「それで、あの発言をしたカナはどうなのさ。顔なのか、それとも金なのか」


「どっちでもないよ」


「どっちでもないのにあの発言? なんで?」


 美人には美人の考え方があるように、私には私の考え方があるのだ。それを説明するのはあまりにも面倒だし、言ったところで理解して貰えそうにない。だから私は、あえてそれを口にはしない。


「それじゃカナは何を重視してるの? ていうかカナって、そもそも彼氏いたっけ?」


「いないよ。ずっと居ないし、別にいらない。いらないっていうか、私は彼氏を作らないんじゃなくて、作れないだけだから」


 私はそう答えたけど、ハルカが混ぜっ返した。きっとすでに酔っ払ってるのだろう、舌足らずさが普段より増している気がする。


「えー、それ絶対もったいないよー。もっと恋しなきゃ、恋! 良い相手見つけて結婚して、会社を早く辞めたいな、わたしは。結婚して、幸せな家庭で子供育てるのが夢なんだぁ」


 と、ハルカはうっとりした表情。つまみを口に放り込みながら、今度はチアキが返す。


「子供かぁ。あたしは結婚も子供も、もうちょい先でいいや。今は人生楽しみたい。お金貯めて、いずれ海外に行きたいんだ。どこか別の国で暮らしたいの。それが昔からの、あたしの夢なんだ」


 夢か。手元のライムサワーを飲みながら、私はぼんやり考える。将来の展望をあまり考えなくなったのは、一体いつからだったろう。二人には明確な目標があって、ただただ純粋に羨ましい。

 適当に大学を卒業して、適当に会社を選び、就職して気がつけば三年が過ぎていた。毎日仕事に追われて、でもそれだけの日々。私は何のために仕事をしているんだろう、とたまに考えたりもする。でも考えるだけだ。だからって転職しようとか、こういう仕事がしたいんだ、なんてものは私の中には生まれない。


 気怠き一日、生きるだけ。

 そんな無気力な私。だから夢を語る2人が眩しく見えるのは、きっと気のせいではないと思う。

 ライムサワーに、また口をつけてみた。ちびりと飲んだだけなのに、さっきよりも随分と酸っぱく感じる。これもきっと、気のせいじゃない。


「二人は夢があっていいね。私は、今を生きるだけで精一杯だ」


「別に、夢ってほどでもないけどね。叶うかどうかわかんないし。とりあえず目先の目標は、今度のデートが上手くいって欲しいってことかな」


「ねぇねぇチアキ、デートは何食べに行くの?」


「多分、豚」


「焼きトンか何か?」


 私がそう問うと、チアキは首を傾げながら答える。


「多分ね。あたしが実は焼酎好きだって言ったら、それじゃうまい豚を出す店に連れてくよって。多分、カナの予想通りだと思う」


 焼きトンか。そういえば、こないだあいつと食べたっけ。トマトを豚バラで巻いたヤツが、とても美味しかった気がする。


「焼きトンかー、いいなぁ。わたしも食べたいなぁ」


 そう言いつつ、ハルカはまた瓶ビールを自分で注いでいる。その顔は赤い。明らかに早いペースだ。


「ハルカ、ペース早くない?」


「大丈夫だよー、こんなの軽い軽い」


 軽い瓶ビールか。

 ハルカは言うほど強くないから、それが軽いなんて思えないけど。

 このペースで泥酔されたら困るから、目を光らせておいて損はなさそうだ。


「……そう言えば話、がらりと変わるけどさ、」


 ハイボールを喉に流し込んだチアキが、出し抜けにそう言った。ジョッキをコースターにおいて、そのまま言葉を継ぐ。


「カナ、さっきは彼氏居ないっていってたのに、こないだ男と歩いてたじゃん。あたし、駅前で見たよ」


「えー! カナ、実は彼氏いたの? ねぇねぇどんな人?」


 いきなり話題が変わって、さらにその内容に驚いた。自分のことが話題になるのは好きじゃない。ていうかいつ、どこで見てたのチアキ。

 私と連れ立って歩く男なんて、この世に一人しかいない。だからチアキが見たその男とは、あいつのことに決まっていた。ただ一人、幼い頃からずっと関係が続いているあいつ。

 ちょっと、いや、かなりの変わり者で、捉えどころが全くない私の幼馴染のことだ。


「……あれは彼氏じゃないよ。ただの幼馴染」


「なんで隠してたの?」


「いやいや、ほんとに隠してないって」


「ねぇねぇ、幼馴染っていつからの?」


「小中高一緒。大学は違うけど、会社が近くみたいで、たまに会うってだけだよ。せっかく実家を出たのに、まさか今の生活圏内にあいつがいるなんて、そんなの思わなかったから」


「それって運命じゃない? 羨ましいなぁ、幼馴染がいまだに近くにいるなんて」


 そう言うハルカの目はキラキラしているけれど、ほんとにそんなのじゃない。あいつはただの腐れ縁。向こうもきっとそう思ってるし、だから運命なわけがない。

 あとハルカ、そのうっとりした表情やめて。本当に、私達はそんな関係ではないのだから。


 私はその話題を打ち消したいがために、無理にライムサワーを呷ってグラスを空けた。その手を掲げて、近くの店員さんにおかわりを注文する。今日のペースは明らかに早いけど、これは飲まなきゃやってられなそうだ。


「ねぇねぇカナ、その幼馴染ってどんな人なの? 会社がここの近くなら今からここに呼ぼうよー、わたし会ってみたいなー。すっごく興味、湧いて来た!」


「あたしも興味あるな。なんか不思議な雰囲気だったし。カナとその幼馴染くんが歩いてるとこ、見た時にそう思ったから」


「不思議な雰囲気ってなによ。ていうか、呼ばないよ絶対。呼んでもきっと来ないよ。あいつ、ほんとに変わり者だから」


「えー、どこがどう変わってるの? ちょっと人に言いにくい趣味を持ってるとかー?」


「どこって言われても。説明しづらいけど、なんか変なんだ、あいつ」


 とにかく話題を変えよう。このままあいつの話をしても、私にはなんの面白味もない。そうは思ったものの、二人は何故か私の幼馴染に興味津々のようで、なかなか話題を変えてはくれなかった。二対一という構図がまずい。数の力は暴力だ。


 まぁでも、それも仕方がないのかも知れないとも思う。この前みたいな状況でもない限り、私は合コンには滅多に顔を出さない。

 だから浮いた話がまるでない私を、二人は心配してくれているのかも知れない。それはそれで有り難いことだけど、今に限っては本当に迷惑な話だ。

 チアキとハルカは、私のそんな胸の内を知るはずもなく、だからその話題はまだまだ続くこととなる。


「見てみたいなー。機会があれば会ってみたいなー。どんな人なのか話してみたいな」


「だからそんな機会来ないって」


「あたしももう一度見たい。よし決めた。やっぱり今から呼ぼう。その幼馴染くんを」


「それいいと思う! カナ、スマホ貸して。今から電話しよう、電話!」


「あたしに呼ばせてよ、カナ。すっごい口説き文句、思いついたから」


 あーもう、うるさいな!

 私はヤケになって、たっぷり残っていたライムサワーを一気に喉に流し込んだ。そして店員さんにもう一度、お代わりを告げる。これで本日三杯目のライムサワー。


「二人とも、今日はとことん飲もう。もっとお酒が入らないと話せないよ。あいつとのことは」


 思わせぶりなセリフで、煙に巻いてやる。本当にあいつとは何もないのだ。ただ、小さいころからの付き合いってだけで。

 恋でも愛でもない、本当に友達としての関係。私はそれで満足しているし、きっとあいつもそうだろうと思っている。

 でもそれを二人に説明しても納得しないだろうし、それなら物理的に黙らせる方が早い。二人が酒にそれほど強くないのは、決して短くない付き合いから知っているのだ。ベロベロに酔わせて有耶無耶にしてやろう。


「よし言ったな、カナ。受けて立つ。絶対、吐いてもらうからね」


「カナ、幼馴染くんを呼ぶ準備しといてよー。絶対、吐かせるからね!」


 予想通りに、二人とも乗って来てくれた。ようし、格の違いを見せつけてやろう。

 私たちはなんとなく、その日二度目の乾杯をした。三つのグラスがぶつかる、なんとも安っぽい音。戦いのゴングにしては、それはちょっと間抜けな音だった。



 ────────────



「うぇぇ……」


 やばい。別の意味で吐きそう。

 たいして酒に強くない私たちは、五杯目を超えたあたりから三人ともベロベロになってしまい、結局会話どころではなくなってしまった。ノーコンテスト。勝者なし。

 今日が金曜日で本当に良かったと思う。もし明日仕事なら、絶対有給取って休んでる。二十五歳を超えてほんと何やってんだ私は。


 チアキとハルカは千鳥足になりながら、タクシーに乗ってなんとか帰っていった。私は二人と比べて家がまだ近い。だから酔い覚ましがてらに歩いて帰ろう、と思ったのがダメだった。

 駅前まで来て、とりあえずベンチで一休み。そうしたら、完全に動けなくなってしまった。もう吐きそう。いや吐く、もう出る。これはマジでやばいヤツ。

 必死に吐くまいと顔を伏せて我慢していると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。


「……おい、そこで何してんだお前?」


 顔を上げると、そこには。

 私の幼馴染、トウマが怪訝な顔でそこにいた。なんでこんなタイミングで。


「……あんたこそ、ここで、何してんの」


「残業に決まってんだろ。忙しいんだよ、おれは。で、お前は? って酒くっせ! 弱いのにどんなけ飲んでんだ」


「覚えて、ない」


「覚えとけアホ」


 そう呆れながら言うトウマ。いきなり現れて失礼なヤツだ、本当に。でも呆れられても仕方がないとも思う。いい歳した女がひとり、駅前のベンチで酩酊しているなんて。本当に恥ずかしい限りだから。


「そんなんじゃひとりで帰れねーだろ、どう考えても。仕方ねーな、お前ん家まで送ってやる。高いぞ、この貸しは」


「……いい、大丈夫」


「あっそ。そんじゃお疲れさん。そこで寝て風邪ひいてろ。あと警察に保護されて大恥かいてろ」


「待って。やっぱり、だいじょ……ばない」


「何だよその日本語は。明らかに大丈夫じゃねーぞ」


 面倒くさそうに、でもちょっと心配気にトウマは私の手を取ってくれた。そのまま身をくるりと反転させ、背負い投げの一歩手前みたいな感じで私は担がれる。意外と力が強くて驚いた。


「ちょ、ちょっと待って」


「待たねーよ。ほら暴れんな、落ちるだろ」


「は、恥ずかしい……」


「二十五を超えて、酔っ払って駅前のベンチで寝る方がよっぽど恥ずかしいだろ。誰も見てねーし、見たとしても明日には忘れてるから心配すんな」


 本当に呆れたと言った口調で、トウマは私を背負ってくれた。もはや完全におんぶ状態。抵抗したいが、体にまるで力が入らない。

 ほんとに飲み過ぎだ、これは。こんな姿、誰かに見られたらと思ったけど、よく考えればチアキもハルカも今はグロッキー。

 よし決めた。悪いけどここは、トウマに甘えさせてもらおう。


「おいカナ、わかってると思うけど、この格好で絶対に吐くなよ。吐いたらマジでぶん投げるからな」


「大丈夫……多分」


「多分てなんだ多分て!」


 声を荒げながら、でもトウマは何だかんだで家の方へと向かってくれる。こいつは昔からこうだ。口ではキツいことを言うけれど、根は優しい。ムカつくから絶対、口には出してやらないけど。



 トウマの背中に負ぶわれて、家へと帰る道すがら。秋の風が火照った頬を撫でた。少し冷たくて気持ちがいい。ゆらゆら負ぶわれる振動も、ちょっと暖かいトウマの背中も心地が良かった。次第に吐き気も治ってくる。


 少し時間が経つと、割と余裕が出てきた。夜空を仰げば、丸い月が出ている。

 冷たい色の月。もう秋だなと実感するような、その色に思わず見とれてしまう。


「ねぇ、トウマ」


「なんだよ」


「ありがとう。吐き気、少し治った」


「そら良かったな。でももうすぐお前ん家だろ。しゃーなしで、このまま運んでやる」


「いいの?」


「感謝しろよ。ていうか、なんでこんなに飲んだんだ。珍しいじゃねーか。あんまり酒、好きじゃなかったろ」


「トウマのせいだよ」


「いやいや、どう考えてもおれ関係ねーからな」


 嘘じゃない。説明すると面倒だけど、トウマのせいには違いない。説明してもきっと、理解してくれないと思うけど。


「で? ほんとは何でこんなベロッベロになるまで飲んだんだ」


「同期会だったんだ。女3人での飲み会」


「あぁ、あれか。いつもやってるヤツな。また駅の近くで?」


「うん。今回はロダンって店で」


「ロダンてさっきの喫茶店だろ」


 顎をしゃくって、来た道を示すトウマ。それはロダン違い。私が行ったのはオシャレなカフェ&バルの方。ていうか、そんなことは今どうでもいいのだけど。


「なんか嫌なことでもあったのかよ。話くらいなら聞いてやってもいいぞ」


「じゃあ、ちょっと休憩しようよ。そこにベンチと自販機があるし」


 トウマの背に乗ったまま、私はベンチと自販機を指さした。家まであと少しだけど、トウマと話したいと思ったのだ。本当に、なんとなくだけど。


 トウマはゆっくりと私をベンチに下ろしてくれた。もう大丈夫だ。吐き気も完全に治った。

 自分が酔っ払っているという自覚はまだあるけど、さっきよりマシなのは確か。まぁ確実に、次の日には残りそうだけど。


「トウマ、何がいい? 私が出すよ」


「軽めの炭酸、頼めるか」


「なに、軽めのって」


「甘くないヤツな。いや、やっぱりお前そこにいろ。おれが買ってきてやるから。それでお前は何がいいんだ」


「私も同じのがいい」


 トウマは踵を返して自販機に向かう。すぐに無糖の炭酸を2本買ってきてくれて、フタを開けてから私に手渡してくれた。ライム味のやつだ。私の好きな味。

 こういうとこ、いちいちムカつくな。好きなものを憶えていてくれるところとか、小さな気遣いができるところとか。

 だからきっと、トウマはモテるのだろう。そんな浮いた話、そう言えば聞いたことないけれど。

 トウマは私の隣に座ると、ゆっくりと切り出した。


「それで? どんな嫌なことがあったんだよ」


「嫌なことっていうか、なんていうか」


「はっきりしねぇ答えだな」


「説明するのは難しいの」


 ゴクリと喉を鳴らして、トウマは炭酸を飲む。美味しそうな音につられて、私も同じようにそれを飲んだ。爽やかなライムの香りが口の中に広がる。ライムサワーよりも、断然美味しい気がした。もうお酒飲むの、やめようかな。


 もう一度、私は夜空を見上げてみる。そこには変わらず、まんまるな月が浮かんでいた。

 昔から、月には魔力があると言われている。ルナティック、ってやつ。

 だからだろうか。月の光にあてられて、私はいつもなら絶対しないであろうことを、ついぽろりと口にしていた。


「ねぇ、トウマ。質問なんだけどさ」


「おう、なんだ」


「恋って、しなきゃいけないものなの?」


 はぁ? と言いたげなその表情。質問がいきなりすぎただろうか。呆れた顔のまま、トウマは言った。


「いきなりなんだ、その中学生みてぇな青くさい質問は。思わず炭酸吹き出しそうになったぞ、おい」


「同期に言われたんだ。恋しないともったいないよって。恋って、そんな楽しいものなのかな」


「人によるんじゃねーのか? 楽しいと思う奴もいれば、絶望してた奴もいるぞ。おれの同期は彼女に振られたショックがデカすぎて、傷心旅行に例の夢の国に独りで行ったって聞いたな。まぁ、おれには到底理解できねーけど」


「トウマは今、誰かに恋してないの?」


「してたらお前を負ぶったりしてねーよ。俺はこう見えて一途なんだぞ。それに今日は金曜日だ、彼女がいたら彼女と過ごしてるわ」


「それもそっか。ねぇ、トウマの好きなタイプってどんな人?」


「はぁ? なんだその合コンみてぇな質問は。お前、確実にまだ酔っ払ってんだろ」


「もう酔いはほとんど治ったよ。あのね、この前合コンに行ったんだよ。今回も足りない人数の埋め合わせだったけど」


 今度こそ、トウマは炭酸を吹き出した。よほど珍しく感じるのだろう。私が合コンに行くなんて。

 げほげほ言ってるトウマに対して、私は続ける。


「それでさ、合コンって絶対この質問が来るじゃない。『好きな人のタイプは?』ってやつ」


「……お前が合コンにね。なるほど、やっぱ人間は変われるんだな」


「もう何度か行ってるよ、全部数合わせだけどね。で、さっきの質問。好きな人のタイプ。これ聞かれたとき思ったんだ。トウマの好きな人のタイプって、そう言えば聞いたことなかったなって」


「そんなお前は、そん時なんて答えたんだ」


「……世の中ね、顔かお金かなのよ」


 一瞬、トウマは首を傾げる。

 そして炭酸を一口飲んだ後に言った。


「なるほど、良い返しだな。回文だろ? 今の答えって」



 そう、これは回文だ。上から読んでも下から読んでも、ってやつ。大概の人は、タイプを訊かれてこんなことを口走る女は敬遠するだろうし、そもそもその答えが回文になってるなんて気がつかない。

 私がこの答えを言うのには理由がある。自分はこんな面倒くさい女なんだって言う、ある種のアピールなのだ。

 それに気がついたのは、目の前のトウマだけ。やっぱり変わり者だ、この幼馴染は。


「しっかしその回文、今まで気がついたヤツいたのか?」


「ううん、いない。トウマが初めて。でも面倒くさいよね。好きなタイプを訊かれて、こんな返しをする私みたいな女って」


「いや、そうでもない」


 トウマはもう一口、炭酸を呷る。そしてたっぷりと間を取ってから「おれは、」と続けた。


「素でキス出来んほど、本気で好きです」


 ニヤリと笑うトウマに、私も笑顔を返す。自然な笑顔で笑い合う2人。傍から見れば、私たちは恋仲に映るのだろうか。

 もしそう映ったとしても。私たちはどこまでいっても幼馴染で、きっと一生このままなのだと思う。だから。

 儚い。この恋仲は。

 これが恋でも愛でもないのは、もちろんわかっているけれど。目の前にいるこの幼馴染のことが、私はきっと好きなんだろうと思う。



【終】


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