エピローグ 夢の続き

 




 5日後。


 午前11時12分。メルフィオナ学院付属病院 7階 脳神経内科705号室。



「巡査部長のサツキさんから聞きました。


 ハヤセさんが怪人だったことと、地球人だったこと。

 そして、どうしてこの世界に来ることになってしまったのかも……全部。


 軽度の神経症状と疲労困憊による意識不明と聞いていますけれど、

 実際には大きな力を使った影響で脳に負担が掛かっていたことを教えてもらいました。


 1、2週間は目を覚まさない可能性が高いそうですね。」


 事件から5日経過し、ハヤセ・ミズキが昏睡状態に陥る中。


 日数だけが経過し一般面会が許可されたことでアメリア・ミオとアヤ・アガペーがハヤセ・ミズキの眠る個室で再会し、現状を語り合う。


「……ハヤセさんは自分が怪人であることが周囲に知られてしまうことや、

 自分の力を抑えられないことを恐れていたようです。


 私がハヤセさんに会った頃にはもう、本人は人として生きることを諦めている様子でした。


 もしかしたらあの日、喫茶店の前でアメリアさんの目の前に現れたのは、

 この街が危険であったことを伝える為だったのかもしれません。」


 待合用の介助椅子に座り、当時の様子を語ったアヤに対してアメリアは納得した様に頷きながら眠ったハヤセを見詰めて言った。


「ハヤセさんみたいに何か理由があって来た人もいれば、

 怪人としてこの世界で悪いことをする事情がある人もいて。


 きっと大変だったんですね。他の地球人の人達も。


 好きなことの為に一生分の人生を捧げている身としては分かるんです。

 私も毎日雑貨店のお仕事が出来て楽しいです。常に今を生きている実感がありますから。


 それでもその分、やりたいことが出来なくなった時には何もできない人生になってしまうような、不安定な感覚があるのは分かります。


 きっとハヤセさんや、他の地球人の人達も常にそんな気持ちが付き纏っていたのかもしれません。


 目が覚めたら、本人に聞いてみないといけませんね……!」


 終始にそう言って笑みを浮かべたアメリアは鞄から取り出した。水色の四角いポーチを開いた。


 中は片面がソーイングセット。もう片方はアクセサリーキットになったポーチだった。


 雑多に入ったアクセサリーの中から茶色の革紐で繋がれたハート型の宝石を取り出す。


「それは……ハヤセさんのアレセイアですか?」


 それを見ていたアヤには思い当たる節があった。


 彼女が神秘的な異形の天使へと変貌した後に、宝石が独りでに動き、首飾りの鎖は砕け散ったのだ。


「はい。鎖が壊れてしまっていたので、アヤさんが来る前に直しました。


 有り合わせの革紐を通しただけですけれどね。」


 取り出された宝石は突然点灯し、彼女の手から離れていくように浮遊していくと、

 振り向いたアメリアは目を見開いて慌てた様子を見せる。


「うわっ!?な、何故か勝手に!宝石が!浮いて!光って!?な、何で!?」


 動揺し、困惑する彼女に対して思わず椅子から立ち上がったアヤは警戒するように宝石を見詰めて声を掛ける。


「念の為、近付かないで下さい!」


 彼女等のやりとりを無視するかのように宝石は眠り続けるハヤセの額にまで移動すると、青く優しい光を放ち病室を包み込んでいく。


「な、なに、何が!?いったい!どうして!?」


 混乱するアメリアと警戒するアヤを余所に情景を変化させていく青いハート型の宝石。


 光からはまるで映像が流れていくかのように、

 目の前の景色は消え、彼女等の頭の中に別の視覚情報が入り込んでくる。






 あの時、津波に流されている中で。突然、海が割れて水が空に浮かんでいた。


 確かにあれは自分が見ていた光景として記憶の中に残っているのに。


 私の意思で身体を動かしている実感が無かった。

 まるで、別の誰かが私の代わりに働きかけてくれているような。


 曖昧だけれど、自分ではないという自覚がある。


 夢の中で、誰かが助けてくれていたような不思議な出来事だった。





 目の前に移り込んだ景色は1人の女性の視点。


「あなたは誰なの?」


 ハヤセ・ミズキが目の前に佇む結晶体。発光する翼と光の輪。


 光のドレスに身を包む異形の天使。



「……私はずっと、水希の中に居た。


 水希がこの世界に来て、地球にいた時みたいに努力をして、

 またあの頃みたいに喫茶店で楽しそうに働いているのを見ていた。


 カフェで仕事することが本当に好きなんだ、という気持ちが伝わってくることが分かった。


 あの場所が無くなる日が来るまで。水希の中で、ずっと…………。」


 立っているのか。それとも浮遊しているのか曖昧な輪郭の存在はハヤセと対面し、静かに言葉を紡いでいた。


「……あなた…………!紗夜……!紗夜なの!?」


 その声と内容にハヤセは思い当たる人物の名を呼び当てる。


 すると異形の天使は光を纏い、徐々に明るい茶色を束ねた女性へと変化し、輪郭をはっきりとさせていく。


「どうして!?貴女はあの日、私の目の前で亡くなったのに……!」


 首を横に振る女性は困惑するハヤセと再会し、可笑しそうに微笑を浮かべながら飄々とした態度で語り始める。


「私にも分からない。でも、ずっと見ていた。ずっと流れ込んできていた。水希の思いや感情が。


 水希の中にいた私の意識がまるで心の一部になったみたいに、感じ取ったものをただ受け止めていた。


 まるで、水希の中で眠り続けているみたいに。


 それなのに津波に流されている時だけは違った。

 今まで水希の感じ取った気持ちが一遍に伝わってくることが分かった。


 不思議だった。水希が自分自身の心を開いたことで私の意思が身体の中に引っ張られたみたいに。


 あの時だけ、私は水希になっていた。」

「それじゃああの時、津波から守ってくれたのは紗夜だったんだね!


 やっぱり私の意思で動いていなかったんだ……。

 でも、どうして今になって出てきたのさ!?


 私の中にいたのならもっと早くから出てきてくれれば良かったのに……!」


 両手を胸元に当て、涙を堪えながら紗夜を見つめたハヤセ。その瞳は微かに揺れていた。


「それは多分、水希が過去を受け入れて心を開いてくれたからだと思う。


 だから私は水希の意思の中に入り込むことが出来た。それであの時改めて思い知った気がする。


 私は一度も自分の手で誰かの力に成れたことなんて無かったんだ、ということに。


 私が諦めてしまった自分の人生に何の意味や価値が無いと決めつけていたのは結局、

 今すぐに手に入るものでしか自分を満たせなかったから。


 自分だけの力で自分だけの夢や希望を手に入れようとしていなかったからだった。


 だから私は大きな力を使ったことによって、

 誰もが認めてくれる特別な存在になりたかっただけだったんだと分かった。


 だって新人類の人達ばかりを基準にして生きていたのに、

 あの人達はネットを介して常に新しい自分に生まれ変わることが出来るんだよ?


 私もいつか、そうなるんだって心の中で望んでいるだけで。

 ただ、その気持ち大きくなっているだけだった。


 何もしていなくても、ただ見ているだけで手に入れられるような気持ちだけが強くなって、

 いつも私は誰かに与えられていてばかりの人生だった。


 私は始めから、自分自身の人生に意味や価値を与えようともしていなかった。


 それをやっと、水希を通して私は自分を知ることが出来たの。」


 彼女は静かに顔を上げ、手を胸元に添えて語る。


 その表情は穏やかで、どこか儚げに見えるが当の本人は誇らしげだった。



「そう思えただけでも十分でしょう!


 それならまた一緒に頑張って生きていこうよ!またあの時みたいに!


 この世界の人達ならきっと紗夜のことを何とかしてくれるかもしれない!

 だってこうやってまた一緒に話が出来ているんだもの!


 もしかしたら今度こそ、紗夜がやりたかったことも全部、この世界で叶えていけるかもしれない!」


 ハヤセは紗夜を励ますかの様に両手を握りしめて一歩踏み出しながら語り掛ける。


「それは駄目だよ。だって私、また水希に嫉妬しちゃうよ。


 この世界の人達はただでさえ優しい人達ばかりなのに、

 努力している人に対しては、もっと手厚く手助けしてくれるんだもの。


 夢を叶える努力が出来ないと私みたいな人間はきっと、

 他の怪人みたいに自分だけ楽をしようとしたり、悪いことに力を使おうとするよ。


 大きな力を使って自覚したんだもの。やっぱり私は失敗作だったみたい。」


 両手をゆっくりと下ろす紗夜。彼女の指先が光に溶けていくように揺らいだ。


「この世界の人達はそんなことで人を否定するような人達じゃないよ!


 少なくとも、地球の人達よりも!一生懸命に生きている人達が支え合っているんだから!


 最初から何も出来なくたって良いんだよ!


 少しずつ頑張っていけば皆、歩み寄ってくれる。

 皆、そうやって人のことを大切に思い遣って生きているんだよ!


 失敗作だからって、関係ないんだよ!紗夜だって同じ人なんだから!」


 言葉1つ1つ紡ぐたびに唇を噛みしめながら一歩近づく。


 その足取りは震えていたが、瞳は真っ直ぐ紗夜を見つめていた。


「違うよ。水希。私は最初から人と人との関わり合いには興味が無かったの。


 本当に興味があったのは最初から何でも出来て、何でも成れる新人類みたいな人になること。


 自分が特別な存在として、苦労をせずに楽をして生きていける人になることだったの。


 だって努力することは苦手だから嫌いだし、

 ネット上で活躍している新人類の人達みたいに成りたいと思っていたんだもの。


 私、ミーハーだから。独りでは楽しく生きていくことも出来ないんだよ。


 それでまた皆の中で生きようとしたら、きっと真面目に生きているふりをするだけの人間ごっこになっちゃう。


 そうなればまた、私は自分の人生に意味を見出すことが出来なくなる。


 自分を押し殺してまで人として生きていくこと自体を楽しいだと思えなかったんだもの。


 弱くて、人任せで、我が儘なのが本当の私。あの日が来るまで、今まで貴女に黙っていたこと。


 でも。だからこそ、諦めることで心だけは気楽にして生きることも出来ていた。

 今でもそれはそれで良かったと思っている。


 あの日、水希は言ったよね?私が生きていた意味は何だったのか、って。


 今でもそれは変わらないよ。


 水希が作った居場所の中で生きている時間は、居心地が良かったから。


 だから見ているだけの人生でも生きていることが出来たんだと思う。」


 彼女の話を黙って聞いていた水希は気持ちを受け止めることで同じ様に自身の思いを吐露し始めるハヤセ。


「私も紗夜が亡くなってから、貴女の気持ちを思い遣ることが出来る様にはなった。


 貴女の本心かどうかは分からないけれど、確かに生きる為だけに生きることが辛い事なのは分かるよ。


 それでも地球みたいに誰かに決められた枠組みの中でずっと自分を誤魔化し続けていたことだって、貴女にとってはもっと辛い事だった筈なのに。


 私の中でこの世界を見てきて、また辛い思いをしていたんじゃないの?


 一度諦めてしまった人生を、今度は私を通して見ていただけだなんて。


 また貴女が本当に思っていたこととは別々のものばかり見せ付けられていたのに、

 紗夜は辛くなかったの?苦しくなかったの?


 せめて私は貴女の望みぐらいは叶えてあげたいよ。


 だって私の人生の大半を作ってくれたのは紗夜がずっと一緒に居てくれた御蔭なんだよ!?


 紗夜が一緒にいて、私を支えてくれたから夢を叶えられたのだから!」


 前に踏み出して思いの内を伝えたハヤセは、言葉にならない感情を押し殺すように震えた。


 紗夜はその様子を見て、少し肩をすくめながら、困った様に微笑んで語り始める。


「誤解しないで。私はただ水希の中にいただけ。眠っていただけなの。


 それに私は、人として生きることを諦めたから偶々こんな世界まで着いて来ているだけだもの。


 寧ろ、他の怪人になった人みたいに人生を諦めた人達がこの世界に来ているのに、

 水希みたいに諦めていない人がこの世界にいること自体がおかしい事なんだよ?


 だから水希はもっと頑張らなきゃ。これからは自分だけじゃなくて、他の誰かに繋がっていくみたいに。


 ずっとそうやって人間関係を大切にしながら生きていかなくちゃいけないんだから。


 私にはそんな生き方は出来ないと思っていたことだし、

 人に対して必要以上に興味を持って接することは出来なかったもの。


 どうせ残りの30年ちょっとの寿命で死ぬぐらいなら、

 私は努力してまで生きることよりも、先に楽をするために自殺を選んだだけ。


 私の望みはもう叶えられているし、もう現実的で残酷な世界で生きるのは懲り懲り。


 人並みの人生ではないのかもしれないけれど、

 これぐらい気楽にただ生きてただ死んだ人生の方が私にとって幸せだったと思えるよ。


 だって何の責任もないし、思い残したことも無いからね。

 もう死んでいるんだから、苦しいことなんて何も無いんだよ。


 だからもう、過去の出来事には囚われないで。私が心から望んで自殺したことまで否定しようとしないで。」


 紗夜は静かに微笑み、手をそっと差し出した。その手は光に包まれ、徐々に透けていく。


 ハヤセはその手に触れようとするが、指先はすり抜けてしまう。彼女は静かに手を下ろし、涙を流した。


「本当にそれで良いの?それじゃあまた、私だけ幸せに生きることを選んでしまう。


 私はきちんと紗夜の気持ちと向き合って生きていかないと、

 私の中では貴女がいつまで経っても報われないよ!」


 どうしようもない事象に対して感情をぶつける水希。しかしそれこそが彼女の本心だった。


 取り返しのつかない過去への贖いこそが、現在の彼女を確立させていたのだった。


「だったら、きちんと過去を受け入れて貰わないとお互いに幸せになんて成れないよ。


 水希の夢を昔や今の繰り返しで終わらせたらきっと、つまらない人生になっちゃう。


 これからは新しい水希の夢が、誰かの夢になって、新しい居場所を作っていくんだよ。

 ずっと、ずっと。そうやってまた、新しく。別の誰かに。続いていくんだよ。


 だってあの白い髪の娘も言っていたじゃない。


 水希はこれから、人として生きていかなくちゃいけないんだから。」


 紗夜は静かに微笑み、手をそっと差し出した。


 水希の右手を包むその両手は光に包まれ、徐々に透けていく。


「さようなら。水希。これで私は貴女の中から消えることができる。


 私は自殺を選んだことで、自分の人生の終わらせ方を楽にすることが出来たけれど、水希は水希の幸せな人生を選んで。


 水希にとってはやっぱり、人の中で生きている人生に意味があると思うから。


 それとあの時、言えなかったけれど。ありがとう。

 何も手に入らなくても、いつも安心していた。水希がいたから平穏な毎日だった。


 私の居場所を作ってくれて。一緒に居てくれて――――ありがとう。」


 紗夜の姿は光に包まれながら、ゆっくりと透き通って消えていく。


 最後に向けられた無邪気な笑顔が消えていく。


 伝えられた最後の言葉は、漸く、確かに届いた。夢が作り上げた居場所への感謝。


 信頼と思い遣りによる絆が2人を繋ぎ止めていた証だった。


 ハヤセはその言葉を胸に刻みながら、静かに目を閉じ、もうそこにはいない両手を胸元に添えた。


 病室を包み込む青い光はゆっくりと収束し、枕元に落下した青い宝石。


 見えていた映像が病棟の個室へと切り替わった途端、宝石は光を失っていた。


 涙を流すハヤセ・ミズキの瞳が静かに、確かに開かれていた。



「……ハヤセさん!大丈夫ですか!?私が分かりますか!?」


 覗き込むアメリアと、視覚が切り替わる現象にアレセイアを警戒しながらハヤセを見詰めるアヤ。


「…………アメリアさん。


 それに貴女は……あの時の魔法使いさん…………。


 私……気を失っていたんですね……。病院ですよね?ここは……。」


 手摺に手を掛けながら上体をゆっくりと起こすハヤセと、

 それを支えるアメリアにアヤは扉の方へ駆け寄ると2人に伝えた。


「誰か病院の方を呼んできます!」


 そう言って退室するアヤを見送る2人だったが、ハヤセは呆然とした顔で涙を流しながらぽつりと呟いた。


「外の……。外の景色を見たいです。私の友人が救ってくれたこの街の景色を……。」





 14時11分。メルフィオナ学院付属病院 屋上。


 松葉杖を頼りにゆっくりと歩くハヤセ・ミズキ。それを隣で支えながら見守るアメリアとアヤ。


 風が髪を揺らし、遠くに海の匂いが漂っていた。

 彼女は手すりの前に立ち、静かに空を見上げる。


 快晴。大きな白い雲がかかる青い空。


 穏やかな波間が太陽の光をきらきらと反射させて揺らめいている。


 酷く冠水していた路面は、靴底で踏み締める水溜まり程の水位まで下がり、

 路上の隅に掃き溜められた瓦礫の山は撤去作業に尽力する人々によって片付けられていく。


 その瞳に映された光景と、紗夜との邂逅した記憶が蘇った。


 子供の様な無邪気な笑顔が脳裏を過る程に、淡く確かに残っていた。


「アメリアさん……。心配をかけてごめんなさい。


 そして…………私のことを信じてくれてありがとうございました。」


 振り向いてしおらしく素直に謝罪と感謝を伝えるハヤセ。


「良いんです。だってハヤセさんは、ハヤセさんの儘ですから。」


 首を振るアメリアは彼女に向き直って優しく微笑んだ。


「それでも、心配はしました。正直にもっと早くに伝えて欲しかったです。


 私、さっきの不思議な出来事を見てハヤセさんが羨ましいと思いました。」


「えっ?羨ましい…………ですか?」


 羨ましいという言葉にハヤセは思わずそのまま言葉を返していた。


 彼女の身の内に起こった出来事は世間体として考えみても公には表明し難い内容であったからだ。


 それでもアメリアは溌溂とした様子ではきはきと答えていく。


「はい。私は今まで自分の夢だとかやりたいことは大抵、自分の力で叶えてきました。


 どんなに自分が一生懸命に頑張っていても誰かが支えてくれない限り、人の夢って孤独との戦いですから。


 自分がやっていることが本当に正しいのかさえ分からなくなることは沢山あります。


 同じ目標を持った友人って、本当に望んで手に入るものではありません。


 さっき、ハヤセさんの御友人とのやりとりを見て、

 自分の本心を語り合える存在がいることって、とても羨ましいと思えました。」

「そんな……。それは違うんです。私、本当は紗夜に無理をさせていたんです。


 紗夜は最後に感謝をしてくれましたが、今までずっと失敗作であることに悩んで、苦しんでいたのに。


 私だけ彼女の目の前で夢を叶えて、余計に追い詰めていたんです。」


 否定するハヤセには、共に働いてくれていた友人へ負担を掛けていたことへの後悔の念が未だに強く息衝いていた。


 歪な2人の関係性に対して肯定的に捉えているアメリアは、真っ直ぐに受け止めてはっきりと答えていく。


「それはお互いを大切に思い遣っていたから言えなかったんです。

 御二人にとって大切な居場所があったから、守る為に言えなかったんだと思います。


 サヨさんの言っていることは確かにとても後ろ向きな考え方にも見えます。


 でも、そういった先の見えない不安な気持ちも、

 お互いにやっていることを見て励みになりますし、困った時には支え合うことが出来るんです。


 一緒に居てくれるだけでも、本当に心強くて。続けていて良かったなぁ、って思えるんです。


 私にも彼女の抱えていた不安は分かる気がします。


 サヨさんがハヤセさんと一緒にいることを大切に思っていたのは、

 心から安心していられたから生きる意味を見出せていたんだと思います。


 だから、ハヤセさんにもこれからの人生を一緒に歩んで欲しいんです。


 だって、今の私にはハヤセさんが必要なんですから!」


 純粋で疑いのない真っ直ぐな瞳。思わず震えた声を漏らす様に名前を呼ぶハヤセ。


「アメリアさん…………!」


 2人のやりとりに優しく微笑むアヤは付け加えるように言った。


「ハヤセさん。地球人が怪人だったことが公表されたばかりなのでこれから大変だとは思います。


 それでも。誰か1人でも信頼できる人がいることは自信を持って生きていけることだと思います。


 貴女が諦めない限り、私達も助けになります。


 だからもう、ハヤセさんまで誰かの為に我慢をしながら生きようとしないで下さい。


 貴女が貴女らしくある限り、独りではありませんから。」


 瞳を揺らすハヤセを見てアメリアは「そうです!そうです!」と勢い良く肯定した。


「ハヤセさんのお店も大変なことになりましたが、今度は独りじゃありません。


 次は私の作った居場所で!一緒に夢を叶えていきましょう!」


 ニコリと歯を見せて笑顔を向けるアメリアに、思わず笑顔を返すハヤセとアヤ。


「…………ありがとうございます。


 私の身の回りにはこんなに頼りになる人ばかりなのに、独りで抱え込んでいたみたいです。


 でも、もう忘れません。楽しいことも。辛いことも。

 私には誰かの支えがあってここまで生きてこられたことも!


 これからもずっと、ずっと、続けていきます!


 私達の新しい居場所で誰かの幸せになれるように!ずっと!続けていくんです!」


 涙が頬を伝う彼女の表情は、子供の様な無邪気な笑顔だった。





 そこは命よりも心を大切にする惑星。異世界スフィア。


 スフィアと地球という星で引き起こされた悲劇により人間の欲望と感情が入り乱れた大事件。


 新人類と呼ばれるトランスヒューマンの登場により、

 適応できないと判別された失敗作達の苦悩と苦難が人を人たらしめる。


 合理的な社会を目指したが故に浮き彫りになる人間の非合理。

 人は人である以上、合理的には成り切れなかった。


 そこに1人、逃れられぬ運命を宿命に変える少女が立ち上がる。


 運命は決められたものではない。自らの宿命が運命を変えていくのだと。


 これは心と命を慈しむ為の物語。彼女の人を助ける物語はここから変わっていく。









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魔法少女と鎧の戦士 森ノ下幸太郎 @morinosita

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