人生ハードモード、という言葉ばかり使ってしまったのですが、容易くない二度目の人生がドラマティックであり残酷であり、だからこそ自分の足で進んでいく物語の構図に引き込まれていきます。
異世界転生(あるいは転移)モノのなかには、前世の職業や記憶を生かし、転生先でスローライフを送ったり無双したりするものが多いかと思います。それもひとつのエンターテイメントだとは思うのですが、今作の「前世が転生先でも重要な意味をもつ」ところが私はとても好きです。新しい人生を歩むだけだと、どうしても前世の自分を踏み台のようにしてしまいがちです。でも主人公のカイリには前世の記憶があるだけではなくて、前世で使っていた日本語が転生先でもとある役割をもって使われていたり、前世の人間関係に意味深なものを見出だしたり。前世のうまくいかなかった自分もなかったことにはしない、前世があるからこそ今のカイリたちがいる、という物語のつくりが好きです。
つまり、このお話は人生の延長線みたいなものだから、当然人生イージーモードみたいなことにはならないし、悩みや葛藤ももしかすると前世以上のものが待ち受けているわけで。正直見ていて痛々しいところもありますが、それでも前に踏み出そうとするカイリに胸を打たれます。
生きていた頃、カイリは高校模試の判定結果をたまに会える父親に機械の如く渡すのが習慣の日々だった。
判定は当然の「A」。
最高峰の大学をただ目指して、机の上で勉強する日々。
父が、医者。
母が、裁判官。
当然カイリもその道に進むのだと思っていたのだが……。
突然の事故で死んでしまい、記憶を持ったまま異世界へと転生したんです。
只の「記憶持ち」。
現実世界でも前世の記憶を持ったものがいると聞いたことがありますが、いずれにせよよくある「チート能力」や「ハーレム」なんてご都合主義なものはなく。
ありふれた日常を、温かく優しさで目が霞むような生活にカイリは満足していたんです。
一歩、一歩、年齢を重ね。
一歩、一歩、優しさに触れ。
一歩、一歩、彼は、カイリは……。
――――歌を「村の中だけ」で、歌うんです。
丁寧に、丁寧に……。
心の違和感と葛藤しながら、彼は歌うんです。
一話、一話。
私は胸が締め付けられる感覚がしました。
そして……。
「赤」が村を――――……。
――――「黒」が人を。
そして、彼は知る。
目の前には、優しい顔をした両親。
ライン。
ミーナ。
リック。
――村の者達が、静かに佇む。
彼は、カイリは一歩踏み出す。
そう、旅に出るんです。
この物語はそういう物語なんだと。
私は感じました……。
「感動」という言葉を軽々しく使うつもりはありませんが、画面越しで涙が溢れたのは作者様の想いが伝わってきたからでしょう。
第16.17話の文章。
凄いです……。
凄すぎました……。
歌を、想いを、カイリの幸せを。
心から願っています!
転生先の異世界は、「歌」が特別な意味を持つ世界だった――。
主人公が異世界に転生します。
しかし、特殊能力を得たわけでもなく、前世の知識を生かして大活躍するわけでもありません。
主人公カイリは「前世の記憶を持ったまま生まれてきてしまった」というだけの、普通の少年です。
むしろ、前世の死の恐怖を覚えているがために、人を傷つけることを極度に恐れ、日常的に武器が扱われるようなこの世界では「役立たず」と言えなくもない、そんな立場です。
けれども、カイリの両親は暑苦しいほどの愛情たっぷりに彼を育ててくれ、村の人々も皆、優しい。カイリは、平和な毎日を過ごします。
――時々、「隠されている違和感」を感じながら。
一番好きなシーンをご紹介したいのですが、それをするとネタバレになってしまいます。
なので、言いたいのに言えません!
あのエピソードは凄かった……!
文章から伝わってくる温度に、ゾクゾクしました。
研ぎ澄まされすぎた言葉が、心に響きました。
物語の初めの頃からは、想像できない展開が待っています。
騙されたと思って、「Banka2 俺の歌は、彼らのために」の最終話「第17話」までを、まずは読んでいただけないでしょうか……?