小さな君と目覚まし時計
ムーン
第1話
僕を眠りから起こしてくれるのは、鳥のさえずりでもなく、カーテンの隙間からさしこむ太陽の光でもなく、小さな君がくれた目覚まし時計だ。
息が白く色が変わり始め、空気が乾燥し夜空の星が綺麗に見え始める時期になっていた。
ジリリリリ・・・ガツン!
朝からけたたましい音を立て目覚まし時計が朝をつげた。
寒さで布団から出れずに手だけ伸ばしそれを叩いて止める僕。
今時スマートフォンを目覚まし時計に使っている人の方が多いとは思うが、僕は目覚まし時計を使っている。
毎朝強く叩いているはずなのに壊れずに、大きな音を立て僕の眠りから起こしてくれる。
もう10年は使っているだろう。
半分起きて半分寝たような意識でボーッとしながらなかなか起きれずにいた。
冬は苦手だ。布団の中がどれだけ心地よいのか教えてくれる。だからこそ起きて寒さに震えながら行動する事を嫌になる。
大学生の頃から1人暮らしをしているが何年たっても僕の朝はいつもギリギリだ。
顔を洗い、歯磨きをし、
「寝癖は帽子をかぶればいいか!」なんて調子でいるもんだから帽子の種類は豊富に揃えられている。
朝ごはんは中学生の頃から、
「朝ごはん食べる時間も寝たい」
という睡眠欲に負けた生活を続けたせいで今は会社で飲む缶コーヒーだけで朝の空腹は満たされている。
仕事は家具のデザイナーをしている。
デザイナーと言えばかっこよく聞こえるが実際はまだまだ下っ端の雑用がメインだ。
会社は家から電車で20分ほどの場所にある。
駅まで全力で走り電車に乗り駅に着いたら会社まで全力で走る。
「ハァ・・ハァ・・」
時計を見る。9時に間に合えばよい。
時間は8時55分。
「セーフ!昨日よりちょっとだけ早くついたー!」
学生が体育テストで50メートル走の記録を更新したかのような喜びに浸っていた。
バシッ!!
「セーフじゃねーよ!社会人ならもっと余裕を持って会社こいよな!」
「だからお前はいつまでも雑用ばっかなん・・・」まだ説教が続いてる。
朝からこの人の相手はとても疲れる。
この朝から説教してくるのは
年は2つ年上の27歳で入社したときからなにかと僕に説教をしてくる。でも何だかんだ言って1番可愛がってくれる先輩だ。
自分のデスクに着き駅で買った缶コーヒーを飲みながらパソコンに電源を入れていると、後ろから甲高い声で
「想介ー!また寝癖も直さず会社きてんの?そんなことだから仕事も恋愛もできないだよー!」
会社に同期入社した
自己紹介が遅れたが、僕の名前は
25歳になる。社会人になればカッコいい大人の男性になれる勝手と思っていたが実際は先輩からの説教、同期にはからかわれるの毎日だ。当然彼女なんているわけない
ちなみにこの同期の美波はなかなかのセンスの持ち主らしく一目置かれる存在になっていて、雑用ではなくデザイナーの仕事をすでにしている。
会社は7人ほどで大きい会社ではないが個性的で面白いデザインをすると少しだけ人気のある会社だった。
「美波ちゃん。朝から元気でいいけど仕事の方もちゃんとお願いね。この前のデザインの進み具合確認するから後でもってきてね。」
と後ろから大人のカッコいい女性が声をかける。美波は僕から取り上げた帽子をそっと返して、そそくさと仕事に戻っていった。
さっきの女性とは社長の
帽子を被りなおしてるいると
「想介君。今日の打ち合わせ付いてきてもらえるかしら。」
きっといつもの荷物持ちだろう。
そう思っていた。
「わかりました。」
「また行く言うからお願いね。」
そう言って日菜子さんは自分の仕事に戻っていった。
午前中を普段のように雑用やらをこなし、お昼は歩いてすぐのコンビニでご飯を済ませ打ち合わせに行ける準備をしていた。
すで15時近くなろうとしていた。
(打ち合わせ何時からなのだろう。)
さっき日菜子さんに言われた時に細かい詳細を聞かなかった僕はただ待っているしかなかった。
「想介君ー!打ち合わせいくけど大丈夫ー?」
日菜子さんが言ってきたのは17時近くなっていた時だった。
「大丈夫です!」
「ごめんねー!遅くなって!」
打ち合わせにしてはいつもより時間が遅い。
それに日菜子さんはどこかランチでもいくかのように荷物を持っていない。
「荷物何かあればもってきますか?」
不思議に感じあえてこちらから聞いてみた。
「今日は大丈夫よ。打ち合わせといっても少しだから。」
本人が言うなら大丈夫なのだろう。自分の荷物だけを持ち日菜子さんと会社をあとにする。
外を出るとあたりはもう薄暗くなっていた。
日菜子さんが呼んでいたタクシーに乗り繁華街へと走り出した。
(今日何時に帰れるんだろう。こんな寒い日ははやく布団で寝たいんだよなー)
そんなこと外を見ながら思っていた。
30分ほどタクシーで走った先に着いた場所は焼き鳥屋だった。
「日菜子さん?場所間違えてません?打ち合わせですよね?」
「ここよ。はやく行きましょう。」
日菜子さんはふざけているわけでもなさそうだった。
かなり評判の店で予約もとるには難しい人気店だった。店内は満員で大いに賑わっていた。
(こんなとこでどうやって打ち合わせなんかするんだよ。)
「日菜子ちゃーん!待ってたよ!奥のテーブル取ってあるからねー!」
賑わう店内でも聞こえてくるほどの大きな声が聞こえた。
「大将ありがとうー!忙しいのにごめんねー!」
日菜子さんがそう返すと店の奥へと進んでいった。
テーブルにつきすぐに生ビール2杯と焼き鳥の盛り合わせが頼まれた。
「私若い頃よくきてて今じゃこんな人気店になっちゃったから久しぶりにくるんだよね!太一とか美波ちゃんも連れてきてあげたかったけど流石に人数多いと予約とれないからね。」日菜子さんがよくわからないこと言っている。
「日菜子さん、これってなんです?」すかさず僕は尋ねた。
日菜子さんは少し笑みを浮かべながら
「打ち合わせって嘘ついてごめんね。それになんです?って言われても想介君との約束を守っただけよ。」
もうちんぷんかんぷんで話が見えてこない。
「忘れたの?この前会社の飲み会で君が酔っ払って"誕生日に彼女いなかったら日菜子さん美味しいご飯おごってくださいよー"って君言ってたじゃない。」
「誕生日・・・」
ハッとなりスマホの日付をみる。
もう何年も1人で過ごしていたせいで今年は自分の誕生日をすっかり忘れていた。
「だから今日はお祝いって事で私の大好きなお店に連れてきたってこと!」
誕生日を忘れていた事と酔っ払ってあんな事言ったとなんだかどう言葉にしていいかわからない気持ちになっていた。
ビールが運ばれ
「26歳かな?誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます」
カチン!と乾杯をしビールをグーっと飲んだ。
美味しい焼き鳥にお酒がすすみ時間が経つにつれ自分が酔っ払ってきているのがわかった。途中で大将が日菜子さんの昔の話をしたりしてこんな凄い人でも大変だったんだなと思ったりした。日菜子さんも懐かしい話に楽しそうにしていた。
そろそろ帰ろうかと言う時に日菜子さんがバックから1枚の紙を取り出した。
「想介君。これ私からのプレゼント。」
「これってなんですか?」
紙には"大切な思い出をあなたに"と書かれていた企画書だった。
「テーマを決めて何かやりたくて。君にお願いしようかなって。」
初めてのこんな風に仕事を頼まれ嬉しくなった。
「お客様の思い出を形にする企画なんだけど、正式にやる前にまずは、想介君が君自身が大切にしている思い出を形にしてみてもらいたいの。」
「大切な思い出を形にですか・・・」
「ゆっくりでいいから少しずつ考えてみて。」
「やってみます。」
タクシーで日菜子さんを送り今日の事を考えながら家に帰宅した。
当然のことながら誕生日に彼女のいない俺には部屋で待ってくれている人はいない。
少し寂しい気持ちで部屋に電気をつけ荷物を片付けシャワーをあびる。お風呂からあがり少し酔いがさめ、さっきの企画書をもう一度呼んでいた。
''大切な思い出"か。と思いふと足元に目をやると朝叩いて止めた時に落ちたのだろう目覚まし時計がそこにはあった。
目覚まし時計を手に取った。
「もう10年か・・・」
今日が誕生日で26歳になったという事と企画書の"大切な思い出"この事が頭の中で1つの記憶を蘇らせていた。
そう16歳のあの頃を。
小さな君と目覚まし時計 ムーン @mumumin
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