第6-2話 出会い②

 路地を出ると、シェリアは裕也の行きつけである飯屋に行った。


 比較的安く、かつ量のある所であり、二人はそこで腹ごしらえをすると再び大通りを進み始める。

 六~七メートル程度の通りの左右に雑貨や武器防具の専門店が立ち並んでいた。その通りを行き交うのは冒険者、町の衛兵などそれを必要とする人であふれている。中には戦闘を行わないであろう商人の姿もある。


「ありがとうございます、シェリアさん。奢ってもらちゃって……」

「いいっていいって、おいしい所教えてもらったお礼だよ。それにしてもさすがこの国の中心地だけはあるね。こんな小さな通りにまでこれだけの店があるなんて。アリオンとは大違いの店の数と人の多さだ」

「各地からいろいろな物が入ってきますからね。自分の鍛造の腕を試したくて、ここに来る職人さんも珍しくないようです」

「でもさ、これだけあったらどこの店が良いか迷ってしまうね。で、君はいつもここに来ているんでしょ?」

「はい、けど別に目的があってここを歩いているわけじゃないんですよ。あっ、さっきの飯屋は別ですよ」

「目的がない? ただここを歩いているってだけってこと? 何でまたそんなこと……」

「憂さ晴らしって所ですかね。この世界に無理矢理連れてこられて、勉強や修練で監禁状態にされて……。当然ストレスが溜まりますよ」

「ああ、確かに」


 不機嫌そうな表情を浮かべる彼にシェリアはそう同意する。彼の状況を自身に置き換えても同じことをしただろう。


「じゃあこうなるのも仕方がないことだね。それじゃ今日は私が目一杯付き合ってあげるよ。で、どうする?」

「そうですね、いつもは外を歩くだけだったので、ちょっと店の中に入りたいですね。こんな格好をしているから、入れても追い出されることが多かったんですよ」

「そういうことなら任せて」


 そうして二人は大通り沿いの店を順番に回っていく。服屋、雑貨屋、時に立ち食いが出来る店など回っていく。そして今彼女たちがいるのは武器屋だ。品揃えはシェリアが世話になっているアリオンの武器屋と変わらない。しかし、裕也にとってはそれが物珍しいようで、置かれている武器を手に取っては穴があくほど見ている。


「そんなに珍しい?」

「当たり前ですよ、本物を見ることなんて日本じゃほとんどないでしょうし」

「まぁ、確かに。個人で持っていたら銃刀法違反でしょっ引かれるだろうしね。ところで一つ聞きたいんだけど、君は武器は何を使っているの? やっぱり伝説の剣みたいな物なの?」

「えっ? あ~、そうですね……」


 そう言って裕也は目を泳がせ始める。武器を一心不乱に見ていた時とはすっかり様変わりしてしまっている。何か不味いことを聞いたか、とシェリアはそう考える。


「悪いことを聞いたかな?」

「うーんそうですね……。まぁ、シェリアさんなら良いか」


 裕也がそういった瞬間、彼は彼女の手を掴むと店の外に連れ出し、近くの路地に入っていく。


「ちょっとちょっと、そんなに聞かれたら不味い話なの?」


 そう困惑する彼女を奥まで連れ込むと彼は手を離して向き直る。


「まぁ、この世界……というかこの王国の人には聞かれない方が良いかもしれませんね」

「えっ、そんな話を私にするの? やめてよ、国家機密を知って私が暗殺されたらどうするの?」

「それを言われると俺も躊躇するんですけど、シェリアさんには話した方が良いって思うんですよ。なんとなくですけどね」

「……釈然としないけど、誰かに話したりはしないから言ってみなよ」

「はい。あの、シェリアさんが言った伝説の剣はこの世界の女神であるミリスが作り、この王国に授けたらしいんですよ」

「ほうほう、じゃ君はそれを持っているってことだね」

「いや、そうじゃないんですよ。シェリアさんはこの世界に昔勇者がいたことを知ってますか?」

「えっと、500年前にいたっていう人のことだよね。知っているよ。その人がどうしたの?」

「その人が魔王を討伐してからその聖剣が行方不明らしいんですよ」

「はい?」

『何ですって!? それどういうこと?』


 間の抜けた声を上げるシェリアに対し、アイリスの声は驚きを隠しきれないといった様子であった。


「ちなみに何で聖剣がないのか知っていたりする?」

「うーん、それは教えてくれなかったんですよね。て言うか、それを教えてくれたのが俺を召喚した王女の姉に教えてもらったんです。ただ、そのことを王女に話しても、あの人の言うことは信じないでください、ってすごく怒った顔して言ってきましたよ」

「ふーん、そっか。なんか嫌な空気みたいなのが広がっているな、宮廷内は……」

「内情を話すと、俺を召喚した王女……、第二王女とその姉はバチバチやっていますよ。あの二人が言い争っていることなんて何度も見ていますから」

「うーわ、最悪じゃんそれ。私もこの国の内情を教えてもらったことがあるんだけど、将来内戦になるんじゃないの、この国?」

「俺もそんな気がします。ぶっちゃけ、そうなる前に逃げたいんですけどね。けど、元の世界に帰る方法を探すことを考えるとここにいた方が良いと思ってもいるんです。でもそれもあと少しなんですけどね」

「へ? どういうことそれ?」

「もう少ししたら俺、第二王女と一緒にこの国を出るんですよ。何でも勇者の責務として世界各地にある精霊の神殿に行くことになっているんです。でも、俺としてはここにいて元の世界に帰る手がかりを探したいんですけど、正直どうすればいいんでしょうね?」

「うーん、難しいよね。君にとってのそれの手がかりはここにあることは間違いないだろうしね。何せ召喚した国なんだから古い文献にありそうだしね。でも、あまり長いこといたら内戦に巻き込まれるかもしれないから、さっさと旅に出てしまった方が良いと思うけどね」

「そうなんですよね。しかも王国を守る騎士団も妙なことになっているっていう噂を耳にしているんで、さらに不安なんですよ」


 その言葉を聞いてシェリアは騎士団長であるレオンの言葉を思いだす。


【君はこの国の王が体調が優れないという話を知っているかい?】

【王は自らの仕事を周りの者へ割り振っている。自分がいなくなっても国が混乱しないように、今の間に経験をさせるみたいだ。数年前から徐々に始まったことだが、これが悪かった】

【貴族達が騎士団内部の権力を手に入れようと、それを利用してきたのだよ。王の負担を軽くしたい等と言ってな。その結果、騎士団は多くの干渉を受けることになり、騎士団内部の人事にまで口を挟み始めた。さらにこちらの進言も中々聞き入れてくれなくなった。その結果が現在の王国を作り上げてしまった】


 貴族達は騎士団の権力を手に入れようと暗躍。王国の継ぐ予定の王女二人は不仲。それを考えるとこの国はすでに詰んでいるのではないだろうか。

 シェリアはそう考えざるを得ない。


『もしかしたら第一王女が貴族達を唆しているんじゃないかしら? 彼女が権力を手にしたあとに手足として騎士団がほしいのかもしれない』


 ふと、アイリスが自分の考えを語る。それを聞き、シェリアはなるほどと思ったと同時に、その後はどうするのだろうと思った。


 たとえ第一王女が貴族たちや騎士団を掌握したとしても、第二とはいえ王女であることは間違いない。それに彼女は勇者を召還したという実績があり、それを内外に宣言している状態である。貴族達が第一王女に協力しているとはいえ一枚岩ではないだろう。また貴族達といっても第二王女側の貴族もいるはずであり、全ての貴族が協力しているわけでないはずだ。第二王女に危害が加えられればその者達が動くだろう。そうなれば内戦は必至だ。


(これに対する対策は、暗殺してそれを隠ぺいする。もしくは監禁状態にして一切関わりを持たせない状態にする。でもどっちもバレた時のリスクが大きいんだよな)


 また、問題なのはそれだけではない。貴族は押さえても国民はどう思うだろうか。どれだけ隠しても情報は流れるものである。勇者を召喚した第二王女が殺される、もしくは監禁などされたと知られれば、現在の情勢を考えると、大きく不信感を煽るだろう。そこから反乱などの次に発展するかは運次第だろう。


(第一王女は何を考えているんだろう? もしかして裕也を自分の所に引き入れようとしているとか? それを考えると裕也に言った言葉も不信感を生み出し別れさせるため?)


 シェリアは今考えていることが一番妥当ではないかと思った。それならば宮廷内で第二王女を孤立させることが出来る。ただ、やはりその先はどうするのかは思い浮かばなかった


(やっぱり長居したくないな、この国)


 と、シェリアがそう思った時だ。


「あの~、難しい顔をしてどうしました?」

「いや、ちょっと考え事をね。しかし、君は本当にとんでもない国に召喚されたものだね。同情するよ」

「同情するなら助け出してくれませんか?」

「まぁ、気が向いたらね。で、次はどこに行くの?」

「そうですね、次は……」


**


 町がオレンジ色に染まる頃、町を流れる大きな水路は人々の声であふれていた。そこを進んでいた船の多くは川岸にあげられ、その周りには仕事の後片付けに追われている船員達。そして夕ご飯の買い出しで店を訪れている多くの客と、元気いっぱいに走り回る子供達。

 そんな喧噪に包まれながら二人は今日一日を振り返るかのようにじっと前にある水面を見つめていた。


「どうだった、今日一日は?」

「とても楽しかったですよ、ありがとうございます」


 左から唐突に掛けられた質問に彼はそう答える。その答えに顔を緩ませながらシェリアはただ、「そっか」と呟く。再び訪れる沈黙の時間。しかし、シェリアはそれに気まずさを感じなかった。唐突に始まった彼との出会いであったが、今日一日彼と話すことが出来たことに達成感を覚えていたからだろう。故にこの時間はその余韻のようなものとそう彼女は思った。

 そしてシェリアが彼と別れるために声を掛け様とした時だった。


「シェリアさん、一つ良いですか?」

「ありゃ、質問? いいよ、答えられる範囲なら答えてあげる」

「シェリアさんは、元の世界に帰りたいって思ったことはないんですか?」

「へ? 何でそんなことを……」

「えっとシェリアさんは俺と同じ世界から来たんですよね? それなのに帰りたいって気持ちが少ないというか何というか、そんな気がするんです」

「あー……そういうことね。そういえば考えたことがなかったな。何というか毎日仕事に明け暮れていたからね」


 そう言うとシェリアは視線を水面に向けたままじっと考える。しばし考えた後、考えがまとまった彼女は彼に視線を向ける


「そうだね、正直微妙って所かな。ほら、私は事故で死んだって言ったでしょ? それに関しては未練みたいな物はあるよ。あそこであの道を通らなければってね。でも何の因果か、肉体こそ違うけど私は生き返ることが出来た。あそこで途切れていたはずの私の命が、別世界とはいえここまで繋がっている。それを考えると戻りたいっていうのは欲張り過ぎかな。それにたとえ戻れたとしても、あっちの世界では私はすでに死んでいることになっているはず。姿形も変わった私に、誰もその人だと言うことは分からないだろうし、もう自分の居場所はなくなっているだろうしね」

「そう……ですか」


 そう言って裕也は視線を外し、それを目の前の水面に落とす。水面を見つめる彼は今どのようなことを考えているのだろうか。シェリアにはそれをうかがい知ることが出来ない。しかし、何処となく寂しそうな瞳からこう思っているのではないだろうか。


 ――同じ思いの仲間がいない。


 彼は元の世界に戻りたい。しかし同じ志を持つ人間がいなければ、自分一人でその方法を探さなければならない。たとえ同じ世界の人間であろうと同じだ。仲間がいない孤独から来る寂しげな瞳。彼女はそう思っていた。だからこそ、彼女はそれを放っておくことが出来なかった。


「あのさ……」

「はい?」

「君は私とは違って生きたままこの世界に召喚されたんでしょ? だったらあっちの世界では行方不明ってことになっているはず。だから帰ることが出来れば君は元の生活に戻れるんじゃない?」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。だから君は帰るべきだ。いや、帰らなければいけないと思うよ」

「そりゃ、俺も帰れれば帰りたいですけど、方法が……」


 そう言って裕也は彼女から顔を背ける。その顔には不安と若干諦めの様な感情が浮かんでいるように思えた。そんな彼に彼女は続ける。


「あ~、それなんだけどね……、確か勇者として世界を旅する予定があるって言ってたよね?」

「はい、言いました。それがどうかしましたか?」

「なるほど。それじゃ私も手伝うよ」

「えっと、どういうことですか? 俺と一緒に旅するって言うんですか?」

「いやいや、そうじゃなくてね。君は勇者として世界を回りながら元の世界に戻る方法を探す。そして私も冒険者として世界を回り、各地を調べる。一人じゃそれを見つけるのは大変だけど、分かれて探せばそれだけ見つける可能性が高まるんじゃない?」

「それは俺もありがたいですけど、いいんですか?」

「良いって良いって。一緒に行くことは出来ないからさ、そのくらいはさせてくれ」

「でも、どうやって連絡し合うんですか? 連絡手段なんてないし……」

「確証はないけど、君は勇者として有名なんだからどこに行ったとか噂で伝わってくると思う。もし見つけたらそれをたどって追いかけることにするよ」

「……それ無茶すぎません? この広い世界で噂を頼りに追いかけるなんて……」

「無茶でもなんとかするよ。約束した以上は必ず君を見つける。だからその……信じてほしい」

「……約束ですよ」

「うん、約束だ」


 そう言ってシェリアは小指を立てた左手を差し出す。その行動に同じ世界から来た彼はそれが何を示すのかすぐに理解した。


「指切りげんまんですか? この年になってそれはむちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」

「いいじゃんいいじゃん、口約束よりもこうして形にした方が良いと思うよ。それに破ったら針千本飲まされる罰もあるんだからさ」

「うーんそうですか? じゃあ……」


 そう言いながら彼は渋々といった様子で同じように小指を立てた右手を差し出し、そして彼女の小指に繋いだ。


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!」」


 そう言って互いに指を離す。裕也はその行為に顔を赤くしている。言い出しっぺのシェリアも実際にやって恥ずかしく感じており、頬が少し熱くなっている、そんな気がしていた。


「こんな恥ずかしいことさせたんですから、必ず守ってくださいね。守らなかったら本当に針千本飲んでもらいますよ!」

「そっちこそ、勇者の旅にかまけて約束を破らないようにね!」


 そのときだった。彼女の耳に靴と鎧が擦れるような音が聞こえてきた。その方向を見てみると3人の騎士達が自分たちに向かってきているのが見えた。


「お迎えかな?」

「みたいですね」


 裕也は立ち上がるとゆっくり彼らの元に向かって行こうとして、立ち止まる。


「また、会えますよね」


 そういった彼の顔は不安げだ。約束したとは言え、裏切られるかもしれない。そんな想いが渦巻いているのだろう。それが読み取れた彼女は思いっきりの笑顔を彼に向けた。


「当然! 約束を守るのは大人の役目だよ」


 その答えと、その表情に彼の顔は緩み、そして同じように笑顔を向けてきた。


「ですよね! それじゃまた!」

「うん、またね!」


 そう互いに言い合い、彼は今度こそ3人の元へ向かっていった。そして彼らは多くの人通りの中に溶けていった。それを見送ったシェリアは再び視線を前に向ける。


「行っちゃったね」

『ええ、そうね。でも良いの? そんな約束して……』

「うーん、本当は宮廷の内情を考えると関わりたくないよ。でも、それ以上に困っている後輩がいるのに放っておくことなんて出来ないよ」

『お人好しね。あまり入れ込みすぎると自分を滅ぼしちゃうわよ』

「あはは、確かにね」

『でも、貴方らしいわ』

「ありがと、アイリス姉。それじゃそろそろ戻ろうか」


 そう言って立ち上がろうとしたシェリアはある違和感に気づく。


 ――何かを忘れている。


 そんな思いが彼女の中を巡る。


『どうしたの?』

「いや、ちょっとね……」


 そう曖昧に答えながら彼女は記憶を遡っていく。

 そもそも彼女は何のために彼の行動に付き合っていたのだろうか? その始まりは何であったのか。それを思い出しながら考えていると、アイリスが思い出したかのように言った。


『ちょっと待ってシェリアちゃん。確かあの子に道案内をしてもらう予定だったんじゃ……』

「あっ……」


 そう、行動に付き合う代わりにギルドまで案内してもらう予定だったことを完全に忘れていたのだ。その事実を思いだしたシェリアは周囲を見渡す。当然そこは見たことない景色であり、迷子は継続中であった。そして当然彼の姿はもうない。


『終わったわね……』

「裕也ーーーーーーーーーー!!!! カムバックーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 夕焼けに沈んでいく太陽に、彼女のむなしい叫びが木霊した。

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元素操作者(エレメンター)の異世界冒険記 ロータス @gency

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