第5話

「ほら、夕霧起きろ。起きないと放置して置いてくよ?」

「んん…んだよ、もう着いたのかよ……」


寝ぼけて眠たげに目を擦る夕霧の手を引っ張りながら電車を降りホームに出る。

依頼主には一応連絡を入れているため、家に居るだろうからこれからその場所に向かわなければならない。けれどその場所は非常に入り組んでいるらしく、方向音痴の自覚がある桜木一人ではとても不安を煽る場所だった。

まだ眠たそうな夕霧の手を引きながら空いた片方の手で地図アプリを確認する。


「もー夕霧、ちゃんと起きてよ。僕に任せると迷う可能性大だよ?」

「起きてる、っつー…の……」

「嘘でしょ…」

「……そこ、右曲がって二度目の角を左…」

「はいはい…コケないでよ」

「お前じゃねぇしコケねぇよ、ばぁか」


目を擦りながら言う夕霧に呆れながらその言葉通りに歩くと目的地である、寂れかけたアパートが見えた。

地図アプリを閉じて軽く髪の毛を撫でつけながら夕霧を見ると、さっきまで眠そうな顔をしていたのに今はキリッとした仕事用の顔になっていた。流石だ。


「今回の依頼主はどんな奴なんだ?」

「え、書類読まずに来たの? ……儚火はなび 時雨しぐれ、十六歳。照楠じょうなん高校に通う高校生。依頼内容は『自殺幇助』及び『後片付け』」

「自殺、な…」

「なになに、夕霧ってそういうの駄目だっけ??」

「いや別に…。ただ、自分で命を絶つ輩の考えることは分からんな」

「それ、依頼主の前で漏らしたら駄目だよ?」

「分かってら。東雲の奴にも言われた」


僕の言葉が東雲さん直属の上司と同じだったらしく、夕霧は苦々しげに表情を歪めた。


―――東雲さん、いい人だと思うんだけどなぁ…?


何が苦手なのかイマイチ分からないが、寂れかけたアパートの一室のチャイムを鳴らすとすぐにドアが開き、依頼主が顔をひょこっと覗かせた。

想像していたよりも幾分も小さく華奢な依頼主に桜木は一瞬、目を軽く見開いた。

しっとりとした金茶の短髪に触れれば簡単に折れてしまいそうな細腕、ぼんやりとこちらを見てくる深い蒼の瞳。ぶかぶか気味の黒パーカーによれよれの黒ジャージ。

書類で確認していなければ女と見紛うその依頼主は、こちらを見ながらこてんっと首を傾げこう言った。


「……『掃除屋』さん、ですか…?」

「…あ、うん。僕は『掃除屋』の桜木。こっちの目つきが悪いのは同僚の夕霧だよ」

「だぁれが目つきが悪いって? どうも、夕霧だ」

「外ってのもなんですし…どうぞ……?」

「あ、お邪魔します」


依頼主しぐれに促されて中に入る。

部屋の中は必要最低限の物で染められたモノトーン調の部屋だった。

高校生にしては殺風景と言える部屋だ。趣味のものが殆ど見つからない。唯一言えるのが机に飾ってある一枚の写真と手帳だけだった。

違和感を感じて尋ねてみる。


「あの、失礼ですがご両親は? まだご健在とお聞きしていたのですが…」

「……両親あの人たちなら…帰ってきませんよ……? 今頃お互いの愛人恋人と、お楽しみ中でしょうし…俺、二人にとっては、いらないモノみたいなので」


そう答え時雨はへらりと笑う。


―――寂しくは、ないんだろうか。こんな寒い部屋に一人で居るのに…?


桜木は静かな夕霧の方を見ると、夕霧は部屋を見渡していた。

全く依頼主の事を配慮していないその行動に少し顔を顰める。


「夕霧、少しは遠慮しなよ失礼だろ」

「……お前以外の匂いがするが?」

「え?」

「は?」

「…少なくとも数日前―――俺の推測じゃ昨日の午前中か―――に、お前以外の奴がここに来ていた。恐らくお前の両親じゃないな、性交特有の甘ったりぃ匂いもしてる。それに、暴力の匂いも、な」


夕霧が突然、そう言い時雨を見た。

その目には相手を萎縮させ、見透かす色が込められていた。

その瞳に時雨も例外なく硬直して夕霧を見ている。

そんな夕霧の様子に僕は思わず溜息を吐いた。


―――『傍観者スィーズ・アイ』。


夕霧の『掃除屋』としての異名。夕霧の前ではあらゆる事が隠せない。

彼は依頼主が隠そうとする理由モノ、感じ、そして味わう。

僕の『葬儀屋アンダーテイカー』とは、途轍もなく相性がモノ。

夕霧は時雨の様子をものともせず、顎を持ち上げ時雨と目を合わせ、現象記憶を読み取る。

はっきり言って力ずくすぎるが頑なな依頼主相手には効果的だ。―――特に、『自殺』や『後片付け』を望む依頼主相手には。


―――だから夕霧と相棒ペアの仕事は好かないんだ。こうなる事が分かってるから…。


それを見ながら桜木は少し居心地が悪そうにソファに静かに座った。

目に見えて時雨の身体から抵抗するような動きが消え、力が抜けていき、最後にはだらんと項垂れた。


「……『逃げ出したい』『助けて』『ここから出して』『やめて』『怖い』『やっと助かる救われる』―――一目見た時お前の感情は目を覆いたくなる程の悲哀で覆われていた。その理由は簡単だ。…それがなんだか分かるか、桜木?」

「……虐待―――それも、性的虐待が強いかな?」

「ご名答。…ま、こんなもんだろうとは思ったがな、『自殺』を望むのはのっぴきならない状況にある奴だけだ。櫻木先代もよく嘆いてたもんだ」

「…………確かに、夕霧さんの…言う通りです……」


ぎゅっと服裾を握り俯いたまま、時雨は夕霧の言を肯定した。

そんな彼の前にすっと膝をつき、目を合わせ、言う。


「―――話して、くれますか?」

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夢沈む揺らぎのなかで 壱闇 噤 @Mikuni_Arisuin

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