/eplogue 例えば悪魔に魅入られたとして 

 

 悪魔祓いを自称する狂人たちの戦い。

 ……あれからもう一週間が経つ。

 

 母さんは無事目覚め、僕もいい加減に高校に復帰した。

 ある放課後、屋上に寝そべっていた。

 

 特にすることもないので、ぼんやりと空を眺めていたのだ。

 悪魔も神父も、エクソシストも何もかもがなかったような日常の風景。

 ただ異質な点をあげるならば、町内で大規模な失踪事件が起き、十七名もの人間が痕跡も残さず消えたこと。

 そして、丘の上にあったはずの教会が一夜にして完全な空き家になったことくらいだろう。


 現代の神隠し――今もまだ警察や関係者は調査を進めているらしいが、成果は上がっていない。

 多分、大規模な隠蔽がなされているんだと思う。

 セカイの裏側とか。秘密組織とか。悪魔祓い集団とか。そんな感じの組織が暗躍しているに違いない。


 確信はあった。

 だけど、それを証明する手段はなかった。自分はその一端に触れていたはずなのに。手がかりさえも失ったままだ。

 結局、何がなんだかわらないままに、真瀬十瑠(ぼく)は日常へと溶け込んでいった。

 

 このまま、すべてが幻だったかのように薄れていってしまうんだろうか?

 それは悲しい。

 それは嫌だった。

 

 たとえ死ぬような恐ろしい目にあったとしても――たとえば彼女が、容赦なく人を殺すほどに宗教に狂った化け物だったとしても。

 

 それでも、僕は――あの夜、綺麗に笑った彼女を忘れたくなかった。


「もう一度………会いたいな」

 

 そう呟いた時。

 屋上に一際強い風が吹いた。

 

 この秋、最後の風。

 涼やかな。寂しげな。風。

 立ち上がり、不意に見上げたフェンスの上に―――。

 

「コンニチワ」

 

 覗き込む白い顔があった。

 少女が立っていた。

 金髪の髪をなびかせて。

 碧い瞳でこちらを見つめていた。

 

 右手にはやっぱり。

 大きな―――針をもっていた。

 

 そしてソレは、

 

 ――これが、物語の始まりにしてほとんど終わり。

 

 その熱さを胸に感じながら、気付く。


 母さんには悪魔と呼ばれるモノにすがってまで果たそうした願いがあった。

 ――母さんが救おうとしていたのはこの命。療養のために田舎にまで来て、それでもなお治る見込みのなかった貧弱な僕の心臓だ。

 思い出してみれば簡単なことだった。

 母さんが教会に通うようになってから、体の調子は奇跡的なほどに回復していた。

 実際それは奇跡ではなく、悪魔の契約だったのだろう。丘の上の教会には悪魔を崇拝する人々が残っていたのだ。 

 

 ―――だから、つぶされても死なず、聖なるモノに過剰に反応する悪魔の機構(エンジン)が、この胸には埋め込まれいたのだ。

 

 実際のところ、初めから真瀬十瑠は魔女狩りの少女の抹殺対象だった。

 

「………やぁ、グレーテル。何か困ったことでもあったのかい?」

 

 針で貫かれた今も、痛みはない。

 そうなるように、彼女が気をつかってくれているからだろう。

 目の前に音もなく降り立ち、鉄針を握りしめる少女。

 その小さな肩は、小刻みに震えている。

 

 ―――泣かないで。

 キミには、笑っていて欲しいから。

 こんな世界の隅っこの一人など、さっさと忘れてしまえばいい。キミは多くの命を、これからも背負うことになるのだろうから。

 

 最後にオレは――彼女の頬へと手を伸ばし、触れた。

 

 冷たい肌の感触。

 胸から黒い血が流れ堕ちる。

 そして。


 ……。

 ……、


「…………………あのぅ、まだ、死ねないんだけど?」

 

 この体は全然、

 すでに刺されてから、二十秒が経過している。

 心臓つぶれているのに、ぜんぜん、ぴんぴんしているんだけど……。


「えーと。困りましたねぇ」


 これは彼女も予想外だったらしく、複雑な笑みを浮かべる。あちらはあちらで意表を衝かれて、困っていた。


「―――では、次の方法で」


 そうして、涙をぬぐい―――ポケットからオイルケースを取り出した。


「え? ホントに? ここでやるの」


「ハイ」


 あっさり答えるグレーテル。

 

 ―――血が抜けて冷静になってきた。

 センチメンタルモードは終了。


 いや、針は痛くなかったからいいけど。さすがに生きたまま燃やされるのは勘弁だ。熱そうだし。近所迷惑だし。

 

 ―――そして何より、もう二度とさっきのような表情をみたくなかったので。

 針がささったまま、まわれ右。

 

 ――このまま風になろう。

 彼女に追いつかれるよりも早く。

 

「風になろう!」

 

 たとえ、この身が魔に犯されたモノであろうとも。


 まぁ、一つくらい守りたいものがあってもいいと思うのだ。

 僕が背徳を貫くことが、戦い続ける彼女にとって、ほんの少しの笑い話になればいい。

 

「エーッ!?」

 

 と、背後で間の抜けた悲鳴。

 そして、追いかけてくるあの子の気配。

 

 さぁ、これで本当に最後だ。

 ―――ソレは、すぐに終わってしまう逃避行だけど。

 

 きっと今までの人生で、一番たのしい逃避になってしまうんだろうなぁ、と。

今はそんな風に思うのだ。

 

           ( 完 )

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Apical Radical Evagerical 超獣大陸 @sugoi-dekai-ikimono

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