第41話 サムライの惑星(完)
その二週間後。根来の地を雑賀軍が統治していく中、奇妙な噂が立ち始めた。
根来の一番東にある第一区の奥地で、未確認の兵が出現を始めたらしい。
杏はその真偽を確かめるために、少数の調査隊を組んでその根来第一区へとやってきた。
すると、謎の軍勢による襲撃を受けたのであった。
他の調査隊の兵達はみな殺されてしまい、杏は一人馬で草原を駆けていた。後方からの敵兵達は野獣のような叫び声を上げながら、杏を追いかけてきている。その数は数百に及ぶ。
杏は今、まともな武装すらしていない。すぐ耳元を矢がかすめていく。
そんな絶望的な状況の中、杏はふと「リオン……」と呟き、そして発信機のボタンを押した。
「はは……何をやっているのだ私は……」
そうだ。こんなものを押しても、まったく意味なんてないというのに。
リオンは遥か彼方にある故郷に帰っていってしまったのだ。そんな場所から都合よくリオンが現れるはずがない。そもそもこんな信号なんて、そんな遠くまで届く事はないのだろう。
杏が目指すのは丘の先にある崖であった。下には川が流れている。生き残る可能性は低いが、このまま追われるよりも、その崖に飛び降りてしまった方がマシだろうという判断であった。
しかしその崖まで50m程の距離まで来た時、杏の乗る馬が矢を受けてしまい転倒した。
「あぁっ」
杏もそれに巻き込まれるようにして地面を転がる。最終的に下半身が馬の下敷きになってしまった。敵はそれを好機とばかりに杏に迫ってくる。
杏はなんとかそこから脱出して立ち上がろうとする。しかし、足首に痛みが走る。なんとか立ちあがることは出来たが、これではまともに走ることは出来なさそうだ。
だが、ここで諦めてはいけない。最後の最後まで生きるよう足掻く、そう約束したのだ。
体を奮い立たせ、片足を引きずるようにして崖へと向かって進んでいく。
そしてもう少しで敵に追いつかれてしまう。杏が焦り、後方を振り向いたときだった。
チュイーンという奇妙な音と共に、大小銀色の卵を三つ並べたようなものがその崖の下から姿を現したのだった。その大きさは縦横共に10m程度だろうか。
「な、なんだ……これは……」
それを見て、杏の動きも、その後ろから迫ってくる敵兵達の動きも止まっていた。
そしてその謎の物体から『杏、伏せろ』と聞きなれた声が響いてきたのだった。
次の瞬間、ドルルルという轟音と共に、何かが謎の物体の両端から高速で連続射出された。それに伴い、敵兵達の体がハチの巣にされていく。
「これは……銃?」
それを強化したものだろうか。杏は言われた通り邪魔にならぬよう、その場に伏せた。
敵が一掃されたあと、その船は丘の上に着陸し、中からリオンが出てきたのだった。
「杏! 大丈夫か!」
ポカンとした表情の杏。リオンは杏の元に駆け寄ってくると、膝をついてその肩を抱いた。
「リ、リオン、なぜここに……お前、故郷に帰ったのではなかったのか」
すると、リオンは自身の頭を片手で押さえて、くしゃりと髪を掴むようにして苦笑いをした。
「はは……残念だけど帰れなかった。どうやら秀隆もプラズムにコアを奪われてこの惑星にたどり着いたクチだったらしい。エネルギー不足でワープ出来なかったんだ」
『しかも秀隆はあの船に、ふざけた電子トラップを張っていたのよ』
そう船からイコの声が聞こえてきた。イコはまだ船に乗っているという事らしかった。
「電子トラップ?」と杏はイコに向かって聞き返す。
『えぇ、リオンがそのコンピュータにアクセスしたら、仮想迷宮に迷い込む罠が仕掛けられていたの。それから抜け出すために、二週間もの時間が掛かってしまったというわけ』
「よく分からないが……つまり故郷に帰るのは不可能という事になってしまったのか?」
「いや……そうと決まったわけではないな。そのトラップはもう無効化した事だし、秀隆の宇宙船は手に入れたんだ。あとは必要な分のコアが手に入れば帰れるはずだ」
「そうなのか……」
「ところで一体あいつらは何者だ? 根来の兵って訳でもなさそうだけど」
「分からん。突如思ってもみない場所から奴らは湧いてきたのだ」
するとイコが『どうやら、奴らは別のコロニーからやってきたみたいね』と意見してきた。
「別のコロニー?」
『えぇ。この惑星には雑賀と根来以外にもコロニーがたくさん存在するのよ』
「なんでそんな別のコロニーからやってきた連中だということがわかるんだ?」
『今まで四千五百キロ東南にあったコアが、一時間ほど前、一瞬にしてこのコロニーに移動してきたの。もしかしたら、新たな神門が出現したのかもしれないわ』
「それは……」
「また戦が始まってしまうという事なのか……」「またコアを奪わなきゃならないのか……」
リオンと杏は、同時にため息をつく。杏はリオンの発言を聞いてリオンの顔を見た。
「えっと、リオン……それはつまり、またこの国の為に戦ってくれるという事か?」
「あぁ。まぁ、コアを集めなきゃならない……ってのもあるけど、それはまた別にして、お前達の国が落ち着くまでは帰るつもりはないよ。一度乗りかかった船だからな」
「そ、そうか……それはありがたい」
その時イコが『ふふ、なんだか随分嬉しそうね杏』と指摘してきた。
「そ、それは当たり前だろう。リオンがどれだけの戦力になると思っているのだ!」
するとその時だった、杏の目に森の奥から更に数百人規模の敵兵達が姿が入った。
大声を上げながら、リオン達に向かって走り寄ってくる。
「ま、まだあんなに敵がいたのか……。しかし! また先ほどの攻撃で!」
『もう小銃は使えないわよ』
杏の意見にイコが抑揚のない言葉を返す。
「何……? 使えないとは、まさか、弾切れというやつなのか?」
『そうね。先ほどの攻撃でほとんど使い切ってしまったわ』
「そ、それはマズイのでは……」
いくらリオンでも、あの数を同時に相手にするのは厳しいだろう。
しかしリオンは「心配すんな」とニカリと白い歯を見せてその場に立ち上がった。
「杏、そのお前が持ってる刀、火焔だよな? それ貸してくれないか」
「あ、あぁ、もちろんだ。だが……一体どうするつもりなのだ」
火焔を受け取ったリオンは、それを一振りして、敵軍に顔を向けた。
「イコ、頼む」
イコが『えぇ』と返事をした瞬間、敵の数を凌ぐほどのリオンの姿をしたホログラムが出現した。あの船から投影されているという事らしい。その姿に杏は度肝を抜かれる。
そして、リオンとホログラム達は丘を下り、敵陣に向かって駆けていった。
ついに両軍が衝突する。敵軍は攻撃の当たらないホログラム郡に完全に混乱し、その中に紛れた本物のリオン一人にズバズバと斬られ、どんどんその数を減らしていく。
杏がその戦いに目を奪われていると、後方のイコが『それにしても……』と呟き始めた。
『雑賀や根来だけじゃなく、他のコロニーから来た者達も同じような文明を持つ奴らとは。そうね、サムライの惑星……この星の名はそれでいいんじゃないかしら』
「……随分と安直な名だな」
敵の一部が分が悪いと判断したのか撤退を始めた。リオンはどうやらこの戦いを制することが出来そうだ。しかし、これでお互い上に報告がいき、さらに多くの兵同士の戦いに発展していくはずだ。これから再び戦乱の世が訪れることになるだろう。
しかし、リオンがいてくれるのならば、何とかそんな世の中でも共に走り抜けていける。
リオンの戦う背中を見ていると、杏にはそう感じられたのであった。
サムライの惑星 良月一成 @1sei44zuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます