第40話 宴 そして 別れ

 それから六城は開城され、根来の兵達は戦意を失い、根来の地へと帰っていってしまった。


 その日の夜、六城の大広間には、雑賀の家臣達がひしめいていた。


 雅が皆の前に立ち、皆に「皆の者、誠に大義であった」と呼びかける。


「我々は戦に勝利し、自由を取り戻した。犠牲になった者は多くいるが彼等の行いは報われた。全てに意味があったのじゃ。手柄を立てた者には恩賞を与え、傷ついた者の保障を行おう」


 そこで、パンと気持ちを切り替えるかのように、雅は自身の太腿を叩いた。


「さて、堅苦しい話はこれまでじゃ。この先色々と考えなくてはならぬ事、やらねばならぬ事は山ほどある。じゃが、せめて今宵くらいは勝利の宴を楽しむ事としようではないか」


 そしてその場に料理や酒が運び込まれ、宴が始まったのであった。


 豪真達は半裸になって踊り、サソリ姿の正体をバラしてしまったイコが光のイルミネーションを放ち、場を盛り上げる。


 リオンは会場の真ん中へと座らされ、飲めや食えやの、歓迎を受ける事となった。


 皆、リオンが真の守護神ではない、よく分からない場所からやってきたよく分からない存在だとは知ってしまったはず。だが、そんな事を気にしている人物はどこにもいない。リオンの命を懸けた戦いの姿勢は雑賀の人々の心を動かし、信頼を得るには十分であるようだった。


 雪丸は部屋の端で女達に囲われて、いつものようにクールに酒をちびちびと飲んでいた。




 宴会が落ち着いてきた頃、リオンはまだまともに話していない人物の姿を目で探した。


「何、杏の事が気になっているの?」


「え……あぁいや……」


 どうやらイコには、リオンの考えなんて御見通しのようだった。


「杏ならさっき、部屋を出て行ってしまったわよ」




 杏は秀隆のいた天守の最上階から、六城の街並みを見下ろしていた。大きな町だけあって、明かりは結構灯っていた。雫には再びこの取り戻した六城に立ち入ってもらいたかったものだ。


 そんな事をしんみりと考えていると後方から「そんなところにいたのか」と声を掛けられた。


 振り向くと、リオンが部屋に入ってきていた。瓦礫を乗り越えて、杏の元までやってくる。


「リオンか」


「いいのか? 姫様が席を外してしまって」


「はは、姫など他にもたくさんいる。それに私は酒が苦手なのだ」


 リオンは「そうか……」と答えながら、杏の隣に立つ。二人は町の様子に目を向けた。


「リオンとイコ、お前達には改めて礼を言わねばならぬな。この戦に勝てたのはお前達のおかげだ。感謝する」


「いや……お前や雪丸、雅、豪真、そして惣十郎……戦に参加した皆の力があったからだよ。俺達だけじゃどうにも出来なかったことは証明済みだろ? 皆で勝ち取った勝利なんだ」


「はは……それもそうだな。皆で勝ちとった勝利……か」


 その後、二人はしばらく語り合った。リオンの故郷での生活や、リオンが捕まってしまった時に杏とイコがどう動いていたかなど、話す事はたくさんあった。


 そしてふと、杏は疑問に思っていた事を口にしたのだった。


「ところで、これからお前はどうするのだ? 故郷に帰れなくなってしまったのだろう。それに加え、あの船も破壊され、その中で暮らす事は難しくなってしまったのではないか」


 リオンの横顔をふと見ると「あぁ……それな……」と少し思いつめた様子であった。地雷を踏んでしまったか。それにきっとこの国での先の生活に不安を覚えているのだろう。


「ま、まぁ、その辺りは心配しなくてもいい。今回の戦におけるお前の成果は非常に大きい。お前が望めばいくらでも領地をもらい受けることができるはずだ」


 これから先、根来の地にはそれぞれ領主を配置していかなくてはならない。その一つの区域をリオンがもらって誰も文句は言わないだろう。そして、杏がそこに嫁ぐ、なんて事も……。


 杏がそんな甘い未来予想図を頭の中に描いているときだった、


「いや……実はさ、故郷に、惑星ファニールに帰れるかもしれないんだ」


 リオンからそんな予想外の言葉が返ってきたのだった。


「え……帰れる……だと?」


「あぁ、無責任かとも思ったけど、雪丸に刀を託したのもそういう訳なんだ」


「し、しかし、それは不可能になったはずでは……一体どうやって」


 杏は混乱する。するとイコがリオンの腕から離れ、手すりの上に乗り、杏に目を向けてきた。


「秀隆は宇宙人だったでしょ。だったら、あいつが乗ってきた宇宙船がどこかにあるはずよ。それに乗れば帰れるかもしれないわ」


「なるほど……」と杏は納得してしまう。どうやらリオンが言っている事は冗談でもなく、現実的な話のようだった。


「しかし、そんなもの、どこにあるのか分かるのか?」


「えぇ。実は神門の方から、つまり根来の地の方から、それらしき反応が微かにあるの」


 杏はしばらくの沈黙のあと「そうか、帰る……のか」と虚空を見つめて言った。


 するとリオンがかぶりを振って「いや、まだ分からないよ」と答える。


「宇宙船があったとしても、まともに稼働するかは分からないからな。明日にでもそれを確かめに根来の地に向かう予定だ」


 しかも明日とは。リオンにとっては吉報のはずだというのに。素直に喜べない自分がいた。


「なんだ、ここに残ってほしかったのか?」


 リオンは杏に優しく、それでいて少しからかうような微笑みを向けてくる。どうやら完全に顔に出てしまっていたらしい。しかしそれに甘えてはいけないと杏はかぶりを振った。


「い、いや、何を言うのだ。お前はずっとそのためにこれまで何十年も頑張ってきたのだ。明日だったな。ならば私もそこまで行こう。そしてお前の事、笑顔で見送ろうと思う」




 そして次の日。杏はリオンと共に、根来の地へとやってきた。基本的には山や草原、川など、雑賀の風景とそう変わらない。そこは、イコ曰く、雑賀の地より二千キロも西の位置にあるらしい。杏にはよく分からなかったが、そのせいで時差というものがあるのだとか。


 そして、神門から五時間ほど移動し、宇宙船があると思われる外門までたどり着き、杏はリオンとその場で別れる事となってしまった。持てるだけ持ってきた食料を手渡し、リオンは門の前のパネルを操作して、門は大きな音をあげて左右に開いた。


「この惑星での生活もまぁ、振り返ってみればそれなりに楽しかったわよ」


 イコはリオンの肩の上に乗り、そう声を掛けてきた。


「そうか……それはよかった。私もお前と共にいた時間はなかなか面白かったぞ」


「杏、世話になったな。俺がここまでやってこれたのは、お前のおかげだ」


「いや……そんな事は……私だってお前には世話になった」


 リオンは外門の前で足を進めて、再び、これが最後と言わんばかりに振り向いた。


「じゃあ、宇宙船にたどり着いて何も問題なかったら、そのまま出発する事にするよ」


「そうか……。もし出発出来なかったら?」


「その場合は戻ってくるけど。まぁ三十分経って帰って来なかったら出発したと思ってくれ」


「……分かった」


「杏、この惑星でのことは一生忘れないよ。お前の事は特にな」


「あぁ……私もだ」


 踵を返し、外門の奥、エアロック内部へと進んでいくリオン。これは、隣町に行くのでも隣の国に行くのでもない。きっと金輪際の別れになってしまうのだろう。


「ま、待ってくれリオン!」


 それを確信した時、杏はその姿を呼び留めてしまった。


 リオンは「ん……? どうかしたか」と杏を振り返ってみる。


「あ、あの……い、いや……」


 呼び止めたはいいが何の考えもなかった。今更ながらしどろもどろになってしまう。


「そ、そうだ! これを!」


 そしてそう言って、懐から取り出した発信機をリオンに手渡したのだった。


「それは……」


「もう、これは持っていても仕方ないものだろう。危うく返すのを忘れるところだった」


「いや……それは俺もほとんど使う事なんてない代物だ。記念にとっておいたらどうだ」


「そ、そうか……? 分かった。そういう事なら……」


「それじゃあな」


 結局、杏はリオンをそれ以上引き留める事はしなかった。あれだけ家族に会いたがっていたリオンの重荷になるなんて事はしたくなかったのだ。無理に軽く笑顔を作って送り出した。


 外門が閉まってから、杏はいつの間にか頬を伝っていた涙を拭いた。この涙、バレてしまっていただろうか。


「三十分……だったな」


 そこから杏は近くにあった木の幹に寄りかかって待ち続けた。


 しかし、五時間経過してもリオンは戻らず、夕暮れ時を迎え、さすがに諦めて杏は雑賀へと戻っていったのだった。


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