第4話 紅茶と事件の香り
コンコンコン。コンコンコン。きつねかな?いいえ、注日です。
軽いノック音で目が覚めた。マットレスが柔らかすぎて腰が痛い。普段事務所の硬いソファで寝落ちすることの多いボクからすると、マシュマロかってくらいに柔らかい花守邸の寝台は体に合わなかったようだ。
「探偵さん、おはようございます。注日です。お目覚めですか?」
「あ、あぁ、はい。起きてる、起きてますよー……」
学生時代を思い出すようなやりとりだ。え?学生時代ってこれからでは?とか思ったやつは体育館裏にこい。
とりあえず、スマートフォンで時間を確認してから、ふらつく足どりでなんとかドアの鍵を外すと、昨日と変わらぬ笑顔の、ポンコツ家政婦こと注日桜氏の笑顔が現れた。
「おはようございます、えぇと、もうじき朝食の準備が終わりますので、昨日と同じ応接間にどうぞ」
「あ、それはどうもわざわざありがとうございます……。助手君叩き起してから行きますね、あぅ」
と、弾みで片手に握っていたスマートフォンを落としてしまった。
どん、どんと鈍い音を響かせて彼女の足元にまで転がった機械を拾おうと屈むと、注日さんはそれをボクより先に拾い上げ、素早く画面を確認した。
「………画面に傷はついてないようですね。はいどうぞ」
「あ、すみません。じゃあ、着替えてから行きます」
数分後。となりのベッドで爆睡していた助手君を叩き起し(昨夜はマジで何も無かった。UNOして寝た)着替えてから、ボクたちは応接間に向かった。
普通に迷いかけたのでそこにいた家政婦さんを捕まえ、やっとのことでたどり着くと、既にテーブルの上には湯気の立ち上るポタージュ、こんがりと焼き目のついたトースト、彩り豊かな葉物サラダに、眩いほどの光沢を放つ卵と香ばしく焼かれたベーコン、その他もろもろが並んでいた。ゴキゲンな朝食ってやつだ…!とか朝に弱いボクが個人的に胸を踊らせたのは言うまでもない。
と、いうかここまで大規模に料理の並ぶ一般家庭というのをボクは見たことがない。ホグワーツかよ。学校だぞあれ。
「おはようございます探偵さん。昨夜はよく眠れたでしょうか。これくらいしかおもてなし出来ませんが、お口に合えばどうぞお召し上がりください」
霞氏の笑顔が心に刺さる。正直ただ遊んでいただけなので、ボクたちにどうこう言う資格はないのだ。と、いうかこれ食べて普通に帰りたい。
「はー、探偵さんよぉ。何度も言うが俺も暇じゃないんでね。さっさと見つけてくれねぇと困るんだよな」
「最善を尽くしてます……。たぶん」
「あらあら嵐士、暇じゃないのにどうしてあなたのお家に帰らないのかしら?会社はどうしたのよ、今頃社員さんたちは困ってるんじゃないのかしらねぇ」
「姉貴は黙ってろよ、うるっせぇな……」
吐き捨てるように言った嵐士さんがトーストに口をつけたのを合図に、なんとも気まずい空間での食事が始まった。小さくいただきます、と呟いてベーコンをかじる。ちょっと助手君それナフキン。早く起きろ。
全員が食事を終えると、注日さんをはじめとした家政婦たちが、紅茶をついでまわった。辺りには紅茶の香りがたちこめる。
「あ、そういえば。ひとつお伺いしたいんですが」
「はい?」
「昨日来たときにちらっと見たんですが、外に随分立派なお庭があったと思うんです、後で拝見してもいいですか?」
「えぇ、どうぞご自由に。でも決してお手を触れないでくださいね」
と、言ったのはボクではなく助手君だ。彼は事務所の一角でナ〇シカの地下庭園みたいな植物菜園を造営しているのである。こいつが育てるときれいな水と空気でも毒素を出しそうなんですけどそれは。
「お母様のお庭はとっても立派ですもんね、あそこに咲いている花たちはみんな嬉しそうに見えますもの」
郁子さんが角砂糖を手渡しながらほほ笑む。角砂糖のビンを受け取りながら霞氏もまた、にっこりと笑った。
「えぇ、私の自慢の庭です。嵐士、スプーンを貸してくれるかしら?」
嵐士さんはそのまま無言でスプーンを手渡した。
「おいしい!この紅茶すごく美味しいですよ!」
「……助手君紅茶の味とかわかんの?ボクには高そうとしか思えないんだけど」
「先生はダメですねぇ、そういうとこですよ」
「うっ、ぐっ、ぐっ…………」
刹那、霞氏が立ち上がり、テーブルクロスを激しく掴み、苦悶の表情を浮かべ、額に流れる脂汗もそのままに激しく倒れた。
「なっ、母さん!?」
「お母様!?ど、どうして!!」
「霞さん!?」
「みんな、離れて!注日さんは救急車、助手君は一応警察に電話!」
「やめてください!これはうちの問題です、事件性を持たせたくないんです!」
花の館に響き渡る怒号と悲鳴、電話のベル。紅茶の香りと静寂に包まれた屋敷は、一時喧騒に占拠された。
消却探偵 妬兎 @mofuusa73
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。消却探偵の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます