第3話 鑑定と探偵って似てる

「うーん、困った。それにしても広いなこの屋敷」


 ただ静寂の残った応接間に取り残されたボク達は、途方に暮れていた。大きな天窓から差し込む日差しは西に傾いている。


「こういうお屋敷って、ゲームだとよくありますけど、実際に入ってみるとなるとなかなかに不気味ですね。BGMがないと不安になるというか、静かすぎるというか」


 とりあえず応接間を出て、廊下を歩く。そういった助手君の声すらも反響するほどの長さを誇る廊下は、神話にでも出てくるかのような迷宮に思えた。


「探偵さん、こちらです」


 すると、突然先程通り過ぎたばかりの扉が開き、霞氏が顔を覗かせた。


「おぉ、ふ、普通にびっくりした」

「驚かせてしまってすみませんね、先程はお見苦しいところをお見せしました」

「いえいえ、確かに驚きましたけど……。失礼ですがあの方達は一体どういうご関係で?」


 ボクがこう尋ねると、彼女は額にしわを寄せ、年齢にしては張りのある肌を悩ましげに撫でつつため息をついた。


「そうですね……。どこからお話しましょうか、えぇと、長男の嵐士は外資系企業の代表をしておりまして、あんな子でも海外からの評価は高いらしいのです。それで……。あの子を窘めていたのは長女の郁子です。私にはよくわかりませんが洋服のデザインをしていて、何度か大規模な個展やショーも開いたと言っていました」

「はぁ、ではあの隣にいた男性は旦那様ですか?この家のお二人に比べるとどうも気が弱そうな印象でしたが」

「えぇ。あちらは郁子の婿で隼人さんと言います。婿養子という己の立場を気にしているのかわかりませんが、控えめな人でしてね。悪い人ではないのですが、距離感の掴めない感じがどうも……」


 そういう霞氏は頭でも痛むのか、側頭部を小突いていた。彼女の部屋は、当主の部屋という割には小さくまとまっていて、無駄なもののない質素な印象を受ける。

 部屋の片隅には仏壇が置いてあり、洋風な部屋の作りに似合わない異彩を放っていた。


「あの、あちらが」

 助手君が言い切る前に、霞氏が遮った。

「えぇ、私の夫で前当主の竜胆りんどうと申します。ここはもともと夫の書斎だった部屋を、私の部屋にしたのです」


 部屋の中には、線香の匂いが立ち込めていた。彼女は竜胆氏の遺影を懐かしげに手に取ると、悲しげな目をして呟く。


「いっそ、すべて無くしてしまえば、楽なんでしょうかねぇ……」


 ボクも助手君も、何も言うことができなかった。ただ彼女の発する寂しさに、佇まいに呑まれて、囚われた渦から逃れることの出来ない運命を、目の当たりにしていた。

 すると霞氏は、ボクたちの様子に気がついたのか、はっとした表情をして、慌ててとりなすように言葉を繋いだ。


「すみません探偵さん。ですから、改めて依頼内容というのは、私の夫、竜胆の形見である『白百合の涙』を見つけて欲しいのです。どうか、よろしくお願い致します」


 深々と頭を下げる彼女に、ボクたちは礼を返すことしかできなかった。

 この屋敷の中は自由に捜索していい、とのことだが、探すにしてもどこから手をつけていいのやら、という状態だ。乗りかかった船どころか無理やり乗せられた船だけど、下船は許されないらしい。現当主の寂しげな佇まいを見せられたからには、なんとかして依頼を遂行せねば……。

 余計なプレッシャーから二人とも無言になっていた。


「そういえば、霞さん、注日さんに聞いてた像とはずいぶん印象が違っていたと思いませんか、先生」

「ん?あぁ、確かに。言われてみれば、厳しそうな人ではあったけど、人を警察に突き出すだとか、頭ごなしに怒ったりするようなタイプではなかったよなぁ。どちらかと言うと息子や娘のほうがそういうタイプに見えるというか……」

「はい、外資系企業の社長にファッションデザイナーですよ。響きからして高飛車で傲慢な雰囲気が滲み出てると思いませんか!?」

「いや探偵もどうかと思うんだけど……。まぁ否定はしない」


 なにやらウチらしくない、もの寂しい雰囲気で始まった捜索だったが、始まってしまえば酷いものだった。

 カギのかかっていない部屋を探してはとりあえず高価そうなものと引き出し、戸棚を物色。宝石を探すどころか時計、指輪、ネックレス、貴金属類が溢れていく様に目を奪われ、探偵というよりは完全に盗っ人の所業であった。

 助手君はどこから持ち出してきたのか、フリップボードに赤マーカーで、どこかで見たことのあるような鑑定団のモノマネをしてみたり、ボクはボクで虫眼鏡を使ってそれっぽく振舞ってみたりした。(無論虫眼鏡は私物である)

 気づいた時にはとっぷりと日は沈み、ボクたち2人は家政婦長らしきふくよかな体格をした女性にこっぴどく叱られていた。その隣で注日さんも叱られているあたりほんとうに申し訳ない。でも後悔はしていない。


「はぁ……。桜ちゃんが自信満々に名探偵を連れてきたっていうからどんな人なのかと思えば、こんな子どもに痩せっぽちとはねぇ」

「ぐぅ………」

「先生、僕ぐぅって素で言う人初めて見ました。先生すごいですね」

「そんなこと小声で言うんじゃないよ!いいから頭を下げとけ助手君!」

「まぁ、いいですよ。今日はもう遅いし、夜この辺りは真っ暗になりますからね。霞様がお部屋を用意したと行っていましたから、桜ちゃん。この2人を案内してあげなさい」

「は、はい!」


 気づけば完全に泊まることになっていた。

 最初からそのつもりだったのか、注日さんはなんの躊躇いもなく2階の部屋に案内した。

 2人で使おうというには些か広すぎる、巨大なベッドは大人が3人は寝られそうだった。


「あの、同じお部屋で大丈夫ですか?その、曲がりなりにも男女ですし……」

「ははは」

「おい助手君なんだよその乾いた笑いと死んだ目は。なんとか言えよおい」

「ははははは」


 このやりとりでなにがわかったのか、ポンコツ駄メイドは大丈夫そうですね!と言い残して去っていった。

 怒涛というか流され続けた一日が終わろうとしている。ボクは改めてため息を吐いて、明日以降のことを想像しようとして、がっくりと肩を落とした。



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