第2話 心には綺麗でなくてもトゲがある

 ボクたちの乗る車はだんだんと山の中へ入っていく。注日氏が示した座標を入力したカーナビは、まっすぐに道を示していた。


「ところで先生」


 運転席でハンドルを握る助手君が口を開く。助手君なのに助手席じゃないのかなんて指摘は受け付けないことにしよう。


「さっきコンビニ過ぎましたけどトイレ大丈夫でした?」

「大丈夫だよ!子供扱いするんじゃない!ボクはこれでも二十歳はたちだ!」


 ケタケタと無邪気に笑ってみせる助手君。腹立つなぁ、殴りたいこの笑顔。

 窓ガラスに軽く額を当て外を眺めると、10月初めの冷たい空気が伝わってくる。依頼のことを考えても、別のことを考えようとしても、どれにしろ頭が重かった。


「ところで探偵さん、消却探偵社って社員はお二人だけなんですか?」

「あー、じゃあそのへん説明しとこうか」


 注日氏&読者の皆様のためにこの辺で軽く説明をしておこうと思う。

 朝覚あさざめ探偵事務所、またの名を消却探偵社。今回のようなイレギュラーはともかく、本来はデータや秘密の消却を専門に扱う探偵事務所だ。

 と、こんな大口を叩いてみても実は去年発足したばかりの新米である。まぁそのへんは、いろいろあって家を飛び出したボクがなんやかんやで助手君と出会い、探偵として活動を始めるまでの物語としていずれ語られることになるだろう。こんな感じで情報を伏せておくとそのうち劇場版とかになるらしいのであえて伏せておく。

 社員は今のところボクと助手君の2人だけ。ボク、朝覚ななめは今年で二十歳はたち。なのだが、人よりちょーっとだけ体格が貧相なので中学生に間違われたりする。少しでも身長を誤魔化すために大きめの帽子を被っているのだが(世界で1番有名な顧問探偵だって鹿撃ち帽をイメージされたわけだし帽子についてはもはやチャームポイントのようなものだ)そもそも童顔なのであまり効果はない。

 助手君?助手君は助手君である。それ以上でも以下でもないボクの助手で、だいたいなんでもできるけど基本的にぶっ飛んでいるのが彼なのだ。

 と、いうかボク自身本当に彼のことをあまりよく分かっていない。正直、今までの取るに足らない依頼よりこいつのほうが段違いに謎である。

 ここまで話すと、注日氏はうんうんと頷いた。たぶんあまり興味がなかったのだろう。社交辞令ってやつだね、ヤダ大人怖い!


「そういえば先生、どうしてうちのスローガンって99.9%の消却なんですか?」

「ん?いや、洗剤とか漂白剤とかのCMってちょっと雑菌を残す描写がいるっていうだろ?この世に完全な消却なんてない、そういうことだよ」

「えっ、いや、私の疑いは消していただかないと困ります!!」

「言葉の綾ですよ……。ボクたちは依頼人のアフターケアまでできるわけではありません。消しゴムで消した文字に消し跡が残るように、消したあとはそれぞれの未来、ってことです。続きを描くも、消したままでも、お任せします」

「へぇー、僕ずっと先生が痛い人なんだと思

 ってました」

「クビになりたいのかね助手君」

「そんなことより先生、見えてきました」


 助手君に促され前を見ると、生い茂った木々に隠されるように白亜の大豪邸が、さながら囚われた姫君でも守るかのように、静かに佇んでいた。あれが……。


「あちらが花守家のお屋敷、通称『花の館』です」


 ✕ ✕ ✕

 大きな門の前に車を停め、改めて下から建物を眺めるとさらに大きさが強調される。無機質な白い壁は見るものを圧倒し、周囲との不調和が心に畏怖の念すら抱かせる。


「ん?どうしたんですか先生、髪の毛なんてくくって。くくるなら首か腹ですよ」

「いいだろ別に……。調査するなら男だと思われてた方が都合のいいこともあるんだよ、単純に邪魔だし」

「いえ、いいんですけど。おそらく先生の性別が女性だということについて読者の皆様が三度見くらいされてる頃合かと思いまして」

「う、うるさいな!叙述トリックだよ!」

「絶対違うと思います!!」


 ボクの性別はともかく、事実男性だと思われていた方が都合のいいことのほうが多いのだ。探偵という殺伐とした界隈で生きていくからには、女性軽視の目とも戦わねばならぬ。そういう意味では、ボクは探偵向きかもしれない。

 そういうわけでボクは自前のミディアムな髪の毛をくくってくだんの帽子に収納したのだった。


「探偵さん、こちらです」


 注日氏に促され門をくぐると、これまたゾウくらいなら悠々入るであろう玄関の扉が現れた。そんな扉をリモコン操作ひとつで開けてみせると、中には光り輝くといった表現がぴったりと当てはまるほど豪奢なホールが口を開けていた。人と同じ大きさのシャンデリアとか初めて見た。

 さらに奥へ促されそのまま長い廊下を歩いていき、2つほど扉をくぐったところで視界が開けた。


「お待ちしておりました探偵さん。私が花守家の当主花守霞です。あなたが『白百合の涙』を見つけてくれるそうで?」

「あっ、は、はい!」


 思わず反射的に答えてしまった。小学校の時に校長室に呼ばれたときのような気分だ、声の主は老齢の女性で、凛とした意志がはっきりと感じられる強いオーラを纏っている。

 その女性を含めて4人、花守家の食卓なのであろうこれまた巨大な白いテーブルに、間隔をあけて人物が鎮座しているのであった。

 え、なに、四天王とかなの?


「おい、そんなヒョロヒョロに何ができるってんだよ。こっちは仕事止めて来てんだぞ?生まれた時からこの館で育った俺らが、そこらじゅうひっくり返しても見つからなかったものがこんなヤツらに見つけられるわけねぇだろ」


 霞氏の左側、足を投げ出し腕を組みながら、白いスーツの男はそう言った。


「嵐士様!そのような言い方ありません!朝覚探偵に失礼ですよ!小さくたって探偵は探偵です!」

「はぁ!?ヒョロヒョロじゃなくてそこのガキが探偵かよ!ハッ、うちの家政婦も堕ちたもんだな。まともな人材ひとつ探せやしねぇ」

「やめなさい嵐士!花守家の気品を下げるような真似はよせと何度も言ってるでしょう!」

「ふん……。あれが無くなって困るのは姉貴もだろうが、今更いい子ぶってんじゃねぇよ」

「なっ、嵐士……あんたねぇ!!」

「ま、まぁまぁ郁子落ち着けって。嵐士くんも落ち着くんだよ……」


 嵐士と呼ばれた男性をなだめにかかったのは彼の姉らしい、その横は夫だろうか。いずれにせよ、血の気の多そうな家族だなぁ……。

 なんて考えていると正面に座る霞氏は小さく嘆息して口を開いた。


「探偵さん、来て頂いて早々こんな無様なものをお見せして申し訳ない。場所を移しましょう、私の部屋においでなさい」


 そう言って彼女が立ち上がると、それを合図に全員バラバラに立ち上がり、去ってしまった。


「な、なんかすごく、ある意味テンプレートな家族だよな……」

「で、ですね。流石に僕も帰りたくなってきました」

「まぁ、とりあえず話だけでも聞いてみようか……。霞氏の部屋って、どこ?」

「さぁ?」


 え、ほんとにどこ?

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