マー君 前編

 私はリンダ。この街の冒険者ギルドの窓口業務三十年のベテランダークエルフ。身体には自信がある、褐色の乙女よ。

 乙女に年齢は関係ない。いいわね?

 築三十年と、私の勤続年数と一緒の冒険者ギルドには、今日も迷える子羊がやってきた。


「リンダさん、俺と結婚してくれ!」


 カウンター前に陣取って、紅バラの花束を抱えてそんなことを口走ってくるのは、このギルドでも若手のホープ、戦士のマーカス。戦斧を持たせたら右に出る者はいない、って自分で言いふらしてる人。

 ギルド内でも、ちょっと厳つめで口数少ないけど仲間思いでいい男、との好評価。年齢も二十六歳と、男として脂がのってて一番勢いのある時期よね。

 でもね。


「ねぇ、マー君、また?」

「マーカスだ。俺はもうあの時のはハナタレ小僧じゃない」


 あらまぁ、あからさまに嫌な顔しないの。貴方がまだ駆け出しの時にうまくいかないで拗ねてたのは、まだ七年前のことじゃない。私の中では貴方はまだまだ駆け出しなの。

 ダークエルフである私にとっての七年は、アッという間なのよ?


「通算何回目だっけ?」

「七回目だ」

「んー、そんなもんか」


 マー君からの私へのプロポーズは、年一回の恒例行事。ギルド内ではこのプロポーズが成功するかの賭け事が始まってる。今回の趨勢は、成功が多そうな感じ。

 理由は簡単。マー君は昨年にこのギルドでトップクラスの仲間入りを果たしたから。名実ともにギルドの主力になったことで、今回はあたしもプロポーズを受け入れるって思ってるんでしょうね。

 優しいし、胸元から覗く鎖骨とマッシブな身体にグラッときたこともあるのは否定しない。一緒にお酒を呑んで酔っぱらい過ぎた時にも、私のアパートまで送ってくれた上に何もしないで帰った紳士だ。

 腕利きの彼にあこがれる女子も多い。でもマー君は、そんな女の子たちには目もくれず、ひたすらに私を見つめてきた。

 ほんと、私のどこがいいんだか。でもこれだけ想われれば女冥利に尽きるってヤツよね。


「どーしよっかなぁ……」


 あざとく顎に指を当てれば、真剣な眼差しのマー君は身を乗り出してくる。

 アイツが死んでからもう二十年だし。そろそろ前を向いてもいいかなーとは思ってる。正直独り身も寂しいのよね。そもそもダークエルフの数は少ないし、この街には私しかいないし。


「俺は、のようにいなくならない」


 マー君の一言でギルドは静まり返った。

 私の前で彼のことを口にするのはご法度。マー君はあえて、禁を破ったってわけ。

 

「その話をするってことは、金輪際お断りな覚悟はできてるんでしょうねぇ?」

「これを最後にする。これ以上リンダさんにまとわりつくのは、あんたの評判を下げることになるだろうし、今の俺がダメならこの先もダメだろう?」


 私が凄んでも彼の意志は固いようだ。

 冒険者になるような男は変わったヤツが多い。普通に働いて暮らしていた方が安全だし、安定してる。こんな小さな街だって、選ばなければ仕事はある。

 治安は、自警団の頑張りもあって、近隣の街の中ではそこそこ良い。冒険者を選ぶ利はあんまりない。

 なんだけどね。まったく。

 こうも一途に思われりゃ、私だってぐらつくのよね。


「ちょっと耳を貸しなさい」


 私がちょいちょいと手でカムカムすると、一瞬キョドった彼が耳を赤くしながら顔を寄せてきた。

 純情ねぇ。私にはもったいないくらい。


「私を満足させてくれたら、考えてもいいわよ?」


 耳元で囁いて、ふーっと息を吹きかけてあげると、マー君はわかりやすく顔を真っ赤にした。


「ま、満足とは!」

「決まってるじゃない。女性にそれを言わせる気?」

「わわわわわわかった!」


 紅バラの花束を握りしめたマー君が叫けんだ瞬間、おおおおお!、とざわめくギルド。

 乱れ飛ぶ酒瓶とコイン。狂喜する彼のパーティメンバー。

 ちょっと、まだ決まったわけじゃないのに気が早い。まだマー君が私の眼鏡にかなったわけじゃない。

 あ、私、眼鏡っ娘なのよね。あに、娘な歳じゃないだろうって?

 ダークエルフの中ではまだまだ若いのよ!





 夕方、ギルドの業務も終わって裏口を出れば、壁に背を預けて佇むマー君がいた。夕陽に紅く染まるマー君の横顔は、私の思い出にある幼さは微塵もなく、幾多の死線を掻い潜ってきた男を刻み込んだものだった。

 カッコいいじゃない。

 正直、そう思った。

 二十年前、気持ちを伝えることもできずに逝ってしまったあの男とはまた違った渋さを、まざまざと見せつけられていた。

 胸が高鳴るのは乙女の証。うるさい、歳のことは言うな。


「やぁマー君、お迎えご苦労」


 シュタっと右手をあげてマー君に声をかける。ちょっと顔が火照ってるけど、夕陽でわからないよね。

  

「お、おちゅかれ様」


 私を視界に入れた途端、今しがたの渋さは何処へやら。夕陽と区別できなさそうな紅い顔で、どもるマー君。

 噛んだな、今。

 可愛いねぇ。


「さて、お試しの前に呑みに行こっか」


 年上で経験豊富な私でも、素面で「抱いてくれ」とは言えない。ここはお酒の神様に力を借りるのだ。


「あああの、はい!」


 戦斧を持てば殺気で魔物を怯えさせるマー君も、カチコチで駆け出しの時みたいに固まってる。敬語

 護になってるし。そんなんじゃ試験に落ちちゃうぞ。


「自信を持ちなさいな」


 マー君の左腕に両腕を絡めちゃう。ちょっと自慢なボディをムニムニ押し付けちゃう。

 どうだーすごいだろー。


「あの、何か、当たってます」

「そりゃー当ててるからねぇ」

「あの、ちょっと、離れません?」

「離れたら帰ってこないかもよ?」


 ちょっと首を傾げて低い声を出すと、マー君の肩が驚くくらい飛び跳ねた。意地悪しすぎたかな。ゴメンね。


「はいじゃー観念しなさいな」

「ちょ、リンダさん、パワーすげーんですけど」

「ダークエルフを舐めちゃだめよー」


 私ってば、実のところ冒険者登録をしてあって、このギルドを立ち上げた当時は一端の冒険者だったんだぞー。強かったんだぞー。


「もしかして俺より強い?」

「それを試すんでしょ?」

「くっ、酒なら負けない!」

「ふふ、呑み過ぎて役立たずは勘弁してよね」


 調子の乗った私は、ぐいぐいとマー君を引きずるように、お目当ての酒場に向かった。

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