リンダ

 私はリンダ。この街の冒険者ギルドの窓口業務四十六年のベテランダークエルフ。今日も夕陽に染まる墓地に来てる。もう毎日の日課になっちゃってる感じ。黄昏ってキャラじゃないのに。はぁ。

 ゲイズ君が行方をくらませてからもう五年。紅に照らされた墓標には、マー君の後にもたくさんの名前が刻まれた。

 でも、その中にゲイズ君の名前はない。

 君が消えたからか、アムールからの追っ手も来なくなったよ。

 もう、戻ってきても、大丈夫だよ?

 君はどこで何をしてるのかな?

 別なギルドで活躍してるのかな?

 でも、君の名前は聞かないよ。死んだって話も聞かないし。どっかで元気にしてるかな? 

 しててほしいな。


 墓石はダマーッて何も言ってくれない。そりゃそうだよね。私に言われても困っちゃうよね。

 二度あることは三度ある。また私は置いていかれちゃた。まー、もう慣れたよ。

 君といられたのは短い間だったけど、楽しかったなー。って、感傷に浸ってもしょうがないっか。

 私はダークエルフのリンダおねーさん。寂しくなんてない。

 人間とは違うの、人間とは。私の目的地は遠いのさ。

 はぁ、夕陽に映える墓標がやけに目にしみるわ。


「リンダさん」


 ん?


「リンダさん!」


 ほえ、呼んだ?

 墓標から顔をあげて声のする方を見る。夕陽の中に黒い影。うーん、眩しくって誰だかわからないけど、聞き覚えのある声だ。

 ゆっくり歩いてくるけと、逆光で顔が見えないや。


「んー、だーれー?」

「貴女の杖になりたかった男です」

「杖?……ゲイズ君!?」


 その名に息が止まった。バックンと心臓がはねる。


「ゲイズ、君?」

「はい、そうです」


 夕陽の中の影は、そう言った。でも、夕陽の紅に、彼の姿が塗られてしまいそうだ。そのまま消えちゃいそうに、見えた。

 駆けだした。墓の間を縫って、彼の元に急ぐ。

 ぼーっとしてたら、どこかに消えちゃう。

 もしかしたら聞こえたのは空耳で、見ているの幻なのかも。

 私の寂しさが、願望を見せているだけなのかも。

 それでも。

 駆けださずにはいられない。


 もうちょっと。

 もうちょっとで、彼にたどり着く。

 足が絡まって草が靴を掴んでくる。

 あーっとにもう、運動不足が恨めしい!

 動け私の足! 今だけでもいいから動きなさいよ!

 今度は、掴めるかもしれないんだから! しれないんだから!

 あらん限りに思いっきり手を伸ばす。

 消えないで。お願いだから消えないで。置いていかないで。


「もう置いていかないでぇぇぇ!」


 両手を広げて〝おいで〟してる黒い影に突っ込んだ。背中に腕を回して、力いっぱい抱きつく。

 背骨を折っちゃうくらい、抱きついてやるんだコンニャロー!


「やっと、来れました」

「何が来れましただ、このオタンチン!」


 頭の上で苦笑いの気配がする。おねーさんは君のことならお見通しなんだよ。


「探し物に時間がかかってしまいまして」

「勝手に出て行って何を探したっていうのよ!」

「リンダさんと一緒に歩くための方法です」

「……私の歩く先は、遠いんだよ? ずっとずっと、遠いんだよ?」

「その道を一緒に歩くための〝杖〟を探し当てました」


 杖?

 そんなもの、持ってないじゃない!

 君の両腕は私の背中に回ってるんだよ?

 私が抱きついてる君は、ちょっと筋肉がついて引き締まった美味しそうな身体だけど、杖なんかないよ?

 どこかに隠してるっていうの?


「杖ならここに」


 背中に感じてた腕の熱がはがされた。ついでに体も剥がされた。ぶー、もっと感じていたいのに。

 ぶすっとして見上げれば、君の、紅い、瞳?

 あれ? ゲイズ君は青い瞳だったような?


「貴女と共にあるために、ちょっとになってきました」

「はぁ? 魔王!?」

「えぇ、魔王、です」


 ゲイズ君の紅い瞳が細くなった。あー、これはこれで綺麗だ。


「寿命を長らえる方法を探していたんですが、ちょうど勇者に出会いまして、魔王が長生きだと教えてもらえましてね」


 うっすらとほほ笑みながら淡々と語るゲイズ君の目から、視線をずらせない。赤い瞳に吸い込まれそうになっちゃう自分を保つだけで大変。


「で、頑張って魔王からその座を奪ってきました。ざっくりですが、あと千年は生きられそうな塩梅です」


 ニコっと笑う彼の顔は、すっごく純粋で魅力的で、やっぱりゲイズ君だった。

 見惚れてる間に、私の両手は、彼に握られてた。


「貴女が歩いていく道中に、僕という杖を、携えてもらえませんか?」


 真顔になった彼が、言った。

 えっと、赤い目に見つめられちゃって、ぼーっとして頭が回らないんだけど。


「もしかして、プロポーズ?」

「もしかしなくても、プロポーズです」


 ゲイズ君に指先をチュッとされて、背筋がゾクゾクっとした。顔がチンチンに熱いのは、夕陽でごまかせてるはず。はず!

 大丈夫、私はクールビューティなダークエルフのおねーさん。プ、プロポーズくらいで、動揺しないんだから。しないんだから!


「ま、魔王っていったら、勇者が倒しに来るんでしょ! また、私は置いていかれちゃうんだ!」

「あー、ちょこちょこ顔を見せに来ますけど、その都度ぶん殴ってます。世界とか、そんなものに興味はないって言ってるのに、結構しつこいんですよね」


 困った顔のゲイズ君も、なんだか素敵だ。

 でも、これはきっと、吊り橋効果だ。夕暮れの綺麗な空にごまかされてるんだ。そうだそうだ、きっと、そうだ!

 私がゲイズ君を好きになっちゃうなんて、ないない。彼は弟みたいなもの。


「わ、私がゲイズ君を好きになるって、ありえないよ」

「ふふ、大丈夫です。あらゆる手段を使ってでも、惚れさせますから」


 にっこり笑うゲイズ君に唇を奪われた。ひょいっとお姫様に抱かれて、その後は、うん、言わない。





 私はリンダ。この街の冒険者ギルドの窓口業務十六年のベテランダークエルフ。今日もギルドでお仕事中。そんなギルドを揺るがす、バターンと扉を開ける音。


「たっだいまー! シャナ、ただいま学校より帰還しましたー!」

「あ、リンダ、シャナちゃんが帰ってきたよー」

「おかえりーシャナちゃん。リンダおかーさんは奥で授乳中だよー」

「はーいわかったー、おねーさんありがとー!」

「そーいやさっき勇者がこなかったっけ?」

「ギルマスがぶっ飛ばして星になってたけどー」

「しつこいね、あの勇者も」

「ギルマスは温和な人なのにね」


 冒険者ギルドは今日も騒がしい。落ち着いておっぱいもあげられない。お乳がたまってパンパンで痛いんだからグビグビ飲んでほしいのに、うるさいとこの子の気が散っちゃうのよね。困ったもんだ。


「シャナー、おかーさんはここー!」


 学校から帰ってきた我が娘に居場所を教える。私ってば周りから授乳が見えないように衝立の影にいるのよね。クールビューティーとして、当然の気遣いよ。


 え、この子?

 帰ってきたのが長女のシャナでおっぱい吸ってるのが長男のリュークだけど?

 父親?

 もちゲイズ君よ?


 ゲイズ君のプロポーズ受けて結婚してからもう十年。ギルマスもクマちゃんから変わって今は旦那ゲイズ君

 魔王のままだけどね。

 時折勇者が来るんだけど、そのたんび旦那がぶっ飛ばしてる。私と子供を守るためだって、容赦ないわよ、旦那。だいたい悪さもしてないんだからそっとしといて欲しいわよ。平穏が一番。


 でもなーんかあの勇者、旦那よりもうちの可愛いシャナを狙ってるっぽいのよね。敵としてじゃなくって嫁として。

 シャナが可愛いのは事実。親ばかでなくっても、事実。将来は取り合いが起きちゃうほどの美人になるわ、絶対。うん。

 でもね、シャナはまだ七歳だよ?

 あの勇者、どんだけロリコンなのよ!

 変態に娘はやらん!

 

 あ、魔王たるゲイズ君に愛されてたんまり精を注がれた私、ダークエルフという殻を破ったらしい。

 先日、旦那の留守中に来た勇者をぶちのめせちゃった。てへ、手加減したんだけどね。

 まぁ、どうでもいーことなんだけど。


 寂しい秋の女だった私は、冬をすっ飛ばして春に突入、熱すぎて煙たがられる真夏を経験した。

 ナイスバディでクールビュ-ティなダークエルフのリンダおねーさんは〝おかーさん〟にクラスチェンジしました!

 毎日のように求めてくる旦那のために、体のラインを維持するのに苦労はしてるけど! ど!

 私リンダおかーさんは、素敵な旦那魔王様とふたりの子どもに囲まれて、将来〝おばーさん〟に更なるクラスチェンジできることを楽しみにしながら、今日も幸せに暮らしておりまーす。

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私はギルドのおねーさん 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce

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