こんにちはこんばんは、梅雨明けしてないけど夏の気温で干上がりそうな海水です。皆さま、お体はご自愛ください。
さて、墓地ダンジョンは一応書き終えてるので新作を書き始めました。
『(仮)じーちゃんの攻防が知らない森につながってるから森の魔道具修理屋さんやってます』
家の裏ドアが異世界につながってて、じいちゃんが森の賢者って呼ばれてた件、みたいな話です。孫の主人公がじーちゃんが作った魔道具を修理して異世界のあれこれを助ける話です。
墓地ダンジョンが一人称なので今回は三人称です。どっちかばかりだと腕が鈍ります。
以下本文――――
「とうとうこの工場ともお別れか」
|物部《もののべ》|構《かまえ》は見慣れた|工場《仕事場》を見つめた。人の気配はなく、機械が稼働する音もしない。死んだ工場だ。
「じーちゃんが作った工場を維持できなくてごめんね」
構は目じりにたまり始めた涙を腕でぬぐう。ぬぐってなお【物部製作所】の看板がにじんだ。
かつては従業員もたくさんいたが、輸入製品に押され、また工作機械の更新に莫大な費用が嵩み、人員を減らすしかなくなっていた。
人員を減らせば受注可能な仕事の幅も減る。仕事量に従って売り上げも減っていく。そしてまた従業員を減らした。
止まらない悪循環。その渦中で両親が交通事故で亡くなった。
構は大学卒業後に工場で働き始めたがまだ30歳になったばかり。経営経験などない。
急遽、構が跡を継いだものの悪い流れを止められるはずもなく。工場を手放す判断をした。いや、融資を受けていた銀行にそうさせられた。
「戸締りはした。あとはこの鍵を銀行に預けておしまいだ」
構は最後に工場を一回りして礼をし、車に乗って銀行へ向かった。
構は北関東に向かって車を走らせていた。運転するのは白い軽トラ。荷台には工場から引き揚げてきた工作機械や工具類が満載だ。工作機械と言ってももはや博物館に寄贈すべきレベルの、手動の工作機械ばかり。構が小学生の時に夏休みの宿題の工作で扱えるくらい簡単な仕組みの物ばかりだった。
「じーちゃんの家はどうなってるかな」
構が向かっているのは祖父の家だ。父親が亡くなり、構が相続していた。
工場をたたんだついでに、田舎にこもって便利屋でもやろう。構はそう考えていた。
工場は、銀行の融資を返却してなお1億円余った。都心にあったので土地が高かったせいもあるが、長年取引していた銀行が色を付けてくれたのだ。
「ともかく安全運転だ」
荷台をがたがた言わせた軽トラは高速を降り、関東北部のG県の山間部を走った。
「ふー、やっとついた」
都内を出てから6時間。ようやくたどり着いた。
構は腕で額の汗をぬぐった。特に汗はかいていないが、頑張ったぞと主張したかった。
目の前にあるのは古ぼけた平屋の日本家屋。屋根付き車庫が隣接している。家の周りは空き地で見通しは良い。
構は軽トラをバックで車庫に入れる。
「まずは家の具合の確認だ」
構は車を降りて玄関に向かう。玄関は昔ながらの大きなガラスの引き戸だ。採光にはよいが中も見えてしまう。山間部で隣家は30メートルほど離れている上に家の前の道路を通る車も少ない。問題はなかった。
構は鍵を開け中に入る。
「玄関の滑りは問題なし。でも後で油をさしておくかな。日ごろのメンテが大事だよね」
玄関は2畳ほどもあり、備え付けの靴入れもある。住んでいたのが祖父母だけなのに結構な大きさで、上部は物置でもあった。
ふんふんと鼻歌交じりで玄関から部屋に入る。
「変わらないな」
6畳の部屋は古びた畳の匂いがした。
祖父の家は6畳の部屋が4つ、バストイレ、台所、そして工房がある。工房が一番大きな部屋だ。
「タンスはあるからいらないな。水もガスもオッケー。冷蔵庫は小さいから買い替えだ。エアコンも総取り換えしよう。ウォシュレットは必須だ」
構は各部屋を回り、不足しているもののリストアップをしていく。修理で済むものは自分で、必要なものは買う。可能な限りQOLは上げる方針だった。
「最後は工房だ」
構はあえて工房を最後に回していた。ふふふーんと揉み手をしながら工房へ向かう。
子供のころに遊びに来たときは入れてもらえなかった祖父の聖域だ。工作が好きだった構にとってはこれ以上ない苦行であった。
工房は短い廊下の先にある。アルミ製のドアを開ければそこが工房だ。
「生活空間より広いじゃん」
床がコンクリートで固められた40畳ほどの部屋で、壁には工具や資材置きの棚がある。壁には多数の釘が打たれており、工具類を壁にかけられるようにもなっていた。祖父の工具も置きっぱなしになっている。
部屋の中心にはがっしりした作業台が置かれ、その周りにキャスター付きの丸椅子が置かれている。
工房の奥にはミニキッチンもあり、トイレにシャワー室とパーテーションで区切られた仮眠ベッドすらあった。
「ここで暮らせそうだな」
構はそうつぶやく。
実際に祖父はここで寝泊まりすることもあった。血は争えないようだ。
「使いこなれた感じがいいよなぁ」
作業台を手で触れ指で感触を楽しんでいた構だがふと大きな窓が目に入った。
「でかい窓だなって、外に出る戸もあるのか」
ちょうど南側の壁に1間(約1.8m)ほどもある大きな窓があり、その脇に木の開き戸がある。
「なんか手作りっぽい扉だな」
構は違和感を覚えたが祖父が作ったんだろうと決めつけた。そんな祖父だったのだ。
「じゃあ窓もじーちゃんが?」
構が窓に目を向けた。窓の向こうには木の柵と森が見える。構は何度も目を瞬かせた。
「家の周りに森なんてなかったよなぁ」
家の周囲は空き地だった。森などない。構が子供のころの記憶にもなかった。
「窓じゃなくて絵だったりして」
ガラスに触れたが、指に返ってくるのはひんやりとした硬い感触だ。顔の位置を変えて窓の外を見ると、景色も追従する。
「マジで森があるのか?」
構は木のドアを開けた。外は程よく硬い土が広がっており、ドアを出て左手には家庭菜園っぽい畑の跡、右手には工房の窓があり木の柵と木のウェスタンドアが見える。その先は森だ。
腰くらいの高さの柵は四角く敷地を切り取っており、柵まではおおよそ20メートル。
「ほんとに森だ」
「へぇ」とつぶやきながら構は柵へ向かう。なかったはずの森ということは、頭の中から消えていた。
柵まであと一歩という距離でがさがさと森の中で音がした。「うひぃ」と構の肩が揺れる。
「ななななんだ? なにかいるのか!?」
構の足が止まる。森と言えば熊だ。G県でも熊は出る。やばいと後ずさろうとしたとき、葉の隙間からウサギらしき顔が見えた。真っ白で長い耳で赤い目だ。一瞬目が合った後に、ウサギは葉っぱに消えた。
「なんだウサギかー。森だもん、ウサギがいてもおかしくないよな」
構はホッと胸をなでおろして柵を調べ始めた。柵の表面はざらついているが指に引っかかるささくれはない。やすりで丁寧に仕上げてある。
「普通の木っぽいなこれ。素地に見えたけど茶色のペンキで塗ってあるからじいちゃんが塗ったのかも」
構は柵に手を当てながら柵沿いを歩き始めた。柵は工房の裏手に続いていた。
「……こっちって部屋があるはず。どうなってるんだ?」
疑問に思いつつも興味が勝った構は柵に触れつつ足を止めない。工房の裏手にはごくごく小さな池があり、柵はそれすらも囲っていた。柵の向こうは森しか見えない。
「池に畑。じいちゃんが作ったのかな」
構は工房を右手に見ながら、ぐるっと一周してしまった。ドアの前まで戻ってきて工房の壁にもたれかかる
「ポツンと一軒家になってるじゃん! どゆこと? ここどこ? 少なくともじいちゃんの家じゃないよね!?」
構は頭を抱えた。
自分がおかしいのか。いやここがおかしいのだ。間違いなく祖父の家であり、工房を出た場所なはずだ。
ではなぜ森があるのか。
「いったん戻ろう」
ふらふらとドアノブを掴んだ時だった。森から音がして、白いウサギが顔を出していた。
「あのウサギ、まだいたのか」
不可思議な現象が続くの中、ウサギがいることがひどく現実的に感じられ、構はそのウサギを見つめた。
『ミュ』
ウサギはひと鳴きすると森から出てきた。白い体毛に長い耳。そこまでは普通のウサギだった。
だがこのウサギの背には体毛と同じ白い羽があった。飛ぶには小さ過ぎるものだが。
「なんで羽があるの?」
やっぱり不可思議だと構はがっかりした。そして部屋に戻ろうとドアノブを捻る。
『マッテー』
白いウサギが柵の前まで飛び出してきた。小さな体には不釣り合いな大きさの行燈を抱えている。和紙で囲まれた手持ち式の行燈だ。構の視線がその行燈の和紙に書かれた模様にくぎ付けになる。
構にはそれに見覚えがあった。手放した工場のマークである、丸の中にスパナが交差するものだった。
「それ、うちのマーク!」
構が呆然としている間に、羽のはえた白ウサギが柵にある扉を抜け、大きな足をぺたぺたさせて歩いて構の足元まで来た。膝くらいまでの大きさだが、ウサギにしては大型だ。そもそも何かを持って二足歩行する生き物ではない。
構は震える手で行燈を指す。
「それって」
『ナオチテー』
羽のはえたウサギはぐっと背伸びをして行燈を差し出した。