ゲイズ君 前篇

 私はリンダ。この街の冒険者ギルドの窓口業務十年のベテランダークエルフ。

 恋愛相談を受けてはカップルを成立させていくくせに、自分は独り身で通す、褐色美人。

 この街の住人は、私をこう呼ぶ。

 縁結び冬のおねーさん、と。

 でも実際の私はジレジレの冬にすらなれない秋の女。燃え上がるような夏なんて程遠い、干からびた女よ。

 もう恋はしないって決めたんだ。だからどう呼ばれてもイイの。気にしない。


 築四十年のボロギルド。今日もそのギルドのカウンターで受け付け業務。

 あ、ギルマスが交代したんだ。寄る年波には勝てねえって。

 今のギルマスはバリバリの武闘系。でも私は彼のおむつを替えてたから、ちっとも怖くない。

 彼がギルマスに就任するときは、大きくなったなーって感慨深いものがあった。このギルドでは、設立当初から残ってるのは私だけ。みーんな私を置いていっちゃう。

 仕方ない、私は長寿のダークエルフ。人間とは生きる物差しが違うのよね。

 

「リンダおねーさーん、タスケテー」


 新規登録担当の受付嬢が泣きそうな声で助けを求めてきた。うん、変な人でも来たのかな?


「はーい、おねーさんにお任せ―」


 テトテトと彼女の席に歩いていく。困り顔の彼女の向かいには、ぼさぼさ頭の男がいた。

 紅い髪なんだろうけど、くすんで赤錆になっちゃってる。髭もぼしょぼしょ生えててみっともない。着ているのもローブなのかぼろきれなのか判別不能な代物だ。

 どこのスラムからおいでになったのですか?と問われても文句の言えない出で立ちね。

 けどこの男。感じられる魔力が半端ない。

 ダークエルフである私はもちろん魔法が使える。この男は、そんな私と比較するのがおかしいくらいの魔力を持ってるのがわかる。

 ちょっと人間じゃおかしいレベルよ、これ。


「はいはい、私がかわりますー。今日はどのようなご用件でしょうか?」


 半開きで眠そうな目をしたこの男をじっと見つめる。もちろん営業スマイルも忘れない。


「金を稼ぎたい」


 消え入りそうな声で、彼は言った。

 まぁ、その恰好を見ればお金を持ってないのはわかるわよ。

 追い出すのは簡単だけど、この男の魔力は捨てがたい。訳ありなのは一目瞭然だけど……


「わかりました。ちょっとギルマスに相談してくるので、あちらの席でお待ち願えますか? あ、それと軽食をお持ちしますから」


 彼に指示をだし、元の受付の彼女に目配せをして私は席を立った。





 ギルドの事務所の奥にギルマスの部屋がある。ごめんねーと言いながら他の事務員さんの間をすり抜けて向かう。

 ボンキュッボンなおねーさんは、実はスリムなのだ。

 ギルマスの部屋の扉には、ギルドマスターと書かれた木彫りのプレートがかかっている。ささやかながらクマさんの絵も描かれている。

 描いたのは私だ。


「ギルマス、ちょっとお話があるんですけどー」


 厳かにノックして声をかければ「いーぞー」と返事が。失礼しまーす、と扉を開ける。

 入って正面のでかい机に頭を抱えたスキンヘッドの大男。これが今のギルマス。カルマって名前なんだけどクマみたいな風貌だから陰でクマちゃんと呼ばれてる。

 事務員はもちろん、所属する冒険者たちにも愛されてるギルマスだ。


「リンダねーちゃんが来るほどの揉め事か?」


 書類とにらめっこしたまま。彼は聞いてきた。彼にとって私は変わらない〝おねーさん〟。呼び方も、ふたりの時はリンダねーちゃんになる。


「有望株が来たんだけど」

「喜ばしいことだが、ねーちゃんが来たってことは訳ありなんだろ?」


 さすが、良くわかってる。クマちゃんもギルマスが板についてきたわね。


「浮浪者もどきの風体だけど、彼、どこかのお抱え魔法使いね」

「その裏付けは?」

「内包する魔力としゃべり方かな。朴訥そうだけど、粗雑ではないし、はっきりした発音だもの」

「メリットデメリットは?」

「メリットは結構な戦力になること。デメリットは、監視を兼ねて誰かが面倒を見る必要があるってこと」

「なるほど」


 顔をあげたギルマスと目があった。あ、これ、ダメな奴だ。


「監視と世話を兼ねることができるヤツなんて、俺、ねーちゃんしか知らねえんだけど。ねーちゃんならだろ?」


 強面の顔に似合わない人懐っこい笑みが、ずるいのよねー。





 ギルマスの部屋を出て、問題の彼が待つテーブルに向かう。ギルドにいる冒険者の視線を感じるけど、それは仕方がない。この人の風体が問題なのよ。

 私が向かう先のテーブルでは、彼が出されたスープを少しずつ飲んでいた。冒険者にはない上品な匙運びに、私は確信する。


「えっと、そのまま食べながら話を聞いてもらえますか?」


 彼の目礼を受けつつ、正面に腰かけた。礼儀も知っているようだ。イイじゃない。


「冒険者登録は可能ですが、条件がひとつあります」


 彼は匙を止め、ごくっと飲み干すと、私に顔を向けてきた。お腹に食べ物が入ったからか、頬に赤みがさしてる。髭を剃ったらなかなかの男前かも。


「どのような条件ですか」

「冒険者たるもの、身だしなみにも気を配っていただきたいので、その浮浪者じみた体と服装を何とかしていただきたいんですけど、お金がないからボロのようなローブを纏っておられるのでしょうし、当分の間、貴方のお世話を、私が致します」


 スパっと言い切った私に、彼は開いた口がふさがらない状態だ。


「こう見えても私、貴方の年齢の倍は生きていますので、ちょっとやそっとでは驚きません。体臭がスゴイことになっているので、食事が終わり次第、お湯で体の垢を洗い落としていただきます。その後にボロボロになってしまった服の代わりを購入しに行きますのでよろしくお願いいたします」


 何か言おうと手をあげる彼に口出しさせぬよう、捲し立てた。

 何日風呂に入ってないのか知らないけど、臭いのよ! レディの前なんだから綺麗にしなさい!





 食事を終えた彼を引きずるようにギルドの裏口に向かう。もちろん外に出るわけじゃない。ギルドの奥には仮眠程度だけど、宿泊できるようになってる。当然風呂もある。狭いから私は使わないけどね。

 その風呂場に彼を連れてきた。魔法を使って大きな桶に水をなみなみとためる。彼が息をのむ気配を感じたけど、スルーさせてもらう。それよりも早く彼を洗いたい。臭い。臭いのよ!


「はい、服を脱いでください」


 腕を組み、彼を睨みあげる。悔しいかな、彼の方が背が高い。

 ちょっと、どこ見てんのよ。胸じゃなくて私を見なさいよ。


「……」

「脱いで」

「ア、ハイ」


 拒否は認めないオーラを感じ取ったのか、彼はおずおずとボロになったローブを脱ぎ始めた。

 がりがりの体には骨が浮き上がってる。まともに、というか、何日か食べてないかもね。


「あの、ひとりでできま――」

「ギルマス命令なので、私が責任もってピカピカになるまで洗って差し上げます。とっとと下着まがいの布きれも脱いで!」

「……」

「返事!」

「ハ、ハイ!」


 私が見てると脱げないだろうから、顔を背けてる間に桶の水の中に火球をぶち込む。もちろん魔法。水じゃ冷たいものね。

 ほんわかと湯気が立つお湯に手を入れる。うん、ちょうどいい湯かげんね。


「さー、洗うわよ!」

「ひぇッ」


 私が振り返ると、彼は手で下半身を隠した。恥ずかしいんだろうけど、そんなんじゃ洗えない。


「こっちきて桶に浸かって! ほらさっさと動く!」


 むんずと彼の腕を掴み、桶に放り投げる。彼自身がプラプラ揺れてるのが目に入った。ふーん、魔力と一緒でなかなかのブツね。

 ザボーンと彼が桶の中に転がった。お湯が激しく飛び跳ねる。

 よし、私も脱がないとね。え、だって脱がないと濡れるじゃないさ。制服は貸与で支給品じゃないのよ。予備は一着しかないから汚したくないし。

 素早く上着とスカートを脱いで、下着姿になる。自慢の美乳とヒップラインをキープするためのピンクの矯正下着。これ、特注で高いのよ?

 綺麗なままでいるのは乙女の義務よね! 誰よ、年齢に言及してるのは!


「なななんで下着に!」


 んあ、忘れてた。彼を洗うんだった。石鹸石鹸。


「んふふ、キレイキレイにしましょうねー」


 逃げようと桶の中で慄く彼に近づく。ふふふ、なんだかゾクゾクしてきちゃった。私ってSじゃなかったはずだけど。これはこれで楽しいわね。


「覚悟なさぁい!」

「じ、自分で洗えますから! から!」

「ふははは! ここ? ここがいいの?」

「ちょ、まって、そこ!」

「愛いやつめー」

「だめぇぇぇぇ!!」


 私の中で、何かが吹っ切れた気がした。

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