ゲイズ君 中篇

 私はリンダ。この街の冒険者ギルドの窓口業務四十年のベテランダークエルフ。

 ギルマスの命令で冒険者希望の男性を丸洗いしてるとこ。洗っても洗っても汚れが落ちきらないのよね。

 泡と違った白い液体がピューって見えたけど、デキルおねーさんは気にしなーい!


「ふぅ、だいぶ綺麗になったわね!」


 全身くまなく隅々まで洗ってあげたらぴっかぴか。やせ細ってるけど、肌はまだ若い。そんなに歳くってなさそうな感じね。


「もう、大丈夫です!」

「あらあら遠慮しなくっても、いいのよ?」


 逃げ腰の彼を座らせて、背中をにゅるにゅる。掌に感じるのは骨ばっかり。痩せ過ぎてるから体力もないだろうし、魔法も使えないわね、これじゃ。冒険者登録してもすぐには動けなさそう。しばらくは私が面倒見ないとダメねー。

大丈夫、リンダおねーさんにお任せあれ。


「そうそう、まだ名前を聞いてなかったね」

「……」

「ふーん、言わないつもりなら、えい!」


 彼の股をもにょもにょしちゃう。おなかが空いて元気がないはずなのに、ここだけは元気だ。男ってやつは……

 こうしてやるー!


「そ、そこはもうダメです! 言います言います! 僕の名前はゲイズです! ゲイズ・シュタインハウゼンです!」

「すぐに言えばいーのにー。で、歳は?」

「じゅ、十九です!」

「若い……」


 あによー、私の半分すらいかないって、どーゆーことよー。


「い、言いました! だからちょっとそこは!」

「まーまー遠慮しないでさー」


 いやー、この子いじってると楽しいわ。ここまで元気なのはどばーっと発散しないと戻らないって。経験豊富なおねーさんに任せなさい。


「うりうりうりうり」

「やめ、ちょ、だめ、ほんと、に……」


 ん、ビクビクしておとなしくなった。お疲れお疲れ。

 あー、でもこの充実感はなんだろう? ベッドでの快感とは違う、ゾクゾクっと来る感触。癖になりそう……





 すっかり従順になった彼ことゲイズ君の手を引いて冒険者登録の続きをしてる。風呂での彼の叫びを聞いたのだろうか、皆がドン引きしてるのがわかる。うーむ、やりすぎたか。

 風呂に入ってる間に買ってきてもらった服を着せた。くすんだ赤錆色の髪も綺麗な赤毛に変身して、髭だらけだった顔も剃らせた。まだ目に力はないけど、なかなか色男じゃないか。掘り出し物かもしれないね。


「ゲイズ君、出身地は?」

「ハ、ハイ。アムールです」

「アムールって隣の隣の国じゃない。ずいぶん遠くから来たのね」

「……」


 黙っちゃったから脇腹をツンツンだ。途端に「ひゅぁぁ」と悲鳴が上がる。なんだか楽しい。


「魔法は使えるんでしょ?」

「……なんでそれを?」

「ひ・み・つ」


 再度脇腹ツンツン攻撃。「ほわぁぁ」と仰け反るゲイズ君。ゾクゾクしちゃう。


「つ、使えますけど、体力が尽きちゃって」

「ま、沢山食べれば元に戻るでしょ」

「お金が……」

「その辺はおねーさんに任せなさい!」


 ギルマスに世話しろって言われてるからね。食費ぐらいは経費で出るし。

 ニカっと笑いかけたのに、ゲイズ君はすっと視線を逃がした。女性の微笑みから顔をそむけるとは不届き者め。おねーさんが責任を持って教育せねば。

 ゲイズ君の顔を両手で挟んでこっちを向かせる。へー、青い綺麗な瞳だねー。


「ゲイズ君は今日から私のアパートで暮らすこと」


 ぐわっと目を開いた彼が頭をブンブン横に振るのと周囲のどよめきが同時だ。ここギルドの子たちもそうだけど、ゲイズ君なんて弟みたいなもんよ。こちとら七十年は生きてるおねーさんなんだから。


「だってゲイズ君お金ないんじゃ宿にも泊まれないよ? まだ体力もないのに、依頼もこなせないでしょ。どうやって暮らすつもり?」


 痛いとこ突いたら押し黙っちゃった。

 生きていくにはお金がいるの。かっこつけたって仕方がないのよー。


「じゃ、身体も綺麗になったし、何か食べにいこっか」


 まったく、そんなに泣きそうな目で見つめないの。





 ギルドを早退させてもらって、近くの酒場でゲイズ君と食事をしてる。空腹なんだろうけどがっつかない。いや、のかな。

 急にたくさん食べるとお腹も居たくなるし、ヘタすると下しちゃう。ゆっくり食べさせていこう。


「お腹、いっぱいです」

「それはよかった」


 彼の表情も少し穏やかになった。お腹が空いてると余裕がなくなっちゃうもんね。何か聞かれても、裏があるんじゃって勘ぐっちゃうだろうし。

 満腹になったから少しはお話してくれるかな?


「ねぇゲイズ君。君はどうしてこの街に来たの?」


 あざとく首を傾げてみた。優しいおねーさんの微笑み攻撃を見よ!


「そ、それは……」

「んー、聞いたからって君をどうこうするつもりはないの。このギルドも常に人材不足でさ。特に魔法を使える人材はねー」

「そ、そうですか」

「私のアパートで暮らすっていうのもさ、ギルドに余裕がないからなのよ。ゲイズ君みたいな魔法使いはキープしたいんだけど、宿をとってあげられるほどのお金はなくってさ」


 あはは、と乾いた笑いを差し向けるしかない。

 私は既に過去の人。冒険者に戻るつもりはさらさらない。その代わりに受け付け業務なんかでサポートするの。意外とね、やりがいと楽しさがあるのよ?


「あの、お姉さんのお名前を聞いていないのですが」

「ほ?」

「お姉さんの、名前です」


 おどおどしながらだけど、ゲイズ君が私に声をかけてきた。

 おおお、ちょっとだけど、仲良くなれたよ!

 お腹が膨れれば人は寛容になれるんだ。

 うんうん。やっぱり、食べ物は偉大だね!

 わーなんか嬉しいなー!


「私の名前はリンダ。リンダおねーさんと呼んで」


 にへーっとだらしなく顔が緩んじゃうけど、いーよね。





 一週間二週間と時がたてば口数も増えるものよね。ゲイズ君が作ってる壁も、段々薄くなってきた感じ。

 それでもゲイズ君は、自分を語ろうとはしない。まぁ、後ろめたいことがあるから、冒険者になんかなるんだろうしね。

 冒険者は、ある意味最後の受け皿だ。色々な仕事からあぶれた人が、最後に縋ることができる、安息の地。それが冒険者ギルドの隠れた側面だ。

 私だって例外じゃない。考えの違いからダークエルフの里から逃げてきて、このギルドに拾ってもらったんだ。

 ダークエルフは閉鎖的だ。里である森にこもって暮らすのを是としている。でも私は外の世界が見たかった。森だけじゃない、世界が。

 だから私は、恩返しの意味も込めて、ずーっとギルドに勤めてる。


 ここギルドは面白い。色々な過去を背負った人が私の前を歩いていく。

 時間軸が合わないから、みんな私の前から消えていっちゃうけど、そのぶん新しい人が通り過ぎていく。

 いつまでここギルドにいるかわからないけど、それまでは頼れるおねーさんとして、しっかりやっていくつもり。


 そうそう、ゲイズ君が夜中にうなされているのを、よく見かける。過去に追われてるんだろうなーって思う。

 そんな時は添い寝してぎゅっと抱きしめてあげる。ゆっくり頭を撫でてると、そのうち静かな寝息が聞こえてくる。彼も色々あったんだろうね。

 でも、ここは安全だから、心配しなくていいよ。

 落ち着いたら、おねーさんに話してくれると、嬉しいな。

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