私はギルドのおねーさん
凍った鍋敷き
エミちゃん
私はリンダ。この街の冒険者ギルドの窓口業務三十年のベテランダークエルフ。レディに年齢を聞くのはマナー違反よ。わかってるわね?
さて、今日もカウンターの裏で受付業務に勤しんでるあたしの元には、色々な相談事が
あぁ、言ったそばからそんな気配がする。
「リンダねーさん」
築三十年の、このボロ冒険者ギルドの喧騒に紛れちゃいそうな声で、私は呼ばれた。建付けの悪いカウンターの向こうには女の子。冒険者のエミだ。
綺麗な赤い髪がチャームポイントの女の子で弓が得意だって自慢してたっけ。
カウンターに手をつき、零れんばかりの涙をたたえた瞳で唇を
あー、こりゃなんかあったな?
「はいはい、エミちゃんどうしたの?」
「うぅ、えぐぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
「泣いてちゃわからないわよ?」
「えっぐ、ばだ、じっばいじぢゃっただおおおお」
「あらあら、たくさん告白の練習したのにね」
「ふぐぇぇぇぇぇ!」
この子は昨年冒険者になったばかりのひよっこで、依頼にも恋にも忙しい多感なお年頃。
同じ村から一緒に来た男の子に、ずーっと想いを寄せてて、彼にくっついてここに来ちゃったくち。
なんというか、恋は盲目を地でいってるような女の子。ほんと純粋。
問題は彼の方。煮え切らないのよね。
「よしよし、もう泣かないの。恋は諦めたら負けよ。ほかの女に彼を盗られたくないでしょ?」
「盗られだぐない、負けだぐないでず!」
「じゃあ、めげずにがんばろっか!」
「えっぐ、がんばるー」
グシっと腕で涙を浮くエミちゃんに、いーこいーこしてあげる。健気よねー。
さて、おねーさんが一肌脱いであげよう!
というわけで、街に唯一といっていいお洒落なカフェに、彼を呼び出した。オープンテラスだけど、目立っちゃうとまずいから店の奥の方のテーブルで彼を待つ。
お、来た来た。
「はーいヨシュア君」
店の中をキョロキョロしてる金髪の少年に声をかけると、クリっとした翡翠の瞳がこっちを向いた。
「あ、リンダさん」
周囲の目を気にしながら、猫背で足早に歩いてくる。
ヨシュア君は若い、顔良し、能力良しの良物件。欠けてるのは、勇気。
彼はエミちゃんの気持ちを知ってる。それも、村にいた幼いころから。
何で知ってるかって?
私、ヨシュア君に相談受けてるもの。
彼がウダウダしてるからエミちゃんをけしかけたんだけど、どうやら寸でのところで逃亡したらしいのよね。
女の子が振り絞って出した勇気を無下にするってどうなのよ?
「あーヨシュア君。まぁちょっと座りなさい」
ちょっと見据えてあげたら、彼はビクっと肩を揺らした。罪悪感は感じてるみたいね。
でーも、おねーさんは許しまへんでー。
「あの、あの」
「……座れ」
「ハイッ!」
猟犬のように着席して忠犬のように畏まり子犬のように震えてる彼。まだ猫背だ。
「背筋」
「ハィィッ!」
よし、シャキンとしたね。
さてじっくりとお話をしなくちゃね。
「呼び出した用件は、わかってると思うんだけど?」
「あの、その」
「エミちゃんの告白から逃げ出したって?」
「逃げたわけで……はい、逃げました」
責められてるからか下を向いちゃう。下を向くな私を見ろ。そうそう、よろしい。
「エミちゃんの勇気を無下にしたとか、まぁ、たっぷりこってり説教してあげたいけど」
「す、すみません」
「謝るのは私じゃない」
「……はい」
だから下を向くなと。
「ちょっと昔話を聞いてちょうだいな」
「昔話、ですか?」
「今から二十年前くらいかな。隣の席の受付嬢がさ、とある剣士にお熱になっちゃたのよ。まぁ、熱血漢でかっこよかったのは確かね」
ちょうど珈琲を持ってきた給仕の女の子にチップを渡しておく。パチッとウインクすればサムズアップが返ってきた。ノリのいい子ね。
おっと話を続けないと。
「で、ある日ね、意を決して告白するつもりだったのよ。ちょうど依頼を終えて帰ってくる日だったのね。森で発見されたオーク退治だったんだけど、彼のパーティのランクからすれば問題ない依頼だった。はずだった」
「はず、だった?」
「そう、帰ってこなかったのよ。彼だけ」
「まさか」
「その、
私の言葉に、ヨシュア君はぎゅっと唇をかんだ。冒険者なら思い当たるわよね。
「捜索中に不意打ちを喰らって、攻撃された魔法使いを庇ったらしいのよ。当たり所が悪かったか、彼、そこで倒れちゃったらしくってね。オーク自体は彼の仲間がサクッと倒しちゃったんだけど、彼はそのまま帰らぬ人になっちゃった」
「そんな……」
「まー、そのあとの彼女を慰めるのは大変だったわよ。自分も後追いで死ぬんだとか言い始めちゃってさ。ギルドが大騒ぎよ」
困った顔をして肩を落とし、軽く首をかしげて見せる。
「エミちゃんも、ヨシュア君も、明日生きている保証はないのよ?」
ヨシュア君は、下を向いてしまった。まぁこんな話を聞けば、そうなるわよね。
「ヨシュア君が踏ん切りつかないのは、まだ自分が強くないからでしょ? 強くなったら、大手を振ってエミちゃんを迎えに行けるって思ってるんでしょ」
「僕、村を出てきて冒険者になったのに、まだ全然弱くって。強くなりたいのに、なれなくって」
「そうしてるうちに、君もエミちゃんも、死んじゃうかもよ?」
ちょっと意地悪な言い方だけど、自覚して欲しいのよね。明日も生きているかは、運次第なんだから。
「いい? 生きているうちに、きちんと彼女に話をしなさい。君がどうしたいのか。君がどう思っているのか。相手が生きているんだから、できるでしょ?」
ヨシュア君は黙っちゃった。頭の中でぐるぐる考えてるんだろうね。悩め、若人よ!
いやー、おねーさんにも、若い頃があったなぁ。
あ、見かけはぴちぴちの女の子よ、私。ダークエルフは人間よりもずっと長生きなんだから。
この街には私ひとりしかダークエルフはいないから、知らないだろうけど。
「あの、行ってきます」
ぼそりとつぶやいた彼は、立ち上がってフラフラとカフェを出ていった。
ガンバレー。
「お疲れ様です、〝縁結び冬のおねーさん〟」
彼と入れ替わりにさっきの給仕の女の子がきた。珈琲のおかわりも来た。
「首尾は?」
「もう、ばっちりです。お店の前に彼女を連れてきましたよ」
「ありがと」
ニコっと笑いかければ、彼女は「あたしもお世話になりましたからねー」とはにかんで厨房へ消えていった。
そういえばそんなこともしたっけ。色々やってるから、忘れちゃった。
サービスの珈琲に手を付ける。ほろ苦さがふわっと広がっていく。私の昔の思い出みたいだ。
「生きてるうちが、華よね」
死んじゃった彼の声はもう聞こえないしね。
あー、もう二十年か。彼の墓参りもしてないなー。
生きてれば良い出会いもあるよって、
いい出会いなんてあれっきりないじゃんか。ダークエルフの無駄に長い寿命を恨んでも仕方ないけどさ。
ほんと、恋なんてするもんじゃないね。
〝縁結び冬のおねーさん〟
じれったい冬を迎えてるふたりに春を連れてくるおねーさんだから〝縁結び冬のおねーさん〟
春にくっついたカップルは夏に燃え上がる。
冬にもなれない独り身の私はずーっと秋のまま……
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