最終話 『コーヒーの苦味は心地よかった』

手を繋ぎながら歩き、懐かしく感じる校庭に足を運ぶ。


校三の秋頃、二人に降り掛かった風前の灯火。


母の死、大切な人との別れ。


最愛の人の悲劇、自信に降り掛かった悲劇。


共に歩む事によって苦楽を乗り越えた二人が 訪れたのは、あの日に送られた一通のメールの

約束を果たす為だった。


12月25日以降、ましろの体調も良くなっていき、冬休みの終わりと同時に学校に復帰することになったましろは、優人に手を引かれながら学校に行くようになっていく。


久しぶりに学校の校庭に足を運んだ二人が、最初に向かったのは、約束の柊の木の前。


しかし二人が訪れる頃には、花は全て枯れ落ちてしまい、優人の見た満開に咲き誇り、甘く仄かに香る金木犀の香りが二人を迎えてくれることはなかった。


二人は毎日寄り添いながら、残りの高校生活を共にし、ましろの病気の事を皆に報告し、理解を受け入れてもらい、あっという間に学校を卒業することになった。


卒業式


満開に咲き誇る桜の下で、来年もう一度木枯らしが吹く頃にもう一度訪れようと、約束しあれから約一年たった今日。


待ちに待った、約束の場所へゆっくりと、手を繋ぎながら、進んでいく。


卒業式、満開に咲き誇って卒業生を送り出してくれた、桜の花は姿を消して、ひっそりと来春に向けて英気をやしなっている。


見渡す限り枯れ落ちた花達の中、一際葉は生い茂り、小さく真っ白な花を咲かす木が目に入る。


『ましろ!あれだよ!』


嬉しさの余り思わず声も高ぶり、ましろの手を握る自分の手にも力が入ってしまう。


『うぅー優人痛いよ』


『わりぃ!それより早く行くぞ』


ましろが転ばない程の力で、手を引っ張り目的の場所へ足を進める。


『見てくれ!これだよ』


目の前に広がるのは当時みた景色そのままだ、

綺麗に剪定された、楕円形の形に小さく真っ白な花を守るように周囲を覆う刺のある葉。


真っ白に咲き誇り、甘く心地よい金木犀に似た

香りを漂わせる柊の花。


『綺麗だね、これが私に見せたかった花何だね』


『そうなんだよ!なんか凄くましろに似てないか?』


『えぇー私には良く分からないなー』


僕の一人よがりなのかも知れないが、当時引き込もってしまったましろに対して、どうやって

元気付けようか、悩んでいた僕は、たまたま外を眺めていたときに、見つけた柊の花を見つめ

ましろの姿を想像してしまっていた。



小さく、真っ白な花を咲かせ寒さに負けることなく鮮やかに咲き誇る姿に元気だった頃の『ましろ』の影を見て。



小さく、真っ白な花に周囲を襲いかかる用に葉の刺が囲んで要る姿に、恐怖で殻に閉じ籠ったましろの姿を想像した。


『あの時はいろいろと大変だったよな』


『優人にもいっぱい心配掛けられたけどね』


『うっ……』


『でもこの花からは凄く、落ち着く良い香りがするね』


『何だか、クリスマスの日に有った事を、思い出しちゃうよ』


『そうだな、ましろが居なくなって、まぢで焦ったからな……』


『同時は、ご迷惑お掛けしました!ははっ』


『まっ、そのお掛けでプロポーズも出来た事だし、結果オーライだぜ』


『本当はましろが元気になって、学校にこれる用になったら、ここで告白しようと思ってたんだけどな』


『へぇーあの時の誤字脱字だらけのメールはそう言う事だったのね、ふふっ』


『まぢかよ!』


『何となく分かったけどね』


『もう学校に思い残す事は無くなったな』


『そうだね』


『そうだ!久しぶりにサンセールに行かないか?』


『行きたい!行きたい!最近行ってなかったよね』


『行こうか!』


『うん』



約束を果たす為に訪れた、思いでの学校に別れを告げて、僕たちは、特に僕がお世話になった

サンセールに向けて足を進めて行く。





『そう言えば、初めてサンセールに行った日から、いろいろと始まったよな……』


『そうだっけ?もう忘れちゃった!』


『まだ、マスターにお礼を言えてなかったんだよ』


『私の知らない所で何か有ったの?』


『内緒だよ!』


あの日母の事で泣きじゃくり、ましろの事で勇気付けで貰った老紳士にはちゃんとお礼しないと、バチが当たってしまう。


『あっ!コーヒーの匂いがしてきたよ!』


『本当だ!早く行こう』


『はっ……はっ……着いたね!』


外見は綺麗だが、店内から醸し出す雰囲気は、年月を彷彿させ、香ばしく漂うコーヒーの匂いが何とも言えない、心地よさをくれる。


『チリーン』


『いらっしゃませ』


当時と全く変わらない、老紳士の心地よい低温が二人の鼓膜にゆっくりと響き渡る。


『マスターお久しぶりです』


『おやおや、お二人とも元気そうで何よりです』


『どうぞ、こちらに座って下さい』


案内された席は、以前僕が泣きじゃっくた、忘れる事のない場所だ。


でも当時と違うのは隣に大切な、ましろがいてくれること。


『ずいぶんと逞しい表情になられましたね』


にっこりとしわの多い顔に笑みを浮かべて、語り描けてくれる。


『はい!その節は大変ご迷惑お掛けしました』


『マスターが描けてくれた一言一言が僕に勇気をくれました』


『謝罪など不要ですよ、老人のお節介もたまには役にたったみたいですね』


『ねぇねぇ、何があったのか教えてよー』


ふと『ましろ』から出た言葉に、僕と老紳士はお互い目があって、同じタイミングで声をだす


『秘密!』 『秘密ですよ』


『えぇー、ケチー!』


老紳士にもう一つ、報告を忘れていた事を、思い出して僕は切り出した。



『あの!マスターにご報告があります!』


『おやおや、なんでしょう?』


『あの、僕と隣に要るましろは、結婚することになりました!』


『成るほど、それはおめでたいですね!』


『それでは、老人から一つプレゼントを差し上げましょうか』


すると、老紳士は壁に備え付けられた、食器棚から、躊躇することなく、二つのコーヒーカップを取り出すと。


『このカップはですね、今は亡き私の女房の夢だった喫茶店を開いた時に、最初に二人で使うはずだった物なんですよ』


『オープンする前日に、女房は病に倒れて

使う事が出来なかったので、戸棚に直していたのですが、良ければお二人に使って欲しいですね』


『そんな、大切な物使えないですよ』


『きっと亡くなった女房も私と立場が一緒なら同じことをするはずです』


『どうぞ、受け取って下さい』


ことっと、目の前に置かれたコーヒーカップは

端から見ても高級そうで、真っ白な表面には、

幾つ物の花の装飾が施してある。


『本当に良いのですか?』


『勿論ですよ』


『せっかくなのでコーヒーを入れますね』


すると、老紳士は何度も見てきた通り、てきぱきと、なれた手付きでコーヒーを入れてくれる


コーヒーを入れ終わると、いつもならカウンターから手が延びてきて、目の前に置かれるのだか、老紳士はカウンターから、出てきて、僕達の隣に来ると、先程貰ったコーヒーカップにコーヒーを注いでくれる。


『どうぞ、お持たせしました』


久しぶり老紳士が入れてくれた、コーヒーは

いつもより香り高く、香ばしい匂いが二人の

鼻腔に漂い、自然と手がコーヒーカップに向けて延びていく。


『いただきます』 『いただきます』


『ふぅーふぅー』 『ふぅーふぅー』


『ごくっん』   『ごくっん』


『…………。』   『…………。』


『美味しい!』  『美味しい!』


何だろう、今まで飲んだことがない位、美味しく感じるのは。


『マスターこのコーヒーはいつもと同じですか?』


『はい、いつもと同じ豆を使ってますよ』


『でも何だか、いつもより美味しく感じます』


『豆は同じですけど、今入れたのは当店のオリジナルです、以前飲まれた時は苦いと仰っていた物ですよ』


『えぇー全くの別物に感じます!』


隣を見ると、ニコニコと笑みを浮かべ、両手で大事そうにカップを持ってコーヒーを飲んでいるましろの姿が目に入る。


『ましろは苦く感じない?』


『全然!美味しいよ!』


『お二人に何が、有ったのかは存じませんが、

きっと、苦楽を乗り越えて成長したからこそ

本当のコーヒーの味を理解できて、コーヒーが織り成す苦味が心地よくなっているのですよ』


ましろと目が合い、お互い当時の事を思いだし

二人で乗り越えた記憶が甦ってきた。




『ふふっ、大変だったね』



『だな』




突然の母の急死が僕をどん底に突き落とし、大切な人を側に置くことを辞めた『僕』


優人の異変に気づき、元の元気な姿に戻って欲しくて、手を差し伸ばし続けた『私』


差し出される手を拒み、その場から逃げ出す事しか出来なかった『僕』


拒まれ落ち込んで要る時に、訪れた甘い誘惑に

負けて着いて行ってしまった『私』


拒んだ先に訪れたましろの悲劇に、死にたくなった『僕』


体験した恐怖に全てを投げ出して、殻に閉じ籠った『私』


愚かな自分を攻め泣きじゃくる『僕』に言葉を描けてくれた老紳士


絶やす事なく『私』に声をかけ続けてくれた声に元気を貰った


居なくなったましろを探して、たどり着いた

『僕』と『私』の思いでの神社


お互い引かれ合い誓いを交わしたあの日に

消えかかっていた『僕』と『私』の灯火は、苦難を乗り越えて再び明かりを灯す事が出来た。





優人の部屋の中



『ましろ実は見ていて欲しい事があるんだ』


『なに?』


僕は毎日書いていた日記長の最後のページを

ましろに見せる。


『これ実は僕の遺書何だ……』


『えっ……』


『あの日母さんが亡くなった日、僕は何も語る事もなく、メッセージ一つ残す事なく居なくなった母さんの姿を見て考えた僕は、人がいつ死ぬのか何て分からないと思って、いつ死んでも良いように遺書を書いてたんだ』


『何いってるの……』


『でも、ましろのお陰で僕は立ち直る事が出来たんだ、必ず僕が最後まで、何があろうとましろを守り続けると決めた!だからこれはもう必要ないんだ』


『だから最後一緒に見届けてくれないか?』


『うん』


僕は手にした日記長を遺書を、力いっぱい握りしめ

破いていった、何度も何度も何度も。


およそ復元可能になるまで、破り捨てた日記帳に別れを告げて改めてましろに誓った。



   『もう二度と過去は振り向かない』


  『新しい世界に向けて二人で手を取り合って』


    『幸せな未来を築いて行こう』


『生まれ変わった俺だけど、たまに弱虫な僕が出ちゃうかもしれないけど』


    『一緒に歩んでくれますか?』



       『はい!喜んで』





二人のが既に飲み干したコーヒーカップも離れまいと寄り添い合い、若い二人を見守る用にこちらを見届けていた。



   『コーヒーの苦味は心地よかった』

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木枯らしが吹く頃に 歓喜の杯 @kannkinosakazuki

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