コンプレックス・ネクロマンサー 「縁芸神社」

真風玉葉(まかぜたまは)

第1話 オーディション

 公立緑ヶ山高校の一角にある、アイドル研究部部室。

 古い校舎の古さびた部室内では、オーディションという名の入部試験が行われていた。

 アイドル研究部は、その名の通り古今東西のアイドルを研究する部活動だが、その一方で研究生と呼ばれるアイドルの卵を育成して各種イベントに出演させて、一人前のアイドルとしてデビューさせる活動も行っていた。

 今、一人の女子生徒が音楽に合わせて歌とダンスを披露している。まさに研究生として適正があるかどうかを見極められているところだ。衣装は無いので制服のままで踊っている。

 小柄な女子生徒は常に笑顔で、真夏の太陽のように燦々さんさんとした表情を輝かせていた。大げさなくらいに大きなダンスと相まって、元気さがより一層全面に押し出されている。その姿は蝶がひらひらと舞うというよりも、くまんばちの激しい羽音のようだった。

 部室の端で女子生徒を見守っているのは、アイドル研究部部長の小笠原強司おがさわらつよしと研究生の亀澤ゆか里だった。大柄な強司は意志の強そうな顔つきから、にらみつけるような厳しい目で女子生徒を見つめていている。一方の亀澤ゆか里は色白で長い黒髪が印象的だが、平凡な顔立ちで締まりが無い。花がありそうでないのが特徴である。ニックネームは亀ちゃんだ。

 残りの部員たちは、女子生徒がダンスをしている様子をビデオカメラで撮影したり、パソコンを操作してスピーカーから曲を流している。

 部室という名のステージにかかる曲は、『鼓動の記憶』というアイドルにしてはソウルフルでアダルトなナンバーだ。ダイヤモンドダストというQ県内で活動しているローカルアイドルグループの代表曲で、Q県内ではよく知られた有名曲である。

 終始笑顔のまま踊り終えると、ダンスも決めポーズで終了する。拍手が部室内に響き渡る。

和田詩奈わだしいなさんだったね。良かったよ。とても元気あふれるステージだったよ」

 部長の強司は拍手しながら、玉のような汗を光らせる詩奈をねぎらった。

「詩奈ちゃん、とてもすごかったよ。私感動しちゃった」

 亀ちゃんもまだ拍手している。

「ありがとうございます。実はあたしダイヤモンドダストの大ファンで、この曲しか踊れないんです。それでも入部は可能ですか?」

 詩奈はタオルで汗をぬぐいながら強司にたずねた。

「全然大丈夫だよ。昼休みに顧問から入部希望があると聞いて、どんな子が来るのか期待していたけど、期待以上だったよ。一曲しか踊れなくても大丈夫。これから覚えていけばいいんだから。亀ちゃんも最初は似たようなものだったから」

「そうですか。うれしいです。一生懸命練習したかいがありました。いくつか失敗しちゃったんですけど、気になる点とかありますか?」

 詩奈はニコニコしながらも詰め寄るように強司に迫った。

「そうだなあ、詩奈は元気が取り柄というのは十分に伝わってきたんだけど、この曲は大人っぽいムーディな曲だから憂いのある表情が欲しいかな。終始ニコニコだからちょっと合わないと言うか。ダンス自体も粗削りでまだまだ改善する部分はあるけど、自信たっぷりにダンスしているのが好印象かな。ただ動きが大きすぎるから、もう少し抑え気味でもいいんじゃないかと思う」

 強司が的確に指摘すると、詩奈のニコニコ笑顔が少しひきつった。

「でもでも、私は詩奈ちゃんの大きな動き好きだな。身長の低さを感じさせないダイナミックな感じが迫力あると言うか。失敗を恐れず勢いのあるダンスがカッコよかったよ」

 慌てて亀ちゃんがフォローに入る。

「いや、亀ちゃんが自信なさすぎなんだよ。亀ちゃんこそもっと大きな動きで自信たっぷりに踊ってほしいよ」

「えー、今私は関係ないじゃないですか」

 二人のやり取りに詩奈は大口を開けながら笑い転げている。

「亀ちゃんって面白い人なんですね」

 いくらニックネームとは言え、初対面の下級生から亀ちゃん呼ばわりされて、亀ちゃんは怖いもの知らずの下級生に思わず後ずさる。

「え、えーと詩奈ちゃんって一年生だよね。私これでも二年生だからね。ニックネームは亀ちゃんだけど、もう少し他に呼び名が……」

 亀ちゃんは下級生に向かって先輩風を吹かせてみた。

「あ、すみません。じゃあ亀さん」

「亀さんって、それはもっと嫌だよ」

「じゃあ、亀ちゃんさん」

「……もうそれでいいです」

 何だか馬鹿にされているような気がしてきた亀ちゃんだった。

「じゃあ、入部届ももらったし。オーディションも合格。晴れて今からアイドル研究部の研究生だ。おめでとう」

 強司は笑顔で右手を軽く挙げた。すかさず詩奈がジャンプしながらハイタッチする。

「わあ、ありがとうございます。あたし本当にダイヤモンドダストが大好きで、リーダーの荒木雪乃さんことお雪さんの大ファンなんです。ここのアイドル研究部にお雪さんが所属しているんですよね。だからアイドル研究部に入部希望出したんです」

 詩奈は嬉しそうにステップを踏んでいる。

「そうだったのか。お雪目当てで入部してくれたのはありがたいが、お雪はあまりこの部室に顔を出さないんだ」

「え、どうしてですか?」

 一瞬にして詩奈の顔色がくもる。

「じつはお雪は芸能事務所に所属していて、普段はそこの事務所の系列のスタジオで練習しているんだ。他のメンバーたちと一緒に練習しなくちゃいけないから、ここの部室じゃあ無理があるんだ」

「そうなんですか。じゃあ、会いたくても会えないですね……」

 詩奈は大きな目を伏せて悲しそうにつぶやいた。感情の起伏が激しいのか、クリっとした目が表情豊かによく動く。

「でも、今はドル研杯の練習中だろうから、もしかしたらひとりで練習しているかもしれないな」

「ドル研杯ってなんですか?」

 詩奈がすかさずたずねる。

「今度の土曜日にZ町のライブハウスで行うアイドル研究部杯のことだ。Q県内の高校には五校アイドル研究部があるんだが、そこに所属している研究生の代表がライブで競い合うんだ。エントリーした代表の研究生がそれぞれ演目を披露し、ライブ後に観客にアンケート形式で得点を入れてもらい、最高得点を得た研究生が優勝だ。定期的にやっているイベントで、前回の優勝は我が校のお雪だ。今回は亀ちゃんにエントリーしてもらおうかと思ったが……」

 強司は亀ちゃんを見つめる。亀ちゃんは驚いて背筋がピンと伸びた。

「勝ちに行きたいのでお雪に出場してもらう」

 強司が詩奈に振り向くと、亀ちゃんはガックリと肩を落とした。

「じゃあ、お雪さんが一人で練習するのであれば、この部室でもできるんですね」

 また詩奈が詰め寄るように強司に迫る。

「まあ、お雪が何て言うかは分からないけど、ここは狭いし、大きな音量で曲流せないし。かと言ってスタジオに行くと、お雪嫌がるんだよな」

「あの、私普段ここで練習してるんですけど」

 という亀ちゃんの訴えは誰にも聞こえていなかった。

「あたしお雪さんにどうしても会いたいんです」

 目を輝かせる詩奈。

「会ってどうするんだ?」

「ダイヤモンドダストに加入したいんです」

 きっぱりと言い切る詩奈の目は真剣そのものだった。

「いや、それは無理だろ。それはお雪が決めることではないし。それよりは亀ちゃんと二人組というのはどうかな? 陰と陽というデコボコな感じが良いと思うけど」

「あたしお雪さんがいいんです。お雪さんのようになりたいんです」

 強司の提案をあっさり断る詩奈。

「私じゃあダメなのかなあ。やっぱり有名人じゃないとダメなのかなあ」

 亀ちゃんは暗い声でぼそりと言った。

「亀ちゃんさんって心霊アイドルですよね。有名ですよ」

「うう、それは封印したい過去だよお……」

 過去に降霊ライブを行って話題となった亀ちゃんは、両耳を押さえてしゃがみこんでしまった。思わず苦笑する強司。

「まあ、そろそろ下校時間だから今日はこれくらいにして。そういえば詩奈は家どこだい? 学校から遠い?」

 強司は話題を変えて詩奈を振り返った。

「近いですよ。X町です」

「そうなんだ詩奈ちゃんは私の隣町になるんだね。私はY町でもっと学校に近いよ。学校の目と鼻の先だよ。だから朝ゆっくり寝ていられるんだよ」

 亀ちゃんは自慢気に言うが、全く自慢になっていない。

「X町ということは、縁芸神社えんげいじんじゃがあるな」

 強司はあごに手をやり、思い出すように言った。

「すぐ近所です。神社前駅と縁芸神社のちょうど中間に家があるんです」

「縁芸神社ってなんですか?」

 亀ちゃんがきょとんとたずねる。呆れる強司。

「亀ちゃんは知らないのか? 隣町なのに。有名なんだぞ。県外からも参拝客が来るんだ。そういえば亀ちゃんをまだ縁芸神社に連れて行ってなかったな。地元のアイドルはみんなお参りに行ってるくらい縁起のいい神社だから、一度は行っておかないと。じゃあ詩奈入部お祝いも兼ねて、みんなでお参りに行かないか。今日はもう遅いから明日にでも。部活動の特別課外活動ということで」

 かくして急きょアイドル研究部の特別課外活動が行われることとなった。

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