第4話 詩奈とお雪

 朝。亀ちゃんが登校すると、校門のところで詩奈が待ち構えていた。相変わらずニコニコと愛嬌を振りまいている。

「亀ちゃんさん。朝練しませんか?」

 詩奈が食い入るように詰め寄ってくる。亀ちゃんは耳を疑った。

「え、でももうすぐ始業時間だよ」

「それは亀ちゃんさんが始業時間ギリギリに登校するのが悪いんです。五分でも十分でもいいから練習しましょうよ」

 さらに詰め寄る詩奈。

「いや、えーと。困ったなあ。そうだよ、今度のドル研杯に出場するのはお雪ちゃんなんだから、私たちが練習したって意味ないじゃない。だから私たちがしなくちゃいけないのは、お雪ちゃんへの声援だよ」

 亀ちゃんは精一杯反論したつもりだった。

「もしもですよ。お雪さんが怪我をしたらどうします? 緑ヶ山高校の代表は亀ちゃんさんか、あたしになるんじゃないですか? それだったら補欠として練習が必要だと思います」

「いや、その、困ったなあ」

 詩奈にたたみかけられて、亀ちゃんは頭をかいて困惑してしまった。その時始業のチャイムが鳴った。

「続きはまた後でしましょう。亀ちゃんさん遅刻しますよ」

 すっと詩奈はその場を立ち去った。

「あの女子は、昨日神社に一緒に来ておった子じゃな」

 亀ちゃんの横にはアメノウズメがいる。ありがたいことに、亀ちゃんとさと子以外の人には見えていないようである。

「はい、とても元気な子なんですが、強引なところがちょっとついていけないかも……って遅刻しちゃう!」

 慌てて昇降口に駆け出す亀ちゃん。


 昼休み。詩奈が亀ちゃんの教室を訪ねてきた。

「亀ちゃんさん。お雪さんはどうすれば部室に来てもらえますか? あたし、お雪さんと一緒に練習がしたいんです。補欠としても練習を怠ってはいけないと思います」

 熱っぽくまっすぐな目で亀ちゃんを見つめる詩奈。思わず亀ちゃんは目線をそらす。

「いや、私に言われても。困ったなあ……」

 なんとか詩奈にお引き取り願いたい亀ちゃんだったが、適当にあしらうことが出来なかった。

「亀ちゃんさんの力で何とかなりませんか?」

「私にそんな力ないよ。うーん」

「部長さんに頼めばいいでしょうか?」

「あ、それいいかも。一番権限のある人だから大丈夫なんじゃないかな?」

 亀ちゃんはぽんと手を叩いた。

「じゃあ、今すぐ部長さんの教室に行ってみますね。ありがとうございます亀ちゃんさん」

 時間が惜しいのか、詩奈は駆け足で教室を飛び出していってしまった。

「何じゃ嵐のような女子じゃの。お雪とやらに来てほしいのなら、本人に直接頼めばいいのではないのか」

 アメノウズメの言葉に、再び亀ちゃんはぽんと手を叩いた。

「確かに」


 放課後。亀ちゃんが部室に顔を出すと、強司以下男子部員たちがいた。詩奈の姿は無い。

「詩奈ちゃんが来ませんでした? なんかお雪ちゃんに会いたがってるんですけど」

 強司たちは部室内の荷物を端に片付けている。

「何やっているんですか?」

「お雪が来るから、部室の片づけだよ。ちょっとでも広く使いたいから」

 パソコンが乗っていた大きな机を移動させながら、強司がこたえる。

「え、お雪ちゃん来るんですか?」

「昼休みに詩奈がやってきて、どうしてもお雪と一緒に練習がしたいっていうから、一緒にお雪のところに行って掛け合ったんだ。そうしたらお雪OKしたんだよ」

「はあ……」

 普段亀ちゃんが練習する時や、詩奈のオーディションの時は、多少部室内が散らかっていても気にしていなかったのに、お雪が来るとなると片付けを始めるとはお雪効果は大きい。

「三人同時にダンスするにはこれくらい広くしないとな」

「え、私も一緒に練習するんですか!」

 驚く亀ちゃんは思わず後ずさる。

「詩奈がそういう風に提案していたからな。もっともな意見だと思ったんだ。お雪も引き受けてたぞ」

「本気だったんだ……」

 そこへ詩奈とお雪が現れた。

「お疲れ様でーす」

 詩奈の元気な声が部室内にこだまする。小柄で元気いっぱいの詩奈。背が高く落ち着いた物腰の荒木雪乃ことお雪。凛として冷たい印象のあるお雪と、真っ赤に燃える太陽のような詩奈は、とても対照的な二人だった。少なくとも同い年には見えない。

「小笠原部長、お疲れ様です。わたくしここ最近ずっとスタジオで練習してましたが、和田詩奈さんに説得されて、部室で練習することにしました。アイドル研究部杯とは、本来高校同士の競い合いです。緑ヶ山高校アイドル研究部の代表として出場するのですから、ここで練習するのが本来の姿ですね。他校の代表者に対してフェアではなかった気がいたします」

 お雪はしおらしく強司に陳謝するかのように頭を下げた。普段の亀ちゃんに対する強気の姿勢とは大違いだ。

 お雪を選抜する時点でフェアではないだろう、と思っている亀ちゃんだが、それは言わないようにしていた。

「まあまあ、お雪さん堅苦しいことは抜きにして。みんなで一緒に練習しましょうよ」

 お雪と強司の間に詩奈が割って入ってニコニコとした笑顔を見せた。

「実はあたし、お雪さんのことを知ったのは最近なんです。たまたま、友人がダイヤモンドダストのCDを貸してくれて、曲を聞いて感動しちゃって。それで友人と一緒にライブ見に行ったらすごく感動したんです。お雪さんがとてもキラキラしていて、スターってこういうのを言うんだ、って直感で感じたんです。しかもあたしと同い年と知ってショックを受けて。いつか一緒のステージ立ちたいってその時誓ったんです。そうしたら同じ高校に通っているって知って、もういてもたってもいられなくなって……」

「それでアイドル研究部に入部したんだな」

「そうなんです」

「憧れの対象から、今や同じ部に所属する仲間だな。ここからの頑張りしだいではお雪を追い越せるかもな」

 強司は冗談めかしながら言ったが、一瞬詩奈の目に燃えるものがあった。

「あのお雪という女子。見覚えがあると思ったら、以前神社に来たことがあるな。見込みがあるから気合いを入れてやるつもりで叩いてやった覚えがある。冷たいが秘めた炎を感じる、いい目をしておる。それに対して詩奈とやらは朝から執拗しつような奴じゃ。しかも何かけがれの気配がするのう」

 アメノウズメが亀ちゃんにささやきかける。亀ちゃんは強司たちのやり取りを見ながら、アメノウズメの言葉を聞き流す。

「それじゃあ曲をかけてくれ。わかってると思うが『鼓動の記憶』だぞ。亀ちゃんもボーっとしてないで準備準備」

「え? あ、あー。ちょっと待ってください」

 いきなり名前を呼ばれて亀ちゃんはびっくりしてつんのめってしまった。

 と同時に曲が流れ出し、お雪と詩奈がダンスを始める。

 しなやかでキレのあるお雪のダンスは、動きにメリハリがあり、止めるところはピタリと止まる。水の流れのように時にゆるやかに、時に激しく打ち付けるように舞い踊る。冷たくも情熱的な目が見るものをくぎ付けにする。この目がお雪の最大の魅力だった。

 一方の詩奈は、とにかく元気いっぱいに、体全体を使ってちぎれんばかりに踊り狂う。メリハリはなく、ひたすら奔流のように流れ続けるのみだった。大きな目がさらに大きくなり、集中度の高さを物語っている。

 そして、遅れてダンスを始めた亀ちゃんは、全体的に動きが緩慢である。明らかに自信なさげに踊っているし、リズムの取り方が少し遅れている。だが、遅れながらもリズム自体は正確で、この微妙なズレが良くも悪くも味となっている。

 曲が終わり、部室内はダンスフロアから解き放たれて、あがる息づかいが空間を支配する。すかさず強司が拍手する。

「すばらしい。我が研究生たちによるコラボができるなんて夢みたいだよ。ちゃんと撮影できたか?」

 強司が振り返るとビデオカメラを操作する部員が大きくうなずく。

「どうでした? あたしのダンス。上手にできましたか? お雪さんと比べてどうでしたか?」

 いの一番に強司に駆け寄る詩奈。上気した顔と、うわずった声が強司に詰め寄る。その後ろで静かに汗を拭くお雪が詩奈を見つめている。亀ちゃんは息があがってその場に座り込んでいる。

「元気いっぱいのステージだったな。ただ、オーディションの時にも言ったが、この『鼓動の記憶』の曲調に詩奈のダンスが合っていないんだ。もっと明るくて元気な曲だったら、詩奈の魅力が生きると思うんだが。お雪と比較かあ、タイプがまるっきり違うからな。比較できないな。そんなこと聞いてどうするんだ」

「あたし、ダイヤモンドダストに加入したいんです。そしてお雪さんと一緒のステージに立ちたいんです。ねえ、お雪さん加入したいんです。どうしたらいいですか」

「わたくしに聞かれても困ります。もしどうしても加入したいのであれば、事務所のオーディションを受けて、同じ事務所の所属になった方が近道だと思います。まさかわたくしのコネを使って加入しようなどと思ってませんよね」

 ピシリとお雪が念を押した。急に厳しくなるところもお雪の魅力のひとつだった。

「違います。ただお雪さんと一緒に活動したいだけなんです。そしていつかお雪さんを超えてみたいんです」

「その意気込みはいいと思うぞ俺は。だが、まだまだお雪の足元にも及ばないな。二日後のドル研杯はお雪出場は変わりなし。今のダンス見て改めてお雪のすごさがわかったよ。ゾッとするくらいカッコイイ。まあでも詩奈の出場機会も今後あるかもしれないから、練習は日ごろからやっておくこと。じゃあ、もう少し練習しようか」

 まだ座り込んだままの亀ちゃんは「えー」と声をあげた。


 下校時間間際。部室内の掃除をしながら、詩奈が突然声をあげた。

「お雪さん、今から縁芸神社に行きませんか?」

「今からですか? もうわたくし帰りますわよ」

 窓の外は夕闇に染まり始めていた。

「でもお雪さんって神社前駅から電車で帰るんですよね。あたしも同じ方向です。それなら神社まですぐ近くじゃないですか。ちょっと足をのばすだけでいいですから」

「どうしてそれを知っているのですの?」

「それくらい知っていますよ。隣町のZ町にある芸能事務所オフィスヴァレーに所属していて、併設されたスタジオで練習しているんですよね。これも神社からそんなに遠くないですよね。そもそもこの緑ヶ山高校に入学したのも、オフィスヴァレーから近いからという理由ですよね」

 次々に詩奈口から発せられる言葉に、お雪は大きく口を開けた。

「確かにおっしゃる通りですけど、なぜそんなこと知っているのですか。誰から教わったか知りませんが、何だか怖いですわね」

「あたしお雪さんのことなら何でも知っていますよ。色々と調べましたから。お雪さんは去年縁芸神社でアメノウズメ命に叩かれたんですよね。ドル研杯に向けて縁起担ぎにもう一度叩かれに行きませんか」

 詩奈の熱っぽい誘いを見かねた強司が声をかける。

「おいおい、神社はゲームをする所じゃないぞ。さあ、今日はもう終わり。お雪はあさってのドル研杯に向けてあまり無理しないようにな」

 解散となったアイドル研究部だったが、校門前に来てもまだお雪を神社に誘う詩奈だった。いずれにしても下校の道は同じなので一緒に帰るのだが。

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