第5話 負傷
翌日の放課後はあっという間に訪れた。
アイドル研究部の部室に、松葉杖姿のお雪が現れた。お雪は
「お雪、どうしたんだ。その姿。怪我をしたのか」
強司が立ち上がって大きな地声を張り上げた。
「ええ、昨日縁芸神社で」
「行ったのか、本当に。もう暗くなっていただろう」
「詩奈さんがあまりにしつこく誘うものですから。駅からちょっとのところだから、お参りだけしてすぐに帰ろうと思ったのですが。石段のところでまた叩かれて、その弾みで石段から落ちたんです」
「落ちた!」
強司と亀ちゃんは同時に叫んだ。あの急な石段から落ちたらただではすまないだろうことは想像にかたくない。現に松葉杖をついている。
「わたくし合気道をやっておりますから、とっさに受け身を取ったのですが、足を痛めてしまって」
右の足首には白い包帯が巻かれている。靴は履けるようである。
「神社の近くには事務所がありますから、谷社長に電話して来てもらって車で病院に行きました。軽い打撲と、足首の
お雪は暗い声で報告した。無念で仕方ないといった様子だ。
「いや、出場できないのはいいんだが、本当に大丈夫なのか。学校休まなくてもいいのか。無理して部室に報告しに来なくても、電話でもよかったんだぞ」
痛々しい姿のお雪を気遣うように強司は言った。
「それにしても。去年お参りに行った時も叩かれて、昨日も叩かれるとは、よほど縁芸神社の神様に気に入られているんだな」
「いい迷惑ですけどね。去年も叩かれた弾みで、松の木に思い切り頭をぶつけましたから。亀澤さんも叩かれたそうですが、あなたも今後あの神社に行く際は気をつけた方がよろしいと思います」
お雪は自嘲しながら忠告した。
「あんな石段から落ちたら死んじゃうよ」
そして亀ちゃんは横に鎮座するアメノウズメにこそっとささやく。
「またお雪ちゃんを叩いたの? 石段から落としたら危ないよ」
「何のことじゃ? わらわはその女子のことなど打擲せぬぞ。大体今わらわはおぬしの体に憑りついておるから、神社には不在じゃ。それに石段の上から突き落とすなどと、そのようなむごいことはせぬ」
そこへ勢いよく詩奈が姿を現した。
「遅くなりました。お雪さん大丈夫ですか? 昨日石段から落ちて、事務所の社長さんと病院に行ったまではわかってるんですが、その後どうなりましたか?」
詩奈は部室に入ってくると、松葉杖のお雪を見て驚きの表情に変わった。
「今その話をしていたところだ。足首の捻挫で治るまでしばらく休養だそうだ」
「そうなんですか。何だかあたしが誘ったせいでこんなことになるなんて、本当に申し訳ありません。なんとお詫びをしていいか……」
「事故です。わたくしの不注意もありました。あの程度の石段で捻挫をするわたくしが悪いのです」
お雪は悔しそうにこぼした。
「あの程度、という石段ではない気がするが。まあ、事故なら仕方がないよ。これ以上ああだこうだ言っても仕方ない。本当に。さて問題は明日のドル研杯をどうするかだな……」
強司はあごに手をやり考えるような仕草をした。
「棄権してもいいんだが、ここは亀ちゃんか、それとも詩奈かどちらかに代役を務めてもらうか。昨日詩奈が言っていた通り、補欠として練習する意味があったわけだ」
すると亀ちゃんは緊張した面持ちになり、詩奈はパッと表情が明るくなった。
「あたし出場したいです。お雪さんの代わりを務めたいです」
詩奈は強司に食い入るように詰め寄った。
「まあまあ、気持ちは分かるが。ここはステージ経験を積んでいる亀ちゃんを代役として出場させようと思う」
「えー」
亀ちゃんは悲鳴を上げた。
「なんだそんなにうれしいのか」
「違いますよ。私で大丈夫なんですか?」
「なんだ出たくないのか?」
「いえそうじゃないですけど。詩奈ちゃんが出たがってるし。えー、でも、うーん。まあいいです。私出場します」
亀ちゃんはあきらめたような顔をした。素直に喜んでいるとはいいがたい。その一方で落胆の色を隠せないのは詩奈だ。暗い顔をして明らかに落ち込んでいる。
「今回は亀ちゃんにゆずってくれ。まだ詩奈は部に入ったばかりの新人だ。その内、ライブに出場する機会もあるから、その時に元気な姿を見せればいいじゃないか。だから今回は亀ちゃんの応援をしてやってくれ」
詩奈を気遣う強司だが、詩奈は下を向いたままだった。
「それで亀澤さんの演目はどうするのですか?」
お雪が話題を変えた。急に呼ばれて驚く亀ちゃん。
「えーと、昨日せっかく練習したんだから、お雪ちゃんの曲『鼓動の記憶』を中心にやります」
「セットリストは全部お雪の曲で三曲の予定を組んでるんだが」
強司はセットリストの紙を取り出した。
「一応できます。日ごろ練習しているので、お雪さんの曲ならほとんど」
「そうかそれならこっちとしても助かるよ。色々と準備があるから。で、本番はもう明日だけど心の準備はいいかい?」
明日、と言われてドキリとする亀ちゃん。調子はずれな返事をしてしまう。
「今日はみっちり練習するからな、覚悟しておけよ」
「えー、わ、わかりました」
「亀ちゃんさん、もしも怪我をしてもあたしが控えてますから大丈夫ですよ。思い切り練習してください」
「え? は、はあ……」
急に元気を取り戻した詩奈の励ましに、ヒヤリとさせられるものを感じた亀ちゃんだった。
「さて、面白くなってきたのう。どれわらわも久しぶりに舞ってみようぞ」
「え?」
それまで静かにしていたアメノウズメがすっくと立ちあがると、かんざしを取り髪をほどいた。長い髪がはらりと下がる。
曲のイントロが流れると、亀ちゃんとアメノウズメは一緒になって踊る。周囲の部員達にはアメノウズメの姿は見えていなかったが、亀ちゃんの背後に何か尋常ならざる者の姿が見え隠れしているのを感じていた。
「これは……。今日の亀ちゃん、なんかすごいぞ。神がかっているというか。今まで見たことがないくらい素晴らしいダンスだ。昨日はこんなことなかったのに。家で自主練習してきたのか?」
踊り終えた亀ちゃんに感嘆の賞賛を送る強司。
「いえ、なにもしてないです。ウズメさんが……いえ何でもないです」
「ところで亀ちゃん。それはいいけど、制服が乱れてるぞ。そんなに激しく踊っていたわけでもないのに」
「え? え?」
亀ちゃんのシャツのボタンはところどころ外れており、おへそが見え隠れしていた。慌てて後ろを向いて着衣の乱れを直す亀ちゃん。
「すまんの。ついくせが出てしもうた」
アメノウズメの謝罪の言葉に、亀ちゃんが振り向くと、装束の前をはだけて肌を露出する神の姿があった。
「わらわは神々の前で裸で踊る芸を持ち合わせておって、客前で舞うとつい肌をさらけ出してしまうのじゃ」
「だからって私まで……」
亀ちゃんは顔を真っ赤にした。
「亀ちゃん。ダンスに関しては完璧だから、明日はいいライブにしようぜ」
強司が励ましの言葉を贈る。
「今の亀澤さんならできると思います」
珍しくお雪が亀ちゃんをほめる。
「わらわがついておるから心配はいらぬぞ。舞なら任せておくがよい」
アメノウズメは自慢げに言う。
三者三様の言葉にプレッシャーを感じずにおれない亀ちゃんだった。特にアメノウズメの言葉が怖かった。
その様子をじっとにらみつける詩奈の姿があったが、誰も気が付いていなかった。
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