旧・第34話 ゴッドイーター
※この話は第34話『ジョーズ・プリズン』の2021年7月31日以前の版です。
映画パロディタイトルに揃えられるきっかけができたので変更いたしました。
大筋の内容に変更などはありません。アーカイブとしてここに保存します。
「目を覚ますがいい、サメよ」
厳かな声が響く。そこは、名状しがたき空間であった。陸地にも見えるし、海中にも見える。大地にも見えるし、天空にも見える。どこまでも続く広い原野のようにも見えるし、横になることもできないほど狭い部屋にも見える。ありとあらゆる縮尺が意味をなさないその空間に、一匹のサメがいた。
その頭上から、光に包まれた人影が姿を現した。威厳に満ち溢れた老人だった。もし、ここに人間がいれば、その老人から放たれる力を感じ取り、たちどころにひれ伏しただろう。それが神であっても同じだ。彼は創造神。数多の異世界を造り上げ、世界を守護する神たちを生み出した、異世界群の生みの親である。
「どうやら、無事に転生できたようだな」
創造神が口を開いた。さほど大きくない声であるにも関わらず、この空間全体に響き渡るほどの力を持っていた。
「お主を転生させたのは他でもない、この世界に天罰を与えるためだ」
サメと創造神の足元に、世界が広がった。大海原の中心に、島が1つあるだけの世界だ。
「この世界、異邦島エリュテイアは女神マイアと女神ケイトに委ねていたが……奴らには失望した。マイアがケイトを封印し、無数の魚を海に放って人間を甘やかしている。それを止めるために、封印されたケイトを転生させたが、こちらも務めを果たさずに、魔王なる者に肩入れしている。
どちらも、世界を司る女神としての役割を果たしていない。よって、この私から天罰を与えることにした」
創造神の顔は無表情であるが、無言の怒りの圧が放たれていた。
「サメよ、誇りに思うがいい。あらゆる世界を見渡しても、その凶暴さ、獰猛さは類を見ない。お主こそ我が天罰の具現に相応しい。
お主には我が力の一部を与えた。その力を持って、エリュテイアの2人の女神を屠り、人間たちに神とは何か思い知らせるのだ」
その言葉に答えるように、サメが跳んだ。サメはその顎を大きく広げて、創造神に襲いかかった。
「な――」
永きに渡り、世界の運営を下位神たちに任せていた創造神は、肝心なことを忘れていた。神を敬うのは知性のある生命体だけだ。動物、ましてやサメが神の言葉を聞くわけがない。
創造神はその力でサメを止めようとした。だがサメに宿った創造神の力が、創造神自身の神通力を一瞬阻んだ。その一瞬が致命的だった。創造神は、頭からサメに食われた。
創造神を食らったサメは、悠々と下の世界へと降りていく。空を飛ぶことになるが、今のサメに不可能はない。神を食らったことにより、創造神の力はすべてサメのものになったからだ。もっとも、知性のないサメが神の力を使ってすることは、泳ぐことと食べることだけなのだが。
――
サメは死んでいる。肌には生気がなく、瞳孔は開ききっている。腹の傷は深いのに、そこからは一滴も血が流れ出ていない。そして、傷口から見える肉は腐っている。どう見ても、サメは死んでいるとしか言いようがない。
だが、サメは動いている。ヒレを動かし、軍船を体当たりで沈め、泳ぐ人々を食い千切り、飲み込んでいる。動く死体、矛盾した表現であるが、そうとしか言いようがない。
己の常識を覆したサメを目の当たりにして、スコスは震えていた。
「死んでるって、どういうことだよ!?」
フカノが問いかけるが、スコスには答えようがなかった。
「わからん……アレは一体なんなんだ!?」
「サメだよ!」
「あれが……サメ……!」
サメが水面から飛んだ。空を飛んでいたハーピーがサメに食われて羽根を散らした。その時、スコスたちは思わぬものを見た。
サメの腹から、女の上半身が生えている。
「腹から人が……本当に化物か!?」
「マイアッ!?」
ただ1人、フカノだけは彼女の名前を叫び、海に向かって飛び込んだ。周りのリザードマンはあっけにとられていて、フカノを止めようとする気も起きなかった。
――
海が赤く染まっていた。何十、何百という人がサメに食われて死んでいる。その海の中をフカノは必死に泳いでいた。血の匂いで狂乱する理性を必死に押さえつけながら、フカノはサメに向かって泳ぐ。
やがて、前方の水中にサメの姿が見えた。その腹の中から、マイアが顔を覗かせている。間違いない。遠目から見る限りでは、ほとんど傷を追っていないように見えた。
フカノは知る由もないが、マイアがサメに噛まれず丸呑みにされていた。飛んできたサメの勢いが早すぎて、噛み砕く間もなく胃袋に収まってしまったのだ。フカノの腕が千切れたのは、ちょうどそこにサメの歯が当たったからだ。そして、丸呑みにされたマイアは、フカノが銛で切り裂いた場所からそのまま出てきたのだ。
フカノはサメに後ろから追いつきはみ出たマイアの手を引っ張った。マイアの体はサメから引き抜かれた。
「マイア! しっかりしろ、マイア!」
体を揺さぶるが、マイアは目を覚まさない。仕方なく、フカノはマイアを抱え、サメから泳いで離れた。
しばらく泳ぐと、クトニオスの船が見えた。
「おい、クトニオス! 手を貸せ!」
「フカノ! め、女神様!? 食われたんじゃ……」
「無事だったんだよ!」
マイアの体を船上に引き上げる。そこでようやく、マイアは目を覚ました。
「あれ、私……?」
「起きたか。すまない、マイア。手を治してくれ」
フカノは食い千切られた腕を差し出す。マイアはそれを見て目を丸くしたが、すぐに事態を理解すると、カレイを生み出してフカノの腕に貼り付け始めた。
その間に、フカノはケイトに質問する。
「なあ、ケイト。この世界にはゾンビを作る魔法っていうのはあるのか?」
「ゾンビ? 何、それは?」
「あー、動く死体だ」
「……死霊魔術ね。理論上はあるけど、成功させた人間はいないわ。必要な魔力が莫大だもの」
「だよなあ……」
「ただ」
ケイトは緊張した面持ちで言葉を続ける。
「例外があるわ。創造神の力であれば、死体を動かすことも可能よ」
「そんな馬鹿な」
クトニオスに背負われたヴィヴィオが呻いた。
「創造神様がなぜそんな事を。あのお方は、世界の管理をあなた方女神に任せたのではなかったのか?」
「私だってわからないわよ。でも……さっき、サメから感じた魔力は、間違いなく創造神様のものだった」
「なあ、その創造神の力ってのは、凄いのか?」
2人の表情は深刻そのものだが、フカノにはその理由がわからない。創造神という言葉は前に少しだけ耳にしたことがあったが、具体的に何をした神なのか知らないからだ。
「凄いなんてものじゃないわ。全知全能よ。思った通りに、どんなことでもできる。この世界を造ったのだって創造神よ」
「その力を……サメが持ってるのか」
全知全能のサメ。わけのわからない言葉だが、そういうことらしい。確かに、本物の神様の力なら、自分が死んでも自分の体を動かし続けることも可能だろう。それどころが、島を作ったり、海を作ったり、正真正銘自由自在に物事を進められるはずだ。
「いや、待てよ」
フカノは1つ、思い当たることがあった。
「全知全能だったら、どうしてあのサメはビームを吐かないんだ?」
「は?」
その場にいた誰もが、フカノの腕の治療するためにマグロを生み出していたマイアまでもが、首を傾げた。
「だって全知全能なんだろ? だったらゾンビになったり、土や空を泳ぐだけじゃなくて、ビームを吐いたり、ミサイルを撃ったり、巨大化したり、小型化したり、タコの足を生やしたり、SNSを使ったり、悪霊になったり、電撃を出したり、人に乗り移ったり、サメ人間になったり、掃除機になったり、竜巻に乗ったり、燃えたり、宇宙に行ったり、原子力エネルギーを取り込んだり、世界中をワープしたり、タイムトラベルしたりできるんじゃないのか? どうしてB級映画みたいにならないんだ?」
「自由すぎるわよ! そんなこと思いつくわけないでしょ!」
「でも全部B級映画であるぞ」
「うそ……なんなの、B級映画こわい……」
ケイトが途方に暮れる一方、フカノは答えを得ていた。いくら全知全能といえども、思いつかないことを実行することはできない。ならば、全知全能の力を持ったといえども、その発想の源がサメである以上は、泳ぐことと食べることしか思いつかないのだ。そしてもう1つ、気付いたことがある。
「マイア」
「はい?」
「あのサメは、元の世界で俺と一緒に死んだサメなんだよな?」
「ええ、そうですけど……」
「だったら、いける」
全知全能なら、思いついたことができてしまう。もし、自分が死ぬと思いついてしまったのなら、その力で自死に追い込まれてしまうはずだ。普通の神様なら死んだ経験がないから思いつかないだろうが、フカノとあのサメは、1度死んだことがあった。
「もう1度、あのサメを吹っ飛ばす」
サメ転生 劉度 @ryudo
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