近接 4

 「ペットボトルの……ロケット?」


 「いえ、……ちゃんとした、ちゃんとしたロケットです」


 凪月が探しているのは、ちゃんとしたロケット。それを探して白月山に登った。


 意味が分からない。


 そもそもちゃんとしたロケットってなんだ。ロケットは、ばかでっかくてお金がかかって発射と同時に轟音ごうおんと爆風をあたりにまき散らしながら真っすぐ宇宙の方向へ飛んでいく。つまりは、凪月はそれを探している。


 ぜんぶ、おかしい。


 そもそも、探す、ってのはおかしい。このあたりにロケットを飛ばす施設なんて聞いたこともないし隠してても音で分かる。それにニュースにだってなるだろう。


 それなのに、凪月はロケットを探している。白月山の頂上から。

 

 何を言えばいいのか分からなかった。何を言えるのかさえ分からなかった。


 現実が揺れていた。




 足音がした。




 瑛太と凪月が驚いて、後ろを見る。凪月の住んでいるという町の方から誰かが歩いてきてる。どうして、とつぶやいた凪月の声と足音だけが聞こえる。


 女の人だった。


 多分、瑛太と同じぐらいの背丈せたけ。膝上のスカートに肩の出た服でヒールを履いている。凪月と同じで、とてもそんな服装で白月山に登ろうとは思えない。髪は肩にかかるくらいで、少しだけ笑みを浮かべている。


 瑛太と凪月が座っているベンチの近くまで来て凪月を見下ろしている。


 突然、凪月が立ち上がって、ベンチを挟んで女の顔を見つめる。そして、


 「どこ!!」


 甲高かんだかい声だった。凪月の声だった。


 「ワンピースのすそ、前の方」


 女の声は凪月よりもちょっとだけ低くて、それでも優しい声だった。


 怒りにきたんじゃなかったのか。

 

 横で凪月は腰を下ろして、ワンピースのすその前で何かを探している。ようやく何かを見つけた凪月はそれを手の平に乗せ、それを見つめる。凪月も瑛太も女もそれを見つめている。闇夜で瑛太の目にはそれをしっかりとは捉えられなかったが、それは、鉛筆の折れたしんぐらいの大きさだった。

 

 突然、凪月が手のひらを返し、鉛筆の芯みたいなのは地面に向かって落下していった。


 「あ、あっ!!」


 突然、女がすっとんきょうな声を上げて、鉛筆の芯みたいなのを拾おうと手を伸ばしたが間に合わず、それは地面に飲まれていった。


 「ちょっと、凪月ちゃん、いくらなんでも、それは、……、もう、ひどいよー」


 泣きそうな声を出した女は、腰をかがめて鉛筆の芯らしきものが落ちたところを探してきょろきょろしている。身をかがめた女の胸元はわずかに服との間に隙間が出来てなかなかのふくらみが見えて、それに目を取られている自分に気づいた瑛太は顔ごと目をらした。その女を今度は凪月がベンチ越しに見下ろしてる。

 

 やがて、それが見つからないと諦めた女は、大きなため息と報告書の枚数がまた増えた、などと言いながら立ち上がった。そして、瑛太の方に顔を向けて、


 「えーっと、君が、高杉瑛太君だよね?」


 「な、―」


 どうして、知っているんだ。


 その言葉を聞いた凪月は隣でまたしても怒ったような顔で、何かを言いたげに詰め寄ろうとしたが、それを女が目線だけで押し戻した。女の顔は笑顔だったが笑顔を浮かべていることに瑛太も不気味な雰囲気を感じ、同じく凪月はそれに押され、少し立下りうつむく。女は瑛太に視線を戻して、


 「さて、と、高杉瑛太君。もう、遅いし、幸雄ゆきおさんと柊子しゅうこさんも心配してるんじゃないかな?」


 瑛太の両親の名前だった。


 何もかもが薄気味悪く感じた。


 女は凪月に視線を向けて、それに気づいた凪月が小さくゆっくりとうなづいて、ベンチを回るようにして、女のそばに立った。


「そうだ、そのラムネ、飲まないなら、こっちで処分するけど、どうしよっか?」


 女の声はどこまでも陽気だった。


「……、いえ、……、飲みます」


 なんとか声を絞り出した。


「そっか、それじゃあ、おやすみ、――、またね」


女はそう言って僅かに手を振って凪月の住むという町の方へと歩いて行った。


「……おやすみなさい」


凪月もそう言って、女の後を追いかけていった。


瑛太は二人が斜面を降りて消えていくのをを、ぼんやりと見ていた。


二人が頂上からいなくなった。


登ってはいけない白月山の頂上には、まだ半分以上も残ったラムネを片手に瑛太だけが立ちつくしている。




夏祭りの明かりはいつの間にか、消えていた。 


夜は深くなり、冷たい風が吹いている。


すずしい夏だった。


  

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すずしい夏、あつい夏 秋山洋一 @NatuMizu

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