プリンスとスパイ 6


 「殿下? 泣いておられるので?」

スパイが尋ねた。


「ああ、そうだよ」

プリンスは、濡れて青みの増した目を上げた。

「僕は、ここの……ロドリーゴが死ぬ場面を読むと、いつも、泣けてくるんだ。まったく、なんという偉大な人物を、イスパニアの国は失ってしまったことだろう……」


「王子がアホな恋をしたばかりにね」

「アホな恋? 王妃との恋のこと? それは、悪い臣下が、誤った情報を、王の耳に入れただけなんだ。それなのに、どんどんどんどん、カルロスは窮地に追い込まれていった。ロドリーゴだって、王は、本当は、殺したくなんかなかったんだ……」


 プリンスは本の一節を読み上げた。


とうとう死んでしもうたか。おれが身も世もなく愛した男であったのに。……あれは己の初恋人であったのじゃ……



「なるほど。なるほどね……」

「違うぞ。王は、彼を、自分の子どものように思っていた、と言っているんだ」

「いや、真実は、父と息子の相剋、ロドリーゴ・ボーサを挟んで、フェリペ二世とカルロス王子の三角関係でしょう」

「挟まれていたのは、王妃の筈だが?」

「だって、王妃は不倫はしないって、殿下が言ったんですよ?」


 スパイの言うことなど、プリンスは聞いていなかった。


「ああ、僕も、ボーサ侯のような友がほしい!」

 自分の胸を抱くようにして、叫んだ。熱い吐息を吐き出す。

「ロドリーゴのように、大きく、寛容で、清廉潔白な、腹心の友が。僕は、その友に、己の全てを預ける。彼もきっと、僕に、自分を捧げてくれるに違いないからだ。そして僕たちは……」


 はっと、プリンスは口を閉ざした。


 静かにスパイが後を続けた。

「欧州の、世界の頂点に、立つことができる」



 プリンスは、スパイを見た。

 スパイも、プリンスを見返す。

 暫くの間、二人は無言で、お互いの目の中を覗き込んでいた。



 やがて、プリンスが宣した。

「僕は、父の過ちは引き継がない。僕は、己の欲に負け、平和を踏みにじったりはしない。僕は、民の幸せを、真っ先に考える。王は、民の下僕なのだ」


「あなたに、真の友を」

祈るようにスパイは言った。

おずおずと、自分の右手を差し出した。








*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


うーーー、最後の一行、蛇足だつたか??? 凄く迷いました。歴史小説としては、アウトです。身分が違い過ぎるから。

でも、いいですよね! ビーエ……じゃなくて、ブロマンスですもん! 友情ですもん!



改めまして、

お読み頂き、ありがとうございました。このお話は、「ブロマンス」というお題で書いたものです。



本文中のプリンスについて詳しく知りたい方は、現在「カクヨム」さんで連載中の私の小説、「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」を、どうか。こちらは、史実に即して書かれています。



なお、本文中の引用は、

シルレル作『ドン・カルロス』(佐藤通次訳、岩波文庫)

から頂きました。


冒頭でプリンスが引用している句ですが、岩波文庫版には見当たりませんでした。シルレル(シラー)が改稿していく過程で、抜け落ちてしまったと思われます。

プリンスがこの詩句を口ずさんでいるのを聞いたのは、家庭教師でした。

「すらりとした長身、美貌の孤独な青年が一人この詩を口ずさむ時、何か危機迫る悲壮な雰囲気が漂っていたと先生は回想して」(塚本哲也『マリー・ルイーゼ』)いたそうです。



「ドン・カルロス」は、本当に、萌え萌えのBL……じゃなくて、ステキなブロマンスです。もっともっと広がってほしいです。

このお話だけでは、カルロス王子の魅力を、十分に伝えきれていない気がします。そこで、彼とロドリーゴの友情に焦点を当て、書き直してみました。小説の形では、ただの二次創作になってしまいそうだったので、チャットノベルという形を選択しました。


「NOVEL DAYS」というサイトで、公開中です。アイコンや画像でめいっぱいデコれて、楽しかったです。

https://novel.daysneo.com/works/45113c295485015f5618a52056601a59.html

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『ドン・カルロス』異聞 せりもも @serimomo

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