『電脳コイル』でヤサコの母親が言った台詞。だったと思う。
デジタルネイティブの僕は「メガネあそびはもうおしまい」と諭すこの母親の台詞が許せなかった。デンスケには触れられないがあいつはやっぱり本物だ。
メンガーのスポンジはそういう気持ちを救ってくれる象徴になるだろうか。あるいは2次元と3次元の壁を壊す技術になりうるだろうか。
僕はどうしても、メンガーのスポンジのことを考えると絶望的な気分になる。
2次元と3次元の間には無限の隔たりがあるように思えてくるのだ。
メンガーのスポンジは自己相似形の、穴の空いたスポンジだ。
メンガーのスポンジは立方体の形を取るために自らを三次元だと主張する。しかしそこに開いた無限の穴はその体積を限りなく0に近づけており、スポンジの穴はスポンジが2次元だと言いはる。
メンガーのスポンジはその無限の穴によって2次元でもなく3次元でもない。しかし逆に言えば、その無限の穴のせいで2次元になることも3次元になることもできない。
こうして考えるとメンガーのスポンジそれ自体が、2次元と3次元の間の無限の隔たりの象徴のように思えてくるのだ。
彼にもそのように見えたのだろうか。そうでないことを願うばかりだ。
遠い昔、平安時代では一夫多妻制だったのが、時代が進むにつれて一夫一妻制となり、「浮気」や「不倫」という言葉が生まれてきました。
時代の変化とともに人々の恋愛観や結婚観も変わってきているのだと思います。
技術革新の激しい昨今、近い未来には「二股」の意味合いが今の時代の考えとは違ってくるかもしれません。
そう感じた作品でした。
どこまでを二股とするのか?
その答えは時代によって変わってくるのです。
もしも、2.73次元の恋が許されるなら、それは二股なのでしょうか……。
近い将来、本当にありそうなリアリティある設定と、主人公と2人の女性のストーリーに切なさを感じました。
とても面白かったです!
タイトルにあるメンガーのスポンジ。
それが本作のすべてであります。
難しい説明は頭の隅にでもおいやって、物語に集中してください。
最後にはきっと理解できますから。
男には結婚を決めた女性がいます。そして彼女以外にも想い人がいます。
現実世界でも少なからずこうした男女の関係はあります。
しかし本作の「彼」は関係をきちんと精算したうえで、結婚することを心に決めているのです。それだけでも数多ある男女のいざこざを考えたら、大したものです。
そして「彼」は、想い人との最後のクリスマスイブを過ごします。
これから先、もう交わることのない彼女と共に――。
序盤に難しい文章が続きますが、理解などしなくていいのです。
ただ感じてください。
この切ない物語を。