31話 「夏帆の弱点」
夏帆と一緒に行う実習はただ実験をしてそのデータを取ってそれをもとにレポートして提出すればいいというわけではない。
実習にも以前俺が苦戦したようなデッサンとか特殊なことをしたり、実験とかとかは無縁で講義の時のようにただその実習範囲の内容の演習授業をすることだってある。
そんな多彩なバリエーションのある実習内容だからこそ、人によってあれはやりやすいこれは嫌だとか当然得意不得意とかが現れてくるのだが・・・。
「け、健斗君……」
「お? どうかしたか?」
いつものように実験を一緒に行い、実験操作の過程の中にある加熱時間の待機時間中に夏帆が歯切れの悪い感じで俺に声をかけてきた。
「来週、この実習の分野で討論会があることさっき説明していたじゃないですか」
「うん、そうだな」
「その……。私って人の前でしゃべるってことが本当に苦手で……。健斗君はどうなのかなって」
「あー、別にそんなに苦じゃないな。そういうことに関しては」
「そうなんですか??」
討論会、またはプレゼンテーション。これはどの大学どの学部に行っても付きまとうものではないだろうか。
多かれ少なかれ複数人の人間に見られながら自分のまとめた情報や考察を話すということに対して苦手意識を持つ者は非常に多いだろう。
自分の言葉で多くの人間に情報や考えを伝えるということは思った以上に難しい。資料の通り読み上げるのでは全く意味がないし、自分なりの言葉で伝えても相手に理解してもらえないとこれもまた意味がない。
ダンスや歌、あるいは笑わせるなどと言った楽しませるエンターテインメントとは全くベクトルが違う癖に多くの人の前でやらないといけないのが非常に厄介だからこそみんなが敬遠しがち。
一人ですべてやらないといけないならどうしようもないが、複数人のグループでやることになるとまず発表者をだれにするかの押し付け合いが始まって大体じゃんけんで空気の悪い中決めるってのは珍しいことじゃない。
今回、今の実習の範囲の最終日に各班それぞれ教員から割り当てられた課題をまとめて調べて考察し、資料を作って発表しないといけないことになっている。
「だって、この教室にいるのがたかが教員と生徒合わせても100人にもならないし大丈夫。夏帆が発表は避けたいなーっていうなら俺がやるよ」
「いいんですか……?」
「もちろん、今まで分からないことは夏帆に教えてもらって実験のやりにくいところや雑用は俺がやるって感じでそれぞれ自分がやれるとこを担当するって感じで来ただろ? 今回もそれで行こう。二人で調べた内容の正誤とか資料の見やすさとかちぇくするのは夏帆にお願いして後は俺がスライドの内容に合わせながらかみ砕いて発表する。よし!これでいこう」
「か、簡単に言いますけどかみ砕いて話すって結構難しいですよね……?」
「確かに慣れてないと難しいかもしれない……でも俺そういうことに慣れてるから……」
思い出したくもないし、くそみたいな中学校生活の中でもわずかだがプラスになっていることもないわけではない。それが今回の発表などの口頭説明の仕方である。
中学校では国語でのスピーチや社会科の中で現代における問題に対する討論会、後よく分からない科目でのよく分からない発表、部活での総体壮行会で部長が休んだからその代わりに全校生徒の前で抱負を語るなどなど……。
控えめに言って他の学校より5倍くらいは人前で発表とかしなきゃいけない環境下だからだったせいか、大学に入ってからこういう場面で発表者に押し付けられたりしても難なく乗り越えるどころか、一番よく発表出来ていたとか言われることもぼちぼちある。
数少ない俺がたくさんの大事なものを失った中で追うラスとして残ったというか、得たものであり、それなりに自分の自信にしているのは事実である。
それで困っている夏帆を助けられるのなら使わないという手はない。
「……健斗君にはいつもそういう目をして居て欲しいなぁ」
「ん?」
「いえ、健斗君がやってくれると言ってくれたのですっごく今安心しています。よかったらどうやって話せば伝わりやすいかとか教えてください。私もいつもこうして健斗君に助けてもらえるわけじゃないし、どうしても自分で話さないといけない時が来ると思うので」
「ん、了解。俺が夏帆に教えるのか……。いつもと逆の立場だな。でも、いつも俺に教えてくれる時夏帆の説明分かりやすいからその要領で話せばいいんじゃないのか?」
「いや、なんだかんだ言って健斗君って理解すごく早いですよ。私が一年や二年の時発表した時見てた人ほとんどが分かってない顔してました……」
「それ聞いているほうに問題があるんじゃないのか……?」
「いや、教員の人にも言われたんです。声もそんなに大きくないし、言葉がとぎれとぎれだったり急に話が飛んだりして本当に分かりにくいって……」
そうちょっと落ち込んだ様子で夏帆が言う。大学の教授って言い方が悪いが、めちゃくちゃ喧嘩腰で言い方がきつい人ばかり。俺みたいになにくそって感じになるタイプならへっちゃらだけど夏帆みたいに根っからの穏やかで優しい子にとってはなかなかきついし、それがずっと尾を引くことも珍しくない。たまにあまりにもきつく言いすぎて泣かす教授も平気でいるから怖い。
教授から言わせれば、学校外で話すときに恥をかかないために言ってやっているぐらいなのだろうが、その前に潰れたら意味ないだろって言いたい。パワハラに近いと思う。
「まだ加熱時間かかるみたいだし、よかったら簡単に教えようか? その要点を持ってどう実践するかはまた見せるとして」
「うん」
「じゃあ、例えば……」
俺は持ってきていたレポート用紙を一枚とって、適当にパワーポイントのような図を書いて説明する。
「大事なのは資料に書いていることをそのまま読まない事。ほとんどの人がそのまま読んだりして終わっちゃうけど、それなら資料適当に読めやでいいから」
「そうですよね……。でもどう言ったら目の前にある資料より分かりやすい説明が出来るのか……」
「パワーポイントとか大学生が数日で作る資料なんて箇条書きで要点と事実しか書いてないから自分の口で軽く説明できる程度の付け足しができるだけで全然違う。~だからここに書いてあるようになりましてとか、ここに書いている内容から見なさんがご存知の通り~~という事実や結果になりますとかいうだけで構わない。で、その前振りの説明が頭から飛びそうならメモしておけばいいし」
「なるほど……」
「後、パワーポイントのスライドの順番や、箇条書きで書いた内容の順番とかそれなりに意識して話すときに変えたりするのも俺としてはやるかな。怒られる時もあるけどね……ちゃんと最初から話す順番にしとけってね。でもどうしても内容の都合上ここをだしてからこの内容出して初めてつながることだからとかそういうこともあるからね。ただ資料の順番に沿って話すだけじゃ伝わらないことも伝わるチャンスがあるよ……」
夏帆に簡単に説明していく。自分が苦労した中で得たもの、通用すると分かっているものをいつも教えてもらっている夏帆に教える。それは何とも不思議な感じだった。
「ありがとうございます。これだけのこと頭に入れて発表しているんですね……」
「もっと漠然とした中でやっているけどね。たくさん経験して今冷静に振り返ってああ、こういうことだったんだなって感じ」
「真面目に教えてくれる健斗君、とっても素敵でした」
夏帆はそう嬉しそうに言う。いつの間にか俺が雑に説明の時にメモをしたレポート用紙を自分の方に持ってきて大事そうに握っている。
「そんなたいそうなことじゃないやろ」
「ううん、自信を持っている健斗君はとても素敵。そういう姿をもっと見せて欲しいです」
「……」
その時の夏帆の笑顔はいつも通りなのにいつもよりうれしそうに感じるのはなぜなのか。
その理由は分かっている。でもそれを分からないと自分の中で覆い隠したくて少しだけ無言になって視線を落とした。
隣の女のおかげでいつの間にか大学生活が楽しくなっていた(旧題:隣の女に優しくなんかしない!……はずだった。) エパンテリアス @morbol
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