海へとかえる

 波の音が、海鳴りが、呪いの声が、頭に響いて離れない。どれだけ耳を塞ごうとも、流れこんでくる。


 わたしは、築20年になる古いアパートの2階の窓から空を見上げた。丸い月が覗く。床に横たわると、月がわたしを照らす。床の冷たさが、海の底を思わせる。満月から潮の香りがした。横向きになり、寝転んだまま膝を抱え、丸まった。


 18歳になると、海へと戻らなければならないさかなは海へと背を向けて、海のない街へと流れ着いた。私は十を数えたばかりの頃に陸へ上がることを選んだ。それから、海は一度も帰っておいでと優しく囁いてくれたことはなかったのに、18の誕生日を迎えたあの日から、わたしの元には海と、置いてきた彼らからの呪詛のうたが響く。満月の夜は特に身体中のあらゆる場所から染みこんでくるようだった。


 人魚に語り継がれる御伽噺。陸に憧れた彼女は、足を手に入れ陸へと上がる。しかし、その生活の違いに耐え切れず、彼女は海へと帰る。自らのヒレを取り戻すための逃げ出せない呪いとともに。


 本来の足を取り戻すように、わたしの足は少しずつ動かなくなる。いつかきっと、この部屋に満ちた潮の香りの空気にひたひたと溺れて眠りにつく。

 

 そしてわたしは、海へとかえる。

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制服の裾を翻し たまき @maamey_c0

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