Act:3-5

「環境システム群しらないのかぁ」

 生ぬるい目でナユタがそんなことを呟く。

 あ、今俺をバカにしたね?

 すいませんねえ、無知で。

 ……ほんと、カルチャーショックっていうの? 今までの価値観やらもろもろぶち壊されたよ……。

 世界は広いなぁ……

「環境システム群はなぁ……」

 とナユタが人指し指をたてつつ説明しようとしてくれる……が、直ぐにやめた。

「実際見たほうがわかりやすいか」

 何て言って。

 ナユタは手を空中にスライドさせる。

 スライドさせた場所が淡く光って、直ぐに掻き消える。が、頭上、少し離れた場所に今度はホログラムウィンドウが現れた。

 そのウィンドウには「Sound only」の文字。

 音声通信らしい。

 わあい、未知の技術だあ。

 正確には、過去の遺物、過去の技術なんだけれども、なんというか……先に生きているわりに進化してない俺たちって……。

 まぁ、もともと遺物に頼って生きている俺たちである。そこら辺は最早今さらな話か……

 俺の視線に気づいたらしいナユタは、ほんのりと苦笑する。

 その瞳の奥には、僅かに諦めに似た光が宿っていて。

 うーん。そこまで失望されるのも……

 かといって、ナユタに勝っているものなんて俺には何一つ思い付くはずがなく。

 内心ひっそりと歯噛みするしかないらしい。

「あ、アリシア? ちょっと今から環境システム群の場所までいきたいんだけど……って、お前も環境システム群知らねーのかよ。お前らほんと……びっくりだな。よくそんなふわふわと生きてれるなあ……」

 なんて、ナユタは心底あきれた風にうめく。

 ……なんか。申し訳ない。

 俺がうなだれている間にも話は進んでいるらしい。

「お前も見たほうがいいだろー? B3地区X200Y54で集合な。ああ? 【工場】にでもポイント検索してもらえ!」

 といいつつナユタはウィンドウを叩き砕いた。

 薄いガラスが割れるような、ガシャンというおとが響く。

 ウィンドウは床に落ちることなく光へと姿を変えて掻き消えていった。

 おぉ、めっちゃきれい。

「【工場】は知ってるのか」

「……アリシアと話してるとき、ある程度知識のすりあわせはできたんだ。【工場】はその過程で知った。……ってか、思った以上に、酷いな。今」

 肩をすくめてナユタは苦笑する。

 それに、俺は……言葉が思い付かなかった。

 

 万年は、とほうもない時間だ。

 有機生物が絶え果てたこの星で、過去の遺物にすがって万年を生きてきた俺たち。

 遺物のことを、歴史を、この星のことを知ろうとすることもなく。

 ただ戦い……を模した遊びに興じる俺たちを見て、ナユタは何を思っているのか……。


「さて、俺たちも準備したら行こうぜ」

「B3地区X200Y54?」

「おう。ぶっちゃけ、【工場】の入り口前だ」

 ……

 なら、はじめからそう説明すればよいのでは?


 †


【工場】は、ルマトーンの南の外れに存在する。

 巨大な直方体の、ビルである。

 そのなかでは今もアンドロイドが生産されているのだろう。

 ……年に数体、破棄されたアンドロイドの変わりに投入される新たなアンドロイド。

 彼らにはこの星で普通に生きていくだけの知識をインストールされた状態で町に出される。

 製造された時点で成人扱いなのだ。

 まぁ、成長もなければ老化もない我らである。

 子供型は死ぬまで子供の姿で、老人型は生まれた時点で老人の姿。成人だって永遠にその姿である。

 アンドロイドにとって見た目は些末事だし、年齢だってあってないようなものだ。

「アラヤもここで生まれたのか?」

 ナユタが【工場】を指して問う。

 その問いの答えは……半分イエス、半分ノーである。

「俺の意識はここでインストールされてるけど、俺の体はここではない別の【工場】で製造されているらしい」

「らしい?」

「俺にはその記憶ないからなあ。デリートなのか、フォーマットされたのか……それとも……。……まぁ、謎だな」

 苦笑と共に答えれば、ナユタは軽く眉を潜めた。

 それから首をかしげてあらぬほうへと視線を向ける。

「ナユタ?」

「お前も、大概謎だよなぁ……。」

 

 しみじみ言われると居心地が悪い。

 そんなになぞかねぇ……これでも普通にちょっと軟弱なアンドロイドなんですけど。

「そう、それ」

 と、唐突にナユタは俺を指差す。

「あ?」

 そんなナユタに、心当たりのない俺は首を傾げる羽目になるわけだが。

「お前、本当に、アンドロイドか?」

 そんなナユタの言葉に、俺は混乱させられる羽目になった。

「は?」

 だから、俺は心のままに声に出した。

「意味が分からん。俺がアンドロイド以外に見えるか?」

 首を傾げていると、ナユタは眉をひそませた。すごく、不満そう。

 だがすぐに視線を俺の背後に移す。

 同時、俺もその気配に気づいた。

「よ、アリシア。昨日振り」

 気さくに手を挙げるナユタ。

 ほんと、怖いもの知らずなのか、なんなのか……。

 まぁ、言って俺も……案外怖いもの知らずか。

 目の前には超古代から存在するらしい、未知の存在。

 そして後ろには……我街の最高議長様である。

 その二人に俺は……

 ため口だもんなぁ……。

 十分、怖いもの知らずだろう。


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ストラグル 浅間 柘榴 @asama_zakuro

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