理解可能な狂気という恐怖

 常軌を逸した異常な行動を取るさま……狂気。この作品を読み終えた時、ふとそんな言葉が去来しました。
 そんなやり方は、有り得ない。そんな感情は、許されない……。常識で考えたなら、絶対に。だからこその狂気。そんなふうに考えて。
 でも、そのすぐ後に気付いてしまいました。狂気と名付けたそれらに、自分はなぜか深く共感しているということを。

 一つの行為とその動機を、狂っていると判断する傍らで、しかしそれは理解可能で納得のいくものだと判じている自分がいたのです。この矛盾の原因、それがすなわち、この作品の素晴らしい魅力であると思います。

 整然と敷き詰められた文章と、簡素でありながら本質的である会話の数々。極めて丁寧な形で文章化された物語は、一種の人生の仮想体験のようです。それらの要素が束なって、常人には呑み込めないはずの情動が『ああ、でもそうなるかもな』、『自分もそうするかもな』と、するりと腑に落ちてしまうのです。

 狂気を取り扱う小説は多くあると思いますが、このような恐ろしい経験をしたのは初めてです。本当に見事な作品であると、いたく感動しました。間違いなく、お勧めできる一作です。