パイロット版「国破れてゴミの山」

(本編に先駆けて試作したパイロット版です)


 ――ぼくらがこの国の未来を創る。

 ――だから今はゴミ拾い。

 ――ゴミが無くなったら、家を建てよう。

 左耳につけたイヤホンを通して、旧式の音楽プレイヤーが軽快なリズムを奏でる。何年か前に流行ったインディーズの曲だ。政府の管理する公共ネットの動画投稿サイトで人気になったそれに、どこかの物好きが歌をつけた。

 ――ゴミの山にはお宝もある。

 ――そうさ、ゴミの島は夢の島。

 ――うたかたに消えた蜃気楼。

 再生の祈りを込めた復興ソング。かつてこの国を襲った大災害でボロボロになったこの土地で聴くには、相応しい曲といえる。

「海の彼方のはるかな故郷。ぼくらがこの国の未来を創る。だから今はゴミ拾い――」

 無意識に歌詞を口ずさみながら、鳴神マコトは目の前に転がる瓦礫を掴んだ。人の胴体くらいはありそうなコンクリート片を、ひょいと無造作に持ち上げる。

 こんなものを軽々と持ち運べるのは、いま鳴神の搭乗している――この場合〝身に着ている〟と表現する方が適切か――機械仕掛けの外骨格のおかげだった。

 一〇ヒトマルしき機動装甲外骨格。

 通称〈さきもり〉と呼ばれるその機体は、防衛隊の所有する最新鋭装備だ。全高二メートル半余りのその姿は、さながら往年のアニメやゲームに登場する人型ロボットそのものだ。

 もっともフィクションに登場するカッコいいロボットとは違い、〈さきもり〉は無骨な外装に黒一色のカラーリングという、面白みのないデザインをしている。加えて頭部から伸びた二本のアンテナがまるで鬼の角みたいに見えることから、現場ではもっぱら〝黒鬼〟と呼ばれていた。だが見た目はともかく、性能は折り紙つきだった。

 シャベルやクレーンにはできない繊細な作業を可能とする両腕のマニピュレータと、重機並みのパワーを兼ねそえたロボットスーツの労働力は絶大だ。荒廃したこの筑紫島の隔離地区内で作業を行うには、うってつけのマシーン。

 錆びた鉄筋の突き出たコンクリ片を抱えながら、舗装の割れたアスファルトの道を、ガシャガシャと足音を立てて進む。

 着いたのは街外れの公園だった。いや、正確には〝元〟公園か。老朽化したフェンスに囲われた敷地には、コンクリートや鉄骨、ガラスなどの廃棄物でゴミの山ができていた。かつて憩いの場であった公園は、今は回収されたゴミを保管する臨時集積所の一つとなっている。

 運んできたコンクリ片を瓦礫に積み上げる。大まかに分別されたゴミの量は、数百トンはくだらない。ここ数日の作業で鳴神たちがこなした仕事量が、目に見えて確認できる。

《――よっ、ナルやん。どうだいそっちは?》

 ふいに声をかけられ、鳴神は操縦席の中で首を巡らせた。その動きに合わせ、モニターが自動的に後方視界カメラに切り替わる。〈さきもり〉に搭載される人工知能〈フツミタマ〉のサポートだ。各所に備えられたセンサーが搭乗者の眼球や首の動きを感知して、視界の切り替えや必要なデータを提示してくれる。

 今もズームアップされた画像の一つに、集積所の入口からこちらへ接近する機体と、それに関する情報タグが映されていた。


『JDF‐WA09D‐09Si/AS10J‐CoⅣ‐N18

 日本防衛隊・筑紫島方面隊・第九師団・第九特別機甲科連隊

 一〇式機動装甲外骨格〈さきもり〉・第四中隊・十八番機』


 やって来たのは同型の黒鬼だった。識別コードの後に表示される搭乗者の名前を見て、鳴神は肩をすくめる。

「相変わらずゴミばっかりさ、ケンちゃん。四班うちの担当エリアはハズレなんじゃないか?」

 外部スピーカーをONにして愚痴を零しながら、機体を振り向かせる。すると相手が装甲を開いて、操縦席から見知った少年が顔をのぞかせた。

「あはは。ナルやん、確か先週もそう言ってたじゃん」

 浅黒い肌に人懐っこい笑みを張りつけたこいつは、大隅ケンジ。

 鳴神と共に第四中隊の第四班へ配属された仲間のひとりで、年齢も同じ十五歳。国民防衛学校で一緒に訓練を受けた同期生でもあり、その頃からの腐れ縁だ。

「こう瓦礫とゴミばっかじゃ、文句の一つも言いたくなるだろ」

 同じく装甲を開いた鳴神が、左耳のイヤホンを外して辺りを見渡した。

 倒れたビル。崩れた家屋。砕けたアスファルトの高架線がそそり立つ壁のように大地へ突き刺さった高速道路――そんな廃墟の街並みが、どこまでも広がっている。

 過去の大災害で国土の大半が焼け野原となった場所。それが鳴神たちの生きる国――日本の姿だった。

「ホンの十年前まで、この国がアジア一の経済大国だったなんて信じらんないよな」

「そりゃそうでしょ。日本が豊かだった時代なんて、オレらがまだ子どもだった頃の話じゃん」

 廃墟を眺めながら、大隅が興味なさそうに言い捨てる。

 二人ともこの国で廃墟以外の場所を見たことがない。物心がついた頃には、すでに日本中がこんな有様だった。首都機能が移転された沖縄にはニューヨークの摩天楼みたいな文明都市があるそうだが、そんなものTVのニュース映像でしか縁がない。

 真夏の日射しに浮かぶ廃墟はどこか現実離れしていて、鳴神は見るたびに古い映画のワンシーンを思い出す。訓練時代に資料室のライブラリで観たアドベンチャー映画。物語の中で、主人公の冒険家は財宝を求めジャングルの奥に眠る遺跡を訪れる。

 倒壊したビルが伸び放題の草木に覆われた光景は、映画に出てくる古代遺跡にそっくりだった。かつて先進国の一員だった〝経済大国・日本〟が残した遺跡。それがこの隔離地区ってワケだ。

「……こういうの、なんて言ったかな。〝夏草や、ツワモノどもが夢の跡〟だっけ?」

「詩人だね、ナルやん。夢の跡っていうか、ゴミの跡だけどな」

「〝国破れてゴミの山〟か――」

 うるさい蝉の声と蒸し暑さに辟易しながら、さっさと空調の利いた操縦席へ体を引っ込めようとする鳴神に、大隅が何やら意味ありげな笑みを浮べる。

「ゴミばっかなところ悪いけど、オレはイイもん拾ったぜ?」

 それを聞いた鳴神が、思わず操縦席から身を乗り出す。

「マジかよ、ケンちゃん。まさか、また〝お宝〟か?」

 ゴミの山にもお宝はある――そのフレーズにある通り、確かに隔離地区には〝お宝〟も眠っている。

 先週、大隅は崩れた建物の下から古いマンガ雑誌を見つけた。

 国連から文化保全対象に指定される日本の文化は、諸外国には高く売れる。特にマンガやアニメなどのサブカル分野は世界中に熱心なマニアがいて、アーカイブ化もされてないような稀覯本のたぐいは、発見されるたびに高額で取り引きされる。

 ちょうど大隅が見つけたのも、その手の一冊だった。

 その雑誌には、とある人気マンガ家のデビュー作が掲載されていて、マニアの間では〝幻の一冊〟と呼ばれているものだった。そのことを知った大隅は、米軍基地ベースにいる知り合いを通じて雑誌をネットオークションにかけボロ儲けした。

 いわゆる〝横流し〟というヤツだが、それを咎める者はない。みんな大なり小なり、似たような真似をしていたからだ。

 鳴神の音楽プレイヤーも、元は瓦礫の中で拾ったものだったりする。ただゴミの中で朽ち果てるより、こうして拾った者が有効活用した方がマシだろう。これも立派な文化保全ってワケだ。

 なかでも大金星を引き当てた大隅は、密かに〝ラッキーマン〟と呼ばれ、みんなから羨望を浴びていた。

 そのラッキーマンが今度はどんな〝お宝〟を拾ったのか?――目の色を変える鳴神に、大隅が首を振って答える。

「違う違う。見つけたのはコイツだよ」

 差し出された代物を見て、鳴神は露骨にガッカリした。

「なんだ……CKジャムかよ」

 大隅の操る十八番機が握っていたのは、直径数センチ程の金属体だった。

 CKジャム。〝都市を殺す電波妨害装置シティ・キラー・ジャミングマシン〟というコードネームが付けられたその装置は、内戦時に反政府軍がばら撒いた一種の戦略兵器だ。

 別名〝文明殺しの兵器カルチャー・キラー・ウェポン〟。このちっぽけな装置には、GPSをはじめとした電波をジャミングする機能が備えられていた。

「なんだはないっしょ。もともとコイツを回収すんのがオレたちの役目じゃんよー」

 口をへの字に曲げた大隅の言う通り、このこそ、鳴神たちに与えられた任務である。

「間抜けな話だよな。一台たった数千円程度のジャミング装置に米軍の戦闘機やイージス艦はもちろん、都市機能まで完全に無力化されたっていうんだからさ」

「仕方ないんじゃない? まさか〝東〟の連中が弾道ミサイルでコイツを日本中にばら撒くなんて、フツー思わないじゃん」

「そのおかげでとっくに内戦は終ったってのに、この国はネットやスマホも使えない原始時代へ逆戻りだよ」

 忌々しげにCKジャムを睨む。

 この装置はひとたび起動すれば、周辺環境から電力を取り出す電磁波発電Eハーベストで半永久的に作動する。そのせいで筑紫島では、未だにドローンや無人ロボットを投入した復興作業が行えない。通信もライフラインも寸断された環境下において、スタンドアロンで行動できる画期的な労働力が必要だった。

 そのための〈さきもり〉、そのための〝特隊生とくたいせい〟だ。

 日本防衛隊・特機甲科連隊所属、特別機械化連隊士候補生――略して〝特隊生〟と呼ばれる少年少女たち。

 総人口がかつての六分の一にまで減少し、圧倒的な人材不足に悩んだ政府が、特例として戦災孤児や障害を負った子どもたちへ特殊なサイバネ医療と訓練を施し、〈さきもり〉のオペレータとして国土の復興作業に就かせた。

 この筑紫島に残る、全てのCKジャムを回収させるために――。

「これを全て回収するまで、あと何年かかるんだろうな……」

 第四中隊の担当する北部エリアだけでも、およそ数千から数万個のジャミング装置がばら撒かれたとされる。

 二〇十五年現在、筑紫島全体では一〇〇体以上の〈さきもり〉が投入されているが――それでも復興への道のりは長い。

「さあてね。地道に頑張るしかないんじゃねーの?」そこで大隅がニヤリとする。「ともかく、これでオレも他の連中と並んだぜ。ナルやんも、そろそろ本気マジにならないと不味いんじゃね?」

「……分かってるさ」

 特隊生にはノルマがある。CKジャムをたくさん回収した者は、二等隊士から一等隊士へと昇級できるのだ。

 すでに同期生の多くが三十個以上集めていた。なのに、鳴神はまだ二十個しか回収できてない。これでは鳴神だけ下っ端のままだ。言われるまでもなく、このままでは不味い。

「これでもオレなりに、必死にやってるんだけどなぁ」

 内心の焦りを誤魔化すように、短く刈った前髪をかき上げる。

「ナルやん、ちょっと要領悪いトコあるしな。ま、操縦の腕は同期ん中でも上位だったし、コツさえ掴めばすぐ追いつけるって」

 そんな慰めの言葉を残して、大隅は操縦席に身を引っ込めると足取り軽く自分の持ち場へと去ってゆく。

「気楽に言ってくれちゃって……」

 付き合いが長い分、遠慮のない一言がグサッとくる。恨めしげにその後ろ姿を見つめながら、鳴神はふと閃めいた。

 大隅を観察すれば、効率よくCKジャムを探すコツが掴めるかもしれない。あるいは奴のラッキーパワーが〝お宝〟を引き寄せるなら、その分け前にあやかれるかも……我ながら名案だ。

「よーし! ここはいっちょ、我らが〝ラッキーマン〟の実力を見せてもらうとしますか」

 心機一転、意気揚々と先を歩く十八番機の背中を追いかけたところへ、ふいに耳慣れない物音を機体のセンサーが拾った。

 周りを見れば、このエリアを担当する他の連中も作業を止めて、揃って空の一角を眺めている。

 一緒になって鳴神も空を仰ぐ。すると陽炎に霞む地平線の彼方から、ローター音を轟かせ一機のヘリコプターが現れた。

《ありゃりゃ、復興局のヘリがこんなトコ飛んでらぁ》

 鉄骨を抱えた大隅がのん気に呟く。

 上空を飛んでいるのは、白い塗装も鮮やかな救助ヘリだった。望遠カメラが捉えた映像には『UH‐60J救助ヘリコプター/所属:復興管理局安全パトロール』のタグが付いている。

 復興管理局は、筑紫島を中心とした国土再建のため設けられた行政機関だ。島全体の再開発のほか、こうした周辺環境の調査をかねたパトロールも実施している。

 だが鳴神が記憶する限り、これまで復興局のヘリがこのエリアに来たことはなかったはずだ。

《――ああ、アレだ。きっと海岸の方へ飛んでくんだよ》鳴神の疑問へ先回りするように、大隅が持論を展開する。《前に密航者だか密輸業者だかが、北の方の海岸でまとめて検挙されたことがあったじゃん。またあっちを調べに行くんだって》

 ひとり納得しかける大隅に、鳴神は口を挟む。

「あのヘリは佐世保の共同基地ベースから来たんだろう。海岸へ向かうルートなら、この辺りは通らないはずじゃないか?」

《じゃ、なんか別の用事があるんじゃね? どっちにしろ、オレらには関係ないって》さして気にもせず大隅は作業に戻ってゆく。

他の仲間たちもヘリの登場に驚きはしたものの、すでに興味を失ったのか、それぞれ瓦礫の撤去を再開していた。

 どこか釈然としない気持ちのまま、鳴神も作業に戻る。目の前の瓦礫をどかしながら、なんとなくもう一度ヘリを振り返った時――モニターの隅で、パッと何かが光った。

 なんだ、今の光は――? 

 思考を巡らせるわずかのうちに、空を飛ぶヘリコプターの後部が、いきなり爆発した。

 とっさに何が起こったのか理解できず、呆気に取られたまま一連の光景を目に焼き付ける。

 ヘリの尾翼が半ばから千切れ飛ぶ。揺れる機体が駒のように回転を始め、そのまま制御を失い、フラフラと高度を下げてゆく。

「なんてこった……墜落するぞ」

 ようやく事態を呑み込んだ鳴神が、思わず息を飲む。その間もヘリは地上に向かって落下してゆく。

それに気がついた周りの連中が騒ぎ出す。ざわつく周囲の反応を尻目に、鳴神は抱えていた瓦礫を放り出すと、墜落するヘリに向かって走り出した。

「こちら〝玄武十九番〟。エリアN4でヘリ墜落。繰り返す、ヘリ墜落。至急、救援の必要性アリ」

 鳴神の発した情報は、〈さきもり〉に搭載されるAIを介してただちに周囲の機体へと伝達される。特定波長の可視光線を利用した光波無線ネットワークによる情報共有だ。だがこれも遮蔽物に弱かったり、交信可能な距離が限られたりして万能ではない。

 この場合、最も信頼できる情報伝達は目視による方法だ。

「フツミタマ――信号弾発射、赤・黒」

 音声入力に従い、機体の後部から二色の光弾が打ち出される。

 赤は〝緊急事態〟。黒は〝戦闘発生〟を意味する。

 ヘリが爆発する直前に見た光――あれはロケット弾の発射炎だ。あの爆発は事故じゃない。地上から何者かに攻撃された。

 その推測を裏付けるように、機体の電子光学探査システムEOSSによる探査情報が、ヘリに接近する複数の熱源反応を捉えている。

 素早く状況を確認した鳴神は、意を決して叫ぶ。

「フツミタマ――〝武活ブカツ〟の許可を要請する!」

 モニターに『審議中』の文字が表示された。短い間のあと、すぐに『承認』へと切り替わる。同時にAIの音声ナビゲートが、機体各部の安全装置が解除されたことを告げる。

《AIによる臨時決議の結果、九十九ツクモ法の適用による〝自衛権の行使〟が許可されました。〈さきもり〉の安全装置を解除。有事における〝武力行使活動〟を実行して下さい》

 筑紫島の復興を妨げる存在は、ジャミング装置だけではない。

 今の日本は、中東やアフリカの紛争地帯並みに危険な場所だ。

 特に近代文明から隔絶された隔離地区は、ゲリラや犯罪組織が潜伏するには打ってつけの危険地帯と化している。

 それに対処するため、政府はある法案を可決した。

 国土防衛法特例第九十九号――通称〝九十九法〟。

 国家及び国民へ被害を及ぼす外敵に対して、国会の審議を経ずに〝自衛権の行使〟による戦闘行為が可能となった。

 隔離地区の特隊生は、平時は国土再建の労働力となり、有事には国家の尖兵として戦いに身を投じる。

〈さきもり〉を駆る少年たちは、現代の〝防人さきもり〟なのだ。

 火器管制システムFCSの起動を確認すると、鳴神は機体の腰に懸架される兵装庫ウェポンベイから一振りの太刀を抜いた。各部の装甲が展開し、放熱が開始される。防衛モードとなったその姿は、さながら黒い甲冑をまとった鎧武者のようだ。

 角を生やした鬼武者と化した機体を駆り、鳴神は機械仕掛けの脚力で廃墟の街を疾走する。

 そのまま探査で捉えた熱源の一つ――瓦礫の向こうで自動小銃を抱えた人影へと跳躍した。

 宙で手にした太刀――〈さきもり〉の主兵装である一四ヒトヨンしき対物斬鋼刀ざんこうとうを振り被る。残光一閃――高周波振動により蒼白い輝きを放つ刀身が、分厚い瓦礫ごと奥に潜むゲリラ兵を両断した。   

 返り血を浴びる間もなく、鳴神は鋭く地を蹴り、更なる斬撃を放つ。横薙ぎに振るわれる刃が、こちらに銃口を向けようとしていた男を、抱えた小銃ごと上下に切り裂いていた。

 突如現れた鋼鉄の鬼武者に、ゲリラ集団が雄叫びを上げながら半狂乱に銃を乱射する。しかし、それらの銃弾が殺到するよりも早く、鳴神は腕に内蔵された作業用ワイヤーを使って建物の一つによじ登っていた。

 屋上に降り立つと同時、AIの警告が表示される。モニターに目を走らせると、隣のビルの屋上に設置された給水塔の陰から、男が肩に担いだ筒の先をこちらへ向けていた。

『対象:成人男性/武装:69‐Ⅰ式RPGロケットランチャー/脅威度5』

 ヘリを撃墜したのはコイツか!

 鳴神は機械仕掛けの腕力で太刀を投げつけた。槍投げのように投擲された刃が、男の上半身を貫いて奥の給水塔へ突き刺さる。

 磔になった状態で絶命した敵の体から、ワイヤーを使って太刀を回収する。泥水と鮮血を浴びて斑模様に染まった刀身を見て、鳴神は内心舌打ちした。人間の血は、固まると後で洗い落とすのが面倒なのだ。

 今日は仏滅だったか?――そんなことを考えている間に、AIが新たにこちらへ接近する機体を知らせる。

 このエリアを担当する他の〈さきもり〉だ。四体の黒鬼たちが廃墟の街を縦横無尽に駆け回り、ゲリラどもを狩りたてる。

 そのうち一体が、手榴弾を投げようとした敵を接近戦で殴り倒した。識別コードを見るまでもなく、大隅の十八番機だと分かる。

「あーあ……知ーらね。マニピュレータで殴ったりしたら、こびり付いた肉片がしばらく取れないってのに」

 操縦席でかぶりを振りながら、鳴神は眼下で戦闘を繰り広げる黒鬼の一体へと光波無線通信を送る。

「リュウ先輩、RPGを持った敵を仕留めました。ヘリが墜落したのは、多分コイツの仕業です」

《鳴神か。作戦行動中は班長と呼べ》やや掠れた低い声が応じる。《敵は初めからヘリをやるつもりで武器RPGを用意していた。明らかに計画的な襲撃だ。……気に入らんな》

 何かを思案する気配。そこで鳴神は、思い切って相手に自分が抱いていた疑問をぶつけてみる。

「班長。こいつら、ただの反政府ゲリラだと思いますか?」

《……察しがいいな。まともなゲリラや誘拐屋なら、役所のヘリは狙わん。例え公務員が人質に取られたとしても、今の政府には身代金を払う余裕がないからだ》

「あのヘリには、他に狙われるような〝何か〟があるってことですか?」

《それを確かめる必要がある――》

 ガガガガッと、通信に雑音が入る。見れば、敵の新手が瓦礫をバリケード代わりにして執拗に反撃している。掩護に回ろうとする鳴神を制するように、通信相手の黒鬼が片手を振った。

《鳴神、お前はさっさとヘリに向かえ》

「えっ、でも――」

《じきに三班が掩護に回ってくれる。ここは今の戦力で十分だ。敵の目的がヘリの搭乗者なのか、それとも積荷の方かは知らんが、先に見つけ出して確保しろ》

 有無を言わせぬその命令に、腹を括って鳴神は応じた。

「――了解。玄武十九番、これより現場へ急行しますっ!」

 通信回線を閉じるなり、ビルの屋上から身を躍らせた。自由落下の途中で、前方の建物へとワイヤーを放つ。ターザンのように宙を舞いながら、数十メートル先の高架線へ着地する。

「フツミタマ――ヘリの墜落予測地点までの最短経路を出せ」

 すぐさまモニターに予測地点を示すマーカーと推奨される移動ルート、到達までの予想時間が表示される。

 ヘリが落ちたのは東の森だ。この辺りの地理は頭に入っている。勝手知ったるナワバリの街を、素早く移動する。

 森に近づくと、木立の間から立ち昇る煙が見えた。この地形では移動の妨げになる太刀を腰に収納し、うっそうとした森の中へ踏み入る。

 出し抜けに複数の銃声が聞こえた。音紋解析によれば三十口径の7.62ミリ弾――ゲリラの連中が好んで使う小銃のものだ。

「くそっ……まだ別動隊がいたのか」

 やはりゲリラにしては手際が良すぎる。視界を暗視モードへと切り替えて、薄暗い森を走り抜ける。

 木立を抜けると、目の前に石造りの階段が現れた。丘の上の社へ通じる参道の一部だ。苔生した石段の上に倒れた人影を発見し、鳴神は急いで駆け寄った。

 地にうずくまり、男が呻いている。どうやら肩を脱臼しているらしく、すぐそばに取り落とされた小銃が転がっていた。

「なんなんだよ、これは――」

 さらに赤外線探査が、階段に倒れた多数の人間たちを感知する。揃ってゲリラの連中で、どいつも生きたまま昏倒させられている。だが奇妙なことに、銃で撃たれた人間は一人もいない。

「……何が起こったんだ?」

 刃物や閃光手榴弾フラッシュバンのような武器が使われた形跡もない。まして漫画に出てくる妖術や超能力の使い手なんて、いるワケがない。ならばこれをやったヤツは、一体どうやってこの短時間のうちに、銃で武装したこれだけの数を無力化したんだ――?

 風にざわつく木々が、得体の知れない気味悪さを増長させる。

 おいおい、しっかりしろ。こんな真っ昼間から怪談なんて冗談じゃないぞ。階段だけに……。

 くだらないダジャレで緊張を誤魔化しながら、すっかりと塗装の剥げ落ちた鳥居をくぐる。注意深く辺りへ巡らせた視界の先に、階段の上に立つ小柄な人影が映った。

 いつの間にか石段の上に、髪の長い少女がひとり佇んでいた。

 まさか本物の幽霊?――だがセンサーの捉えた諸情報が、目の前にいる相手が確かに実在する人間であることを証明していた。冷や汗を拭いながら、カメラをズームして少女を観察する。

 鳴神と同年代くらいの女の子だ。腰まで伸びた黒髪に日焼けした肌。白いワンピースの上に、見たことないタイプの軍用ベストを着ている。足に履いているのは、これまたゴツい軍用ブーツ。森でハイキングするにしても不釣り合いな格好だった。

『対象:少女/所属:識別不明アンノウン/非戦闘員』

 表示されたタグに、ますます混乱する。個人認証で『識別不明』なんて初めて見た。そもそも、この少女はどこから来たんだ? まさか、墜落したヘリに乗っていたとでもいうのか?

 少女の正体を確かめるべく、問いかけようとした矢先――AIが新たな反応を感知していた。

 くそっ、油断した。謎の少女について考えるのは後回しに、鳴神は一足跳びに階段を飛び越えると、間髪いれず境内に建ち並ぶ灯籠の一つへワイヤーを放つ。

 高速で射出されたワイヤーが、苔に覆われた灯籠を一撃で砕く。その直前、石柱の陰から何者がサッと飛び出した。

『対象:成人男性/非武装/脅威度1』

 現れたのは初老の男だ。その姿にまたも鳴神は混乱する。男はまるで時代劇に出てくるような着物姿をしていた。脳裡に〝侍〟とか〝浪人〟といった単語が浮ぶ。

 正体不明の浪人は、両手をだらりと下げた姿勢で静かに立っている。

 現実離れした光景に理解が追いつかぬまま、とっさに相手を捕まえようと、機械仕掛けの手を伸ばした。

 刹那、それまで柳のように突っ立っていた老人の腕が、目にも止まらぬ速さで動いた。何がなんだか分からぬうちに、ぐるりと視界が一転する。

 あれ――なんでオレ、空なんて見てるんだ?

 そう思った次の瞬間、激しく地面に叩きつけられていた。

 無様に引っくり返えされた機体の中で、しばし呆然とする。

 AIが各部のダメージを律儀に知らせる間も、自分の身に何が起きたのかサッパリ分からなかった。頭に鈍痛が走る。ショックアブソーバーが衝撃を緩和してくれたのだが、地面へ激突した時にどこかへ頭をぶつけたらしい。次第に意識が朦朧としはじめるなか、鳴神はのろのろと装甲を開く。

「すまねえ。つい癖でぶん投げちまった。おい、大丈夫かい?」

 すぐそばに申し訳なさそうな顔をした浪人が立っている。何やら驚いた表情で「お前さんがこれを動かしてたのか?」とかなんとか言っているが、鳴神の耳には届いていなかった。

 天地が逆転した視界の先に、二本の足が見える。

 視線を動かすと、先程の少女が倒れた鳴神を静かに見下ろしていた。眠気にも似た昏迷に沈む間際、少女の着ているワンピースの裾が風にはためき、その健康的な太ももの間にある小さな布地が目に飛び込んだ。

 ――あ、パンツ見えた。

 不思議な感動と共にその光景を瞼の裡に焼き付け、鳴神は気を失った。

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