壱の三「鉄血哀歌」(の途中まで)
鉄血兵器――それは過去の内戦でCKジャムと共に猛威をふるった、悪魔の兵器だ。
〝
そんな混戦下で当時の技術者が考え出した対抗手段が、人間を兵器の一部として組み込んでしまうことだった。〝高度な電子汚染環境下において、人脳は最適な演算装置であり、機械的処置により拡張された五感は優れた生体センサになりうる〟――狂気の沙汰としか呼べないそのアイデアを、戦争の異常な状況下が肯定してしまった。
人そのものを生体兵器に変えてしまう技術の登場は、世界を震撼させた。
その事実はかつて旧日本軍が史上初の
国際法で禁じられた忌まわしき怪物――それがいま再び、戦場を蹂躙する。
鈍色の粉塵を突き破り現れたのは、巨大な多脚戦車だ。
重厚な多機能装甲に長大な砲塔、多数の機銃、ボディの下から伸びる六本の脚部。灰色を基調とした都市迷彩が施された姿は最新の陸戦兵器というよりも、まるで瓦礫と同化した
前面装甲に備えられた複眼のような
『対象:TX‐09 六九試全地形自在機動戦車〈ツチグモ〉/全長:7.4メートル/全高:3.3メートル/全幅:6.8メートル/推定重量:40トン/武装:120ミリ滑腔砲,12.7ミリ対物重機関銃,7.62ミリ対歩兵機関銃/脅威度8』
モニタに次々流れる解析データを見やり、鳴神はごくりっと唾を飲み込んだ。あんなの食らったらひと溜まりもない。一〇式の装甲ごと吹き飛ばされて、一瞬であの世逝きだ。
《――次弾、来るよっ!》《
先輩たちの怒号。んなこと言ったって、敵が
とっさに機体を反転させて路地裏に逃げ込む。と、同時に化け蜘蛛の砲撃が轟いた。
直撃を受けた廃ビルが倒壊。地鳴りのような震動と衝撃波が襲ってくる。まるでビルの爆破解体現場に放り込まれた気分だ。荒れ狂う噴煙に一帯が鈍色のカーテンに包まれる。
「――ちくしょう、今日は仏滅かっ」まだ無事な建物の陰に身を隠しながら、MOSSを
化け蜘蛛は複眼をくまなく動かし、こちらを探している。そのボディで甲高い金属音が弾けた。向かい側の建屋からガラスの割れた窓を銃眼代わりに、
ザッと通信にノイズ。直後、化け蜘蛛の機銃掃射が九七番機のいたフロアに殺到。
《――ああ、今のは危なかったかな》《バカがっ、戦車の装甲が〈さきもり〉のライフルで抜けるかっ!》《誰か、
リュウ先輩の怒鳴り声を残してプツンッと通信が途切れる。廃墟の合間をワイヤで移動する黒い影を追うように、化け蜘蛛が六脚をうごめかす。その隙に鳴神は路地裏を迂回、敵の背後に回り込んでいた。
同じく反対の路地を抜けてきた大隅にハンドサインを送る。敵はこちらに気づいてない。好機を逃さず阿吽の呼吸で化け蜘蛛を挟撃しようとした時、出し抜けに敵が脚を止めた。化け蜘蛛の装甲が音を立て展開。バシュッと噴煙を棚引かし、複数の飛翔体が射出される。
「これは――」空を切り裂く飛翔体より銀色の軌跡が放出された。一瞬で廃墟の至る所に流体金属製のワイヤが蜘蛛の巣のごとく張り巡らされる。「――電磁
一帯を覆う鋼線に紫電が
モニタに砂嵐のようなノイズ。真っ暗になった操縦席に、自分の荒い呼吸が反響。地に叩きつけられる際ぶつけた側頭部に鈍痛。だが、その痛みで意識がハッキリする。
敵が使ったのは
くそ、早くしろよっ。機体が小刻みに揺れる。すぐそばで腹が底冷えするような爆音が響く。動け、動けよっ。『再起動中』のモニタが放つ薄明かりの他、闇に閉ざされた操縦席はまるで棺だ。このまま身動きも取れず死ぬのなんて、まっぴらゴメンだった。
《そうだ。こんなところで死んでもらっては困る》
ゾクッとした感覚に顔を上げた。目の前でゆらゆら揺れる音楽プレイヤ。そいつがまた独りでにチューニング音をかき鳴らし、喋り出していた。
《こちらで敵の目標追尾アルゴリズムに干渉して時間を稼いでやる。その間に立て直せ》
これは幻聴か、それとも混線してるのか――?
モニタに英数列が流れる。一〇式機動外骨格、起動シーケンス最終チェック。各種機載電子装置、中枢演算ユニット、補助演算ロット、対電子戦装備の作動を確認。各姿勢制御プログラム、
《敵が砲撃を再開した――ロックオンされたぞ。射軸修正用データ計測を開始している》機内の計器に灯が燈る。《止められん。回避しろ。最終弾道計算及び砲弾装填までに要する時間は、4.3秒》モニタ映像が復旧。人工知能〈フツミタマ〉によるサポート再開。機械仕掛けの黒鬼が、その力を取り戻す。《敵弾発射まで、3、2、1……》
〈さきもり〉九九番機、
カウント0と同時、すぐさま飛び退いた。最大戦速でその場を離脱。
ワイヤード・アンカを射出して雑居ビルの外壁を垂直に駆け上がった刹那、直下の地面から爆風が殴りかかってきた。建物全体がびりびり震える。外壁の窓という窓のガラスが砕け落ちる。間一髪だった。あとコンマ数秒でも遅れてたら、砲弾の近接信管が作動してメタルジェットと破片の嵐にズタズタに引き裂かれているところだった。
外壁にぶらさがりながら、眼下の光景を見下ろす。そこかしこで融け落ちた鋼線の残滓が蒼白い炎を上げている。立ち込める噴煙の向こうに、我が物顔で街をのし歩く化け蜘蛛のシルエットが見えた。
《初撃目標選定・発射までの所要時間、4.3秒。次弾発射は3.2秒後だ》敵機の砲塔内で自動装填・排薬装置が作動、薬莢底部を排出。《もう一度、敵の射撃管制システムに干渉する。お前に1秒くれてやる。4.2秒以内に決めてみせろ》
化け蜘蛛が再び砲撃態勢に入る。砲塔を旋回。六脚をうごめかし仰角姿勢を取る敵へ、鳴神は一直線に突撃した。「うおおおおおおおおおおおおっ」
ビルの外壁を斜めに駆け降りる。過負荷で脚部の間接が悲鳴を上げているのが分かった。〝このままでは両脚部ともに人工筋肉繊維が焼き切れる〟というAIの警告を無視して、キャパシタの電圧解放、オーバーブースト使用。足もとで外壁材が爆ぜる。限界を超えて駆使される機械仕掛けの脚力が、機体を一挙に宙へ撃ち出す。
弾丸よろしく跳躍する一〇式が、化け蜘蛛に迫る。敵の砲門がこちらをピタリと捉える。猛烈なGで視界がグレイアウトしかける。色を失った視界に、敵の砲門が大写し。モニタ越しにも伝わる恐怖。砲塔内でベルトマガジンが次弾供給、
言葉にならぬ叫び声を上げながら、鳴神は黒鬼の握る太刀を思いっきり振り下ろした。
激烈なる砲火が轟く。
砲撃よりコンマ数秒早く――敵機に取り付いた黒鬼の振るう
「ざまーみろっ。
敵機に太刀を突き立て、鳴神が吼える。それを振り落とそうと化け蜘蛛がもがくように六脚を動かし廃墟を駆け回る。鳴神は振り落とされまいとさらに深く刃を突き刺す。給弾機の奥にある油圧シリンダとラジエータ破壊。どす黒い油と冷却液を血のように飛び散らせ、化け蜘蛛が荒れ馬と化して暴れまくる。
《ナルやん、大丈夫かよっ?》《鳴神、そのまま敵を押えろ。いま掩護するぞっ》《すごいね。カウボゥイみたいだ――》
揺れる視界の中で化け蜘蛛を攻撃する仲間たちの黒鬼がぐるぐる回る。リュウ先輩が手にした
死に物狂いで敵の背に食らいつきながら、鳴神は歯を食い縛った。操縦席に吊るした音楽プレイヤが釣鐘のようにごつんごつん音を立てる。モニタにぶつかった拍子に再生ボタンが作動、軽快な音楽をかき鳴らす。
――ぼくらがこの国の未来を創る。だから今はゴミ拾い。
《援軍だ。四〇三小隊と四〇五小隊の連中が来たぞっ》《ああ、助かった。こっちはそろそろ弾切れだよ。誰か、予備の弾倉とか持ってない?》彼方から駆けつけた黒鬼の群れが化け蜘蛛に襲いかかる。
それはあたかも巨大な蜘蛛に、蟻の大群が襲いかかるような光景だった。群れを成した黒鬼が手にした刃やライフルを振るい、代わる代わる攻撃する。敵の機銃が無力化される。敵の装甲が抉られる。一つ一つ脚部の間接を破壊され、化け蜘蛛戦車がもがき苦しむように地へ倒れ伏す。
その機を逃さず、黒鬼たちは一斉に敵機へ群がった。甲殻のような装甲を切り刻み、剥ぎ取り、その奥の柔らかな内部機構を食い破る。
《ナルやん、これ使えっ》大隅から予備の太刀を受け取った鳴神は、砲塔下の装甲へと刃を突き立てた。何度も何度も何度も繰り返し刃を叩きつける。分厚い甲殻で幾重にも護られた装甲板を斬り裂き、ハッチを引っぺがして、その
狭苦しい操縦席の中で、まるで機械に飲み込まれるように、かつて男であった存在が血の泡を吹いていた。目や鼻や耳からも血だか涙だか分からぬ粘液を垂れ流している。溢れる血で機内は真っ赤だ。充血した目がぎょろりと動き、こちらを見上げた。《ここココ国賊くククク駆逐くくうう、うう、ウウウウウぅぅぅ……》
ごぼごぼと音を立てる喉に代わり、電子機器が怨嗟の言葉を吐き出す。自らを鋼鉄の兵器と化した者のなれ果て。こいつはもう助からない。脳を全て焼きつくされて、あと数分足らずでお終いだ。
「なんなんだっ……なんでだよっ!」
血染めの操縦席に貼られた写真が見えた。こんな有り様になる前の男と肩を並べる女性と子供。それと目の前の正視に耐えないこれを見比べる。こんな馬鹿げた姿になりながら、なおも獲物を求め続ける壊れたもの。
なんだよそれは。そんな姿になってまで、何のために戦うっていうんだよ。そんなに戦争したいのか。国中焼け野原にして、大勢の人間がお陀仏になったってのに、まだ足りないっていうのかよ。
――ぼくらがこの国の未来を創る。だから今はゴミ拾い。
「アンタらみたいらロクでなしの大人がそんなだからっ、この国はこんなでっ、このざまなんだっ!」
瓦礫の山に屍の山まで築いて、これ以上どうしようっていうんだ。この国はとっくに壊れて、イカれちまって、それでも残った奴らは必死にしがみついて生きてるのに。過去にしがみついてばかりのイカれた連中が邪魔するな。ふざけるな。じゃなきゃ、この国はゴミで溢れかえって沈んじまう。
――ゴミが無くなったら、家を建てよう。街をつくろう。
ゴミだ。こいつらは人間じゃない、ゴミくずだ。いいぜ。ゴミを片付けるのがオレたち特隊生の務めなら、全部まとめて掃討してやる。
「あああああああああああああああっ!!」
とにかく悔しかった。無性に腹が立った。だから鳴神は己の渦巻く激情を刃に乗せて、手にした太刀を思いっきり振り下ろす。
モニタが鮮血の紅に染まった――。
マーカスは天井が半ば崩れ落ちた廃墟の二階から、戦闘の一部始終を目撃していた。彼のいる建物から一キロと離れていない戦場で、怪物のような多脚戦車とアームスーツが死闘を繰り広げている。
つい今しがたまでマーカスは廃墟の片隅で頭を抱え震えていた。地震のような地鳴りがしたと思いきや、凄まじい砲撃が轟き出したのだ。聖書にある審判の鐘とはこの事か――身を竦めること暫し、恐怖に襲われるマーカスの心は、次第に麻痺していった。怯えて縮こまっていようといるまいと、どうせ砲弾が直撃したら建物ごとマーカスは天に召されることに変わりはない。ならば、何をしていようが同じではないか。
開き直ったマーカスは〝隠れていろ〟と忠告されたのも忘れて行動を起こすことにした。それから何が起きているか確かめやろうという考えが浮かび、二階へと昇った。そこで怪物に立ち向かう黒鬼の姿を見た。慌てて彼は肌身離さず持っていたカメラを取り出すと、望遠レンズを装着してファインダーを覗き込んだ。
巨大な多脚戦車に刃を片手に飛びかかる黒いアームスーツは、まるで風車に立ち向かうドン・キホーテだ。だがアームスーツは恐れを知らぬように、敢然と強大な敵に挑む。駆けつけた同型のアームスーツ部隊がそれを掩護する。激闘の末、ついに多脚戦車が地に倒れ伏した時は思わず「ブラボー!」と快哉を上げていた。
すごいぞ。映画のような大スペクタクルにひとしきり涌き立ったのち、はたとマーカスはジャーナリストとしての本分を思い出す。
慌ててカメラのシャッターを切った。これぞ彼の求めるスクープだ。興奮、感動、恐怖、衝撃。TVの液晶越しでは味わえない
これだ。無我夢中でシャッターを切りながら、マーカスは先ほどまで死の恐怖に震えていたのも忘れ、ひとり興奮に震えた。これを撮るためにオレは大都会を離れ、アジアの魔境までやって来たんだ。
戦場の熱気にあてられたようにカメラを構え続けるマーカスは、この時、音もなく彼の背後に忍び寄る存在があることに気づいていなかった。
***
(著者注:このあと満を持してのモリサン登場から鳴神がヒロインのパンチラに鼻血出してぶっ倒れるのですが、タイムアップにつきここまででござるよ、にんにん( TДT))
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