壱の二「邂逅嫋々」

 鳴神は回収コンテナを切り離すと、〈さきもり〉の背部に備えられた兵装庫ウェポンベイから一振りの太刀を抜いた。刃渡り二メートル余りに達する長大な太刀を手に持つ人型兵器ロボットの威容は、はた目には〝鬼に金棒〟ならぬ、〝鬼に日本刀カタナ〟といったおもむきか。

武活ブカツ〟モードへシフトした黒鬼を駆り、機械仕掛けの脚力で疾走。廃墟を駆ける鳴神の後を黒い機体が追いすがる。同型の一〇式が三体。そのうちの一体、リュウ先輩の操る九六番機キューロクが手振りで合図する。

 各機が即応。四体の黒鬼が隊列を組む。攻撃役の前衛フォワードと掩護役の後衛バックスによる二体一組エレメント、それを二つに合わせた四体編成エシュロンで一つのチームを形成する。鳴神の後ろには大隅の機体。リュウ先輩にはクマ先輩の九七番機キューナナがカバーについた。

 隊列の先頭を走りながら、鳴神は周囲に神経を尖らせる。

「――いたっ!」廃墟の合間を移動する集団を発見。「ケンちゃん、後ろは任せたぞ」

 四体の黒鬼が散開。鳴神は複合探査システムMOSSの捉えた反応の一つ、朽ち果てた雑居ビルの窓から自動小銃を構える人影へと跳躍する。

 宙で手にした太刀――一〇式さきもりの主兵装である一四式ヒトヨンしき対物斬鋼刀AMブレイドを振り被る。残光一閃。高周波振動により蒼白い輝きを放つ刀身が、分厚いコンクリート壁ごとその奥にある男の上半身を真っ二つに両断。勢いよく噴き出した血と臓物が辺り一面に鮮やかな朱色の華を咲かせる。返り血を浴びる間もなく、鋭く地を蹴り跳躍。更なる斬撃を繰り出す。

 剣閃。剣閃。剣閃。廃墟に潜む三人の敵を斬り倒す。

 圧倒的な黒鬼の猛攻に、恐怖にかられた武装ゲリラが半狂乱に銃を乱射。しかし銃弾が殺到するよりも早く、鳴神は一〇式の腕部に内蔵された鋼索式登攀装置ワイヤード・アンカを使って廃ビルをよじ登っていた。遅れて降り注いだ弾丸が、外壁へミシンの目状に弾痕を刻む。

 屋上に降り立つと同時、AIの警告がくる。モニタに目を走らせる。隣のビルの屋上、給水塔の陰から男が肩に担いだ細長い筒の先をこちらへ向けていた。


『対象:成人男性/武装:SAM-Ⅱ 91式携帯地対空誘導弾ハンドアロー・ミサイル/脅威度5』


「――っ!?」ヘリを撃墜したのはコイツか――とっさに鳴神は太刀を投げつけた。

 機械仕掛けの腕力で投擲された刃が、男の上半身を貫いて、そのまま奥の給水塔へ突き刺さる。磔になった相手からワイヤを使って太刀を回収。真っ黒な泥と真っ赤な血の斑模様に染まった九九番機キューゾロのマニピュレータを見て、鳴神は内心舌打ちした。血は放っておくとサビて機体に不調をもたらすし、何より固まると洗い落とすのが面倒なのだ。

 ビュッと太刀を一振り、刃に付いた血を払う。その間もMOSS確認。光学センサオプティカル・モード赤外線センサIR・モード能動式音響センサアクティブ・ソナー受動式音響センサパッシブ・ソナー、マルチ走査スキャン。AIの画像解析システムが空の一角を捉える。TDボックスの画像を拡大してモニタに表示。ヘリの落ちた方角に、パラシュートを確認。――生存者だ。墜落直前に脱出した人間がいる。

 ゆっくり降下してゆく白い点を追うように、地上へ――着地するなり、再びAIの警告がきた。思わぬ伏兵。街路に放置されたサビの浮いた乗用車からのぞく銃口が、こちらを狙い定めている。マズい、後ろを取られたっ。

 鳴神が機体を振り向かせるよりも早く――廃墟の陰から現れた大隅の九八番機キューハチが超震動ハンマーを振り下ろした。一瞬でスクラップと化した車両から、粉々になった破片が盛大に飛び散る。伏兵を排除した大隅が、こちらに歩み寄る。

《危なかったな、ナルやん。ちょいと飛ばし過ぎじゃね?》

「…………ああ、確かに飛ばし過ぎだな」細切れになった破片と肉片のシャワーを真っ向から浴びる形になった鳴神は、頬を引きつらせつつも、一気にまくしたてる。「屋上からパラシュートが見えた。ヘリから脱出した奴がいる」

《マジかよ。誰だか知んねーけど、ほっといたら捕虜になっちまうぜ》今日びゲリラ屋やテロ屋の資金源といえば、密輸に営利誘拐と相場が決まってる。どこの間抜けか知らないが、勝手にとっ捕まって政府に多額の身代金を吹っかけられたらたまったもんじゃない。

 周囲の敵を掃討し終えた先輩たちと合流。鳴神の報告を聞いたリュウ先輩の九六番機キューロクが、頭部センサを光らせ応じる。《同国人を見捨てる訳にはいかん。四〇四小隊、前進だ》

《了解っ!》先陣を切るリーダーのあとに、鳴神たちの〈さきもり〉が続いた。

 再び隊列を組んで廃墟を進みながら、救難信号用のオレンジ発光弾を打ち上げる。呼応するように周囲から次々と信号弾が打ち上がった。長距離無線が使えない環境において、目視による信号で各班との連携を取る。空を切り裂くように幾筋もの狼煙が天に伸びる。最新鋭の近代兵器ハイテクと旧時代の通信手段ローテクが入り交じった、イカれた戦場。中東やアフリカよりも暑い夏の日射しが降り注ぎ、どこの紛争地帯よりも熱い弾丸の雨が降り注ぐ場所――〝日本〟。

 終わりなき低強度紛争LICが続いているこの場所は、きっと世界中のどこよりもイカれてる。だが、例えこの国がどれだけ性質の悪い冗談みたいな有様だったとしても、狂っイカれた連中を野放しにしてやる道理はない。

〝ジャム・スポット〟の作るノイズの渦に飲み込まれないよう注意しながら、鳴神は機体の速度を上げ、一気に戦場を駆け抜けた。



 ジョージ・S・マーカスは戦場の真っ只中にいた。

 すぐそばで銃器AKが轟く。手榴弾パイナップルが爆炎を上げる。それらに怒号と悲鳴の大合唱クワイアが加わり、生と死が紙一重の、凄まじいまでに暴力的な破壊のオーケストラが奏でられている。

くそっシット……なんでこうなったんだ?」

 つい数分前まで彼は軍用車両ハンヴィーの座席で、兵士たちと親しげに談笑していた。

 彼らは同盟国の平和維持活動PKOのために派遣された、国連筑紫島派遣団UNMTの兵士だ。部隊のほとんどは本国アメリカの人間で構成されていた。今の時代、腰の重い国連など頼りにならない。中東でもアフリカでも、紛争地帯で活躍するのはいつもアメリカを主体とした有志連合軍だ。それだけに、この同胞に囲まれたPKO部隊は母国のようアットホームで居心地がよかった。

 軍人らはNYニューヨークタイムズの記者であるマーカスを快く向かい入れ、任務への同行も許可してくれた。PKO勢力圏内における定期パトロール。それはサファリ・ツアーのような安全の約束された任務のはずだった。

くそっシットくそっシットくそっシット

 彼の同行した部隊は突如、ゲリラの襲撃を受けた。全く持って予想外の敵襲だった。彼の乗るハンヴィーは即席爆弾IEDのトラップに後部ドアごと横っ腹を吹っ飛ばされ、その衝撃でマーカスは安全で居心地のいい車内から硝煙渦巻く戦場へと放り出された。

 強打した肩の痛みに悶絶しながら、マーカスは一緒に転げ落ちた兵士に助けを求めた。

 地面に転がる、つい先ほど照れ臭そうにアイダホにいる両親の写真を見せてくれた若い兵士の体には、下半身がついていなかった……。濃厚な死の臭いにマーカスが朝食のサンドイッチを地にぶち撒けているうちに、そこら中で銃撃戦が始まっていた。 

 瓦礫の間を可能な限り身を低めて移動しつつ、胸中には後悔が渦巻く。この取材は名声をつかむチャンスではなかったのか。だが、現実はどうだ? このままでは何もかも失いかねない。マーカス自身の命さえも――。

くそっシット、死んでたまるか」

 泥まみれになりながら、地べたを這いずる。涙に霞む目に、通りの先で銃口を向ける男たちの姿が映る。おお、神よお守り下さいゴット・ディフェンド。マーカスは祈り瞼を閉じる――

 …………だが、いつまで経っても彼の肉体を熱い銃弾が貫くことはなかった。恐る恐るマーカスが目を開くと、そこには驚きの光景が広がっていた。

「な……なんだコイツらは?」

 どこからともなく現れた黒いアームスーツが、銃を構えたゲリラ集団を打ち倒している。一体だけではない。砂塵の彼方から駆けつけたアームスーツ部隊が、瞬く間に敵をなぎ倒していった。人の身の丈ほどもある刃や、大砲みたいなライフルから飛び出す特大の弾丸がゲリラどもを虫けらのように蹴散らす。

「……黒鬼ブラックオーガ

 縦横無尽に戦地を駆ける黒いアームスーツの姿は、東洋の伝承にある怪物を連想させた。呆然とするマーカスに、黒鬼の一体が近づく。逃げる間もなくその鋼鉄の腕に首根っこをつかまれ、猫のように体を持ち上げられる。

ま、待ってくれっプリーズ・ウェイト! 私は非戦闘員ノン・コンバータントだ、ゲリラの仲間じゃないっ」

 まるで値踏みするように、黒鬼は血のように紅い頭部センサを瞬かせる。相手がこちらの情報を読み取っていると気づき、慌ててマーカスは腕章や右腕に付けた電紋認証リングを掲げてみせる。「私はジョージ・マーカス。NYTのジャーナリストだっ」

《……オッサン、アメリカ人か? なんでこんなトコにいんの?》

 出し抜けに黒鬼の搭乗者が喋った。思ったよりも若い――まるで少年のような声と無骨なアームスーツのギャップに戸惑いながら、相手に合わせ日本語で返す。「私は従軍記者なんだ。同行していた部隊がゲリラに襲撃された」

《そんで一人だけ置いてかれたってワケか。オッサン、運がなかったな》そう言うなり、黒鬼はマーカスを抱えて走り出す。ジェットコースタのように激しく揺さぶられること数秒、朽ちた建屋の一つへぞんざいに放り込まれる。《死にたくないんだったら、そこでジッとしてなよ。運が良ければ、後で回収してやるからさ》

 どうやら助けてくれるらしいと悟り、マーカスは首をがくがく振って頷いた。それを確認した黒鬼は、風のように戦場へと舞い戻ってゆく。

 ホッとするのも束の間、今さら体ががくがく震えた。彼らはこの国のアームスーツ部隊なのか――だとしたらマーカスは国際憲章に基づく保護を受けられるはずだ。もっとも、この国の政府がどこまで当てに出来るか、マーカスには分からなかったが……。

 アジアの魔境――出国前にニヤけ面の上司から言われた言葉を思い出す。あそこは世界のどこよりも危険デンジャー狂っているクレイジー、欧米社会の常識が通用しない現代の魔境アメイジング・ワールドだぞ。飲み込まれないよう気をつけろ――。あらためて自分は途方もない危険地帯に踏み込んでしまったと気づいたマーカスは、じめじめ蒸し暑い廃墟の奥でひとり頭を抱えた。



《ナルやんもお人好しだなぁ。人命救助なんて柄じゃなくね?》 

 呆れ気味の大隅に淡々と返す。「敵じゃないから助けただけさ。――それより、墜ちたパラシュートを見つけないとな」

 辺りには米兵とゲリラの死体が転がっているほか、動くものはない。

 四体の黒鬼が四方を警戒しながら、戦闘の余熱が残る街路を移動する。

 一〇式のカメラが撮影した映像からAIが割り出した落下予測地点は、エリアの北西にある鎮守の森だ。ヘリはその手前に広がる田んぼの土手に頭から突っ込んでいた。田んぼといっても、今は雑草だらけの草原と化している。潰れた操縦席でパイロット二名は絶命していた。地に突き刺さったメインロータが、まるで十字架のようだった。

 伸び放題のセイタカアワダチソウをかき分け、手分けして生存者を捜す。鳴神は太刀を収納すると、森に踏み入る。ここには以前、来たことがある。春先に食料調達のため足を運んだものの、朽ち果てた神社があるばかりで山菜も筍も見つからなかった。

 今回は目当てのものをすぐ見つけられた。青々と茂る桜の木の枝に引っ掛かった白い布が風に揺れている。パラシュートの胴帯ハーネスは外れていた。さて……降りた奴はどこいった? モニタを暗視モードに切り替え、薄暗い森を移動。木立を抜けると石造りの階段が現れる。社へ通じる参道の一部。苔生した石段の先に、時を忘れたような古い鳥居が建っている。

 真っ昼間なのに薄気味悪い場所だった。風にざわつく木々が〝近づくな〟と叫んでいるみたいだ。こんな陰気な場所に落っこちたド阿呆にムカムカしながら、鳥居をくぐる。

 熱赤外線画像IRビジョンの作り出すモノクロの視界に、真っ白い影が映った――。

 いつの間にか石段の上に、黒髪の少女がひとりたたずんでいる。まさか本物の幽霊――!? 一瞬、本気マジでビビった。だが、センサの捉えた情報が目の前にいる相手が実在する人間であると告げていた。冷や汗を噛み殺しながら、カメラをズームして少女を観察する。

 鳴神と同年代くらいの女の子だ。腰まで伸びた黒髪に日焼けした肌。白いワンピースの上に見たことないタイプの軍用ベストを着ている。しなやかな足に履いているのは、これまたゴツい軍用ブーツ。華奢な少女には、いかにも不釣り合いな格好だった。

 この……何者だ? センサで相手の電紋認証クラス・ナンバコードをスキャニングしようとした途端――けたたましい警告音が鳴り響いた。


『ジャミング侵度:9.0/ノイズ拡散域:L1 C/A,C,M... L2 P/Y,C,M... L3... G-band... P-band... L-band... S-band... C-band... X-band...』


 ジャミングだって? こんなところで? ありえない。この辺りのCKジャムはとっくに回収済みのはずなのに。それに――なんだこの数値は? 侵度9.0なんて初めて見た。これじゃあ戦時レベルじゃないか。

 突如発生した特大級の電子的汚染。まるでノイズの嵐だ。モニタに目まぐるしく数字が流れる。警告の乱舞。AIがあらゆる対抗手段を講じている。対電子防護AEPシステム起動。妨害波拡散域ジャミング・バラージ欺瞞周波数ディセプションを自動検出。パルス妨害波除去装置サイドローブ・キャンセラ、周波数アジャイル、機体のアンチ・ジャミング装備をフル稼働。猛烈な勢いでブン回される演算ロットの焼けつく臭いが操縦席にまで漂ってくる。電子戦に電力を費やしているため、空調システムがシャットダウン。モニタ画像に砂嵐が走る。自分にもノイズが絡みついてくるような錯覚に襲われ、たまらず鳴神は機体のハッチを開いた。

「――――」

 目の前に少女の顔があった。

 一〇式から顔を出した鳴神の目線と、石段の頂上に立つ少女とが、ちょうど同じなのだ。間近で見る少女の顔立ちは、ぞっとするくらい整っていた。無表情にまぶたを閉ざした佇まいが、年端に見合わぬ超然とした印象を際立てている。

 人形めいた少女の美しさに飲まれかけ――急に耳元で起こったハウリングにハッとする。操縦席に吊るした音楽プレイヤだ。そいつが勝手にチューニング音をかき鳴らしていた。くそっ、なんだよ。ジャミングの影響でイカれたのか? 思わず顔をしかめると、出し抜けに声が聞こえた。《――お前は私と同類か》

 ギョッとして辺りを見る。参道には木々がさわさわと揺れるだけで、静かに佇む少女のほか誰もいない。思考を巡らす間もなく、再び声が届いた。

《その様子では、まだ開眼していないようだな》プレイヤが言葉を発している。《無自覚にこちらと干渉しているのか。興味深いケースだ。そのまま使い潰されるのは惜しいな》

 プレイヤと少女の顔を見比べる。これを通して彼女が喋っている――なぜかそんな突拍子もない考えが頭に浮んだ。バカな。あり得ない。なんでそんなふうに思ったんだ?

 だが、バカな考えを振り払おうとした鳴神の前で――少女がうっすらと笑みを浮べた。

 まるで全てを見通しているような、背筋がぞくぞくするほど妖艶で酷薄な笑みだった。

《お前にこの私を守らせてやる。生きること――それがお前に唯一ゆるされた、この不条理な世界への叛逆だ。鉄血同調剤ナノメタル・ブラッドに脳を侵しつくされる前に、道を斬り開いてみせろ》

 風に揺れる少女の黒髪が、妖しい輝きを放ったような気がした。

 出し抜けに頭に激痛が走る。脳を直接いじくり回されているような、尋常じゃない感覚に襲われ、訳も分からず鳴神は絶叫した。


     ***


 どのくらいその場に立ち尽くしていたのか――。 

 気がつけば鳴神は鳥居の前に立っていた。舌先に感電した後のような、苦い感覚がある。一〇式の状態を確かめる。モニタの示す数値は全て正常、全系統異常なしオール・グリーン。ジャミングは消えている。少女の姿も消えている。あれらは全て、幻だったのか――?

 少女に何か言われた気がする。だが、記憶は靄がかかったようにハッキリしない。こめかみが偏頭痛に罹ったようにズキズキする。鈍い痛みを堪え、鳴神は機体を移動させる。

 機載記録装置ドライブレコーダによれば森に入ってから10分も経過していない。とにかく一度仲間と合流しなければ――ざわつく木立を抜けると、空に上がる信号弾が見えた。

 空に血の染みのように広がる三条の煙。最大レベルの警戒を報せる赤三発。

「次から次へと……なんだってんだ一体。今日はあれか、厄日なのか?」

 舌打ちしながら森を出る。こちらに接近する機影あり。敵味方識別IFFコードを確認するまでもなく、第四〇四小隊の黒鬼だと理解する。

《どこ行ってたんだよ、ナルやん》合流するなり、粟を食ったように大隅がまくしたてる。

「わるい……ちょっと迷った」現実かどうか定かでない少女の件は、ひとまず黙っておく。「何があったんだ? 状況を教えてくれよ」

《マジでヤベーって。コイツらさ、〈東アジア解放戦線〉や〈新日本赤軍〉じゃない――もっと頭のイカれた連中なんだ――》街路に転がるゲリラの死体を指しながら、隊列を組んで走る。

 数ブロック先で凄まじい爆発が起きた。吹き荒れる噴煙の向こうに、地響きを立て移動する巨大なシルエットが見える。

《出やがった!》大隅の乾いた悲鳴みたいな怒鳴り声が、がんがん響く。《鉄血兵器だっ。コイツら〈神州しんしゅう靖国やすくに教導団〉のカミカゼ野郎だったんだっ――》



「はぁ……はぁ……はぁっ……」

 棺桶のように窮屈な操縦席の中で、男は荒い呼吸を繰り返す。

 額に玉の汗が浮ぶ。固く腹に巻いたサラシは真っ赤に染まっていた。すでに〝儀式〟は済ませた。同志との別れの盃も交わし、後はこの身を捧げるのみである。

「神州をけが鬼米おにべいどもに鉄槌をっ! もとかたる売国奴どもに血の裁きをっ!」

 震える手で日の丸を背負った白ハチマキを締め直し、男は辞世の言葉を口にする。

「鉄血玉砕っ!」

 操縦席から飛び出した鉄針が男の延髄に深々と突き刺さる。さらに備えられた機器から伸びる管を通して、彼の肉体へ鉄血同調剤ナノメタル・ブラッドが投与された。体中の血管という血管が励起する。鋼と同化する際に生じる耐え難い苦痛に、堪らず男は目をつぶる。

 ――瞼の裡に、安らかなる故郷が見えた。愛する妻と娘に別れを。我々の還るべき場所はつねに一つ、九段坂くだんざかの桜の下である。ゆえに別れは永遠ではない。先に待っているよ。

「…………靖国で会おう」

 その瞬間、全ては砕け散り、彼は兵器の一部となった。

 電脳が新たな生体ユニットである男の肉体を操り、血走った眼球の動きと連動した複合センサが、攻撃目標である怨敵を次々と捕捉してゆく。

 敵ヲ全テ殲滅セヨ。敵ヲ全テ殲滅セヨ。敵ヲ全テ殲滅セヨ。敵ヲ全テ殲滅セヨ。敵ヲ全テ殲滅セヨ。敵ヲ全テ殲滅セヨ。敵ヲ全テ殲滅セヨ。敵ヲ全テ殲滅セヨ。敵ヲ全テ……

《コココ国賊クククどもはハハハ、すべべべべべて駆逐するルルゥゥゥぅぅぅっ》

 鋼鉄の器の中で、かつて男であった存在が、口角から血の泡を垂れ流しながら、狂気の咆哮を上げた。

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