最終話:青い桜🌸

 わたしは地元の街に帰ることにしたよ。


 泣きたいけどさ。


 でも、決めたんだ・・・ううん、違うな。


 最終的に決断したのはキミだよね、って言う人はいるよね。

 進学の選択、就職の選択、結婚の選択、場合によっては人間の生死すら選択した結果責任はキミにあるよね、っていう人はいるよね。


 いじめられる選択をした子っているかな?

 病気になる選択をした子っているかな?

 虐待される選択をした子っているかな?

 災害に遭う選択をした子っているかな?


 ねえ。

 誰か、教えてよ。


 せっちゃんは最後まで優しかった。

 常連のみんなに声がけしてお別れのささやかなコーヒーパーティーを開いてくれた。

 アベちゃんも、ハセっちも、クルトンちゃんも。

 涙を浮かべて別れを惜しんでくれた。


 でもボンは。


 わたしが地元へ帰るって言って以来、一言も口をきいてくれない。


 わたしは、数少ない、自分が本当に自分自身でできる選択をしたい。


 わたしはこの街を離れる日の朝、ボンを花見に誘った。


「ボン・・・」

「・・・・・」


 ボンは頷きもせず喋りもせずにスーツケースをガラガラと引くわたしから少し後ろに離れて歩いて着いてくる。

 花見には無言で応じてくれた。

 駅の向かいにある文化財に指定されている小さなお寺。その境内に一本だけ桜の花が咲いている。


「こんにちは。桜を見させてください」

「ええ、いいですよ」


 ご住職の返事に軽く頭を下げて本堂の御本尊が見える前の庭にある桜の下にボンと2人して立った。


 老木なんだ。

 横に伸びる枝を支え切れず、支柱が建てられている。

 でも、他者の力を借りて伸びているその枝の桜が、見事なの。


 満開少し前。

 老いているからなのかな、花びらの色はピンクが一切混じっていないんじゃないかって思えるぐらいに白い。

 白いんだよ。


「ねえボン。青春って、なんで青い春って書くか、知ってる?」


 やっぱり返事がない。

 わたしはそれでも続ける。


「わたしの説はね、ココロがブルーだから。若さは常に挫折するから。だから青い」

「違いますよっ!」


 ボン・・・


「エンリさんの目のその白目は、青みがかかるぐらいの白さです。新鮮なんです。見てください」


 ボンは背伸びして散り落ちて中空に舞っている途中の花びらを1枚、すっ、と手の平に掴んだ。


「この白。青いぐらいに白いじゃないですか」

「・・・ボン、あのね」


 わたしは花びらごとボンの手を潰れるぐらいに強く握ったんだ。

 そして、泣いたよ。


「ずっと、好きだった。ボン」

「僕も、ずっとエンリさんが好きでした。今だって大好きです」


 わたしたちは大人だ。

 お互いの体も知ってる。


 でも、まるでわたしたちは卒業式の桜の下で告白し合う中学生みたいに、プラトニックだった。


「さよなら」


 わたしはボンと別れて、せっちゃんのダイナーを素通りして、電車に乗った。




 ・・・・・・・お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。

 @naka-motoo

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