第5話 死にたい人の死

 水上と品川は、二の宮に教えられた殺人犯の家へ向かう。品川は陽気に、歩きながらお猪口でスピリタスをストレートで飲んでいる。


「やっぱ、殺されちゃうのは人間の生存本能っていうのかさ、今でもためらいがあるんだよね。まー、僕は死ねれば満足するんだけどな。本能くんがさーやめてくれやめてくれって言うんだよ。だから本能を麻痺してやった」


 三分の一スピリタスを飲んだ品川はそう言った。あれ、ほぼほぼアルコールだし、そんなに死が怖いんだなと水上は憐れに思った。


「そんなん飲んでたら胃がんになるんじゃねーか?まあこれから死ぬ人間にはかんけーねーかもしれないけどな」


 曖昧に、発言の真の意味を理解せず表現上だけの発言をする。昔からそうだった。俺はいつでもそうだった。

 人の心なんかわからないのだ。いや、誰でも脳を検査されない限りそんなもんだろと思ってはいるが、それでも長年付き合ってきた友人の心もわからない、俺はそんなやつなのだ。


「あはは、僕の叔父さんは癌で死んだけど死ぬ間際、危篤のときに触った手は冷たかったなー。まるでもう生きることが限界です!みたいな。水上、僕が死にかけてるときは手を握っててくれよなー。死につつある人間の温かさ、君も理解しておくといいよ」


酒に強すぎて、スピリタスを飲んでもほんのりとピンクにすらならない真顔で品川は言った。


「じゃー、お前が死ぬときは看取ってやるからな。俺に看取られることを感謝しろよ」


 水上はそんな冗談しか言えなかった。彼はそんな人間なのだ。


「ははは、うれしーな。あっ、着いたよ殺人犯が今いるらしい倉庫に」


 レンタル倉庫の外見は、例えば工事中に建っている仮の建設小屋みたいだった。期間が経てば壊されそう。そんなことを水上は想った。


「さーて、ここだ。コンコン!!殺人者さーんいますかー?」


 殺人者が住んでると二の宮に教えられた倉庫と扉をガンガンとノックする。そうすると、中からコンコンと控えめなノックが返ってきた。


「おっ、殺人者さんいるみたいだな。鍵開いてるみたいだし勝手に入ろっと。おーい!殺人犯さーん!僕を殺してくださーい!」


 そう言って、ズカズカと倉庫に入っていく品川を水上は抑止できずにつられて入ってゆく。


 殺人者さんは顔を目出し帽で覆い隠し、倉庫のほぼ真ん中にある椅子に座っていた。


「殺人者さん♪僕を殺してくださいよ♪僕って死にたいんです♪だから、殺してくれると嬉しいな♪」


 品川は歌うようにそれらの言葉を奏でてゆく。


 しかし、殺人者はフルフルと首を降った。品川のことを殺すのを拒否する意思表示をするかのように。


「なんで、僕を殺してくれないんですか!僕はこんなにも死にたいのに!」


 フルフル。


「あっ、もしかして希死念慮持ちの自殺志願者は殺さない方針?」


 フルフル。


「じゃあ、なんで僕のことを殺さないんですよ!」


 フルフル。


「お前は僕の希望だったのに」


 そう言って品川は倉庫から飛び出して全速力でどこかへ行ってしまった。おそらく、山の方であろうか?


 俺は殺人者さんに質問をする。


「俺が品川のこと好きだから殺さないんですか?」


 殺人者さんは首を縦に振った。


「あいつのアルコール依存症、あいつの希死念慮、どうにもならないじゃないですか!殺してあげてくださいよ!」


 殺人者さんは首を横に振った。


「君は彼の最期までそばにいる友人でいてほしい」


 殺人犯さんはそう言った。


「ッ……!」


 たまらず、倉庫から俺は駆け出した。たぶんアイツが向かっていった山の中へと。


______


「おーい、水上、いるかー?」


 ザクザクと落ち葉だらけの山の中を、品川を探し俺は歩く。


 山の遭難者ってヘリとかで探すんだよなー。そんな状況に水上がなってないといいけど。まあ、そうなって遭難死したらそれはそれで品川の本懐なのか?


 月明かりの中、捜索は続いた。しばらく探すと横道からずれた崖の縁に品川は立っていた。


「なあ……。僕は結局自殺するしかないのかなぁ。希望の光であった殺人者さんにも嫌われてしまったしよぉ……」


 ぽろぽろと涙を流しながら品川は水上に言った。自殺することに非常な恐怖を抱いているようだ。


 水上はそんな品川の背中を押す。


「じゃあ、俺が殺してやるよ。この高さの崖だ。生きて生還することはないだろう」


「ありがとう。水上、大好きだよ」


「ありがとう。品川俺はお前を愛してる」


 トン、と背中を押すと品川は崖の底へ真っ逆さまに落ちていった。暗くて見えないがうめき声もないしおそらく即死であろう。


「また地獄で会おうな」


 そう言うと、水上はたまたま咲いていた冬の花を崖の底へ投げ入れた。水上の目に一粒涙がこぼれ落ちた。


______


 あれから一週間、テレビの放映で一人の男性が山の崖から落ちて死んだことをテレビで伝えられた。


 主観的にも客観的にも品川は死んだのだ。品川が部屋に残していったビールやらジンやらその他諸々の空き缶や空き瓶をアパートのゴミ入れに水上は捨てた。


「さーて、俺はどうやって生きてどうやって死んでいこうかねえ」


 朝焼けの中、太陽の光を浴びて水上はそう独り言を言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死にたい人と 近江 コナ(柳葉 智史) @ohmikona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ