3000字版
年に一度、
その日、村の男達は、御山に登る。落ちてきた星を採るために。
御山に登ることができるものならば、皆。父親に連れられて登る幼子から、休み休み登る年寄りまで。
はしゃいだ子供が二人、駆けて抜かしていく。
「あまりはしゃぐと転ぶぞ。足下に気を付けろよ」
後ろから、注意する声が飛ぶ。ある程度踏みならされた道とはいえ、石や木の根が足をすくおうとし、枯れ葉が滑らせようとする。
言っているそばから、一人が転ぶ。目には涙がにじんできている。
「ほら、足下をちゃんと見てないからだぞ」
近くにいた大人が一人、助け起こす。ついた泥を軽くはたき、ほら行くぞと促した。
先ほどはしゃいでいた二人も今は、人の流れに従って登る。
頂上に着く。星が降ってくるには、まだ早い。
小屋でしばらく待つことになる。
先客がいて、後からも続々と人がやってくる。とは言っても、村中の男が集まったところで、百人程度なのだが。
「お前は今年も、母ちゃんに渡すのか?」
少年の会話が耳に入ってきた。問われた方は口ごもっており、なんとも初々しさを感じる。
星を採って、大切な
そう、最初の相手は母親だ。それがいつしか、好きな娘へと変わる。
問われた少年は、ちょうどその変わり目にいるのだろう。
日が沈み、男達は小屋を出る。降ってくる星を採るために。
空を見上げ、目標を定める。そして、地面に落ちる前に、できるだけ衝撃を与えないように受け止める。
星は、地面に落ちる前に、衝撃を与えずに受け止めるのが、最も美しい。その輝きは、衝撃で曇るから。
けれども、落ちてくる星を受け止めるのは危険なもの。毎年、何人かは怪我をする。大抵は、一つに神経を注いでいたために、他の星に気付けず当たってしまうというものなのだが、上ばかり見て移動したが為に躓く場合もある。
幼子や年寄りは、星が落ち着くまで小屋で過ごす。降り止んだ後に、落ちているものを拾えばいいのだ。大切なのは、この日御山へ登って、星を採ってきたということ。
小さな子は、いつかあんな風に星を採るのだと、憧れを抱いて見ているし、年寄りは若い者は元気だと見ている。
一つの星を採り、早々に山を下りる者もいれば、最も良い星を得ようといくつか採って比べる者もいる。
二つの星を手にしたところを目ざとく見つけられ、男の子に声を掛けられた。
「なあ、にいちゃん。いらない方、ちょうだいよ」
男の子は今年が初挑戦なのだろう。落ちてくる星を受け止めるのだ、恐怖心との格闘も、コツも必要だ。
「自分で採らないと駄目だろ」
「どうせ持って帰るのは一つなんだから、いいじゃん」
採って帰る星の決まりは二つ。一つ目は、一人が持って帰るのは、一つだけ。だからこそ、少しでもいいものをと何度も挑戦をする。
「
決まりの二つ目は、男は星を貰ってはいけない。星を貰うのはあくまで女性。
「いらない方を、そっと地面に置いてくれればいいんだって」
けれどもそれは、あくまで直接貰ってはいけないというだけ。誰かが捨てた星を拾うのは、構わない。直接地面に落ちた星と、誰かが捨てた星は、受けた衝撃が異なる。つまり、輝きが異なる。
誰かが捨てた星を拾うのは良くあることだ。
星が降り止んだ後に、小さな子が目指すのは、こういう誰かが捨てた星。
けれども、ここまではっきりと、欲しいと訴えるのはいかがなものか。
さて、どうしてやろうかと考える。
男の子の望みに応えて、そっと地面に置いてあげるか。無視して、離れた後で捨てるか。目の前で、地面に叩きつけるか。
取った行動は、四つ目の選択肢。片方の星を、遠くへ投げた。
「降ってくるのを受け止める気がないのなら、小屋で待ってな。やる気があるんなら、受け止めるのを手伝ってやる」
必要なのは、降ってくる星に立ち向かう勇気、それとできたという達成感。まずはそこからだ。
星を採ったら、そこで終わりというわけではない。次に加工が待っている。
頂上の小屋にも、いくらか加工できる用意はされている。そもそも、この日の為の小屋だから、それは当然と言えば当然のことである。
けれども、細かな作業を落ち着いてしたいのであれば、家に帰る必要があった。そういう者は、夜の山道を下る。
採った星をそのまま渡すことが許されるのは、小さな子供だけ。
どれだけ美しい星か、どれだけこまやかな細工をした物か、それは贈る側にとっても、贈られる側にとっても、想いの強さを示すものなのだ。
翌日までに、必死に加工する。ただ、加工は採る時ほど、他人の力を借りてはいけないということはなく、小屋では色々と手ほどきを受けることができる。
大抵は、装飾品に加工する。いつも身につけていられるように。
◇
「良い物はできたかい?」
朝、居間に入ると母に尋ねられた。その母の髪には、新しい髪留めが輝いている。
「うん。それは父さんから?」
「そう。角を取って、穴を開けて紐を通しただけ。あの人は手抜きなんだから」
そうは言いつつも、嬉しそうだ。
「あんたは、そんなに手抜きをするんじゃないよ」
「わかってる」
父は、夜が明けてから山を降りたはずだ。誰かに、星を丸める方法や、穴を綺麗に開ける方法を教えながら、作ったのではないだろうか。
手抜きだと言いつつも、母だって丁寧に作られたことは分かっているだろう。本当に手抜きなら、そんなに綺麗に磨かないし、紐を通す穴だって磨かれていなくて、もっと滑りが悪い。引っかかりで、すぐに紐が傷んで切れてしまう。
「今年もあの子にかい? あーあ、小さい頃は曇った石をそのままお母さんにってくれたのに。時が経つのは早いもんだよ」
毎年変わらない母の言葉。きっと、年頃の男は同じようなことを言われているのだろう。
いや、ずっと言われ続けるのだろう。小さい頃はどうだったと。
「朝ご飯食べたら、届けに行ってくる」
向かった先は、彼女のお墓。
三年前、病で他界した。星夜祭の贈り物を楽しみにしていると、それまでには元気になるからと、そう言っていたのに、その日が来ることはなかった。
彼女がいないのに、贈る人がいないのに、星を採る意味なんてないと、そう思っていたのに、父が声を掛けてくれた。あの子に贈る星を採りにいくんだろ、と。今までで一番の物を贈るのだろ、と。当然のように。
墓前に、作ってきた布止めを供える。
「今年は、きれいな赤い星が採れたんだ。だから、花の形にしてみた。きっと、似合うよ」
寒さが落ち着いた頃に咲く、真っ赤な花が彼女のお気に入りだった。
赤い星だということはわかっていた。けれど、実際に受け止めて、はっきりとその輝きを見た時に、その花が浮かんできた。
ある時、その花を手折り、髪に
翌日も、翌々日も、その次の日も、供えた贈り物はその場にあった。
去年や一昨年は、翌日にはなくなっていたのに。誰かが持って行った、動物が持って行った、それらの可能性が高いことはわかっていたが、彼女が受け取ってくれたように感じていたのに。
今年は、「もうそろそろ私はいいよ。大切に思える人を見つけて」ということなのだろうか。
「これは、キミのために採ってきて、キミのために作ったんだ。最後でいいから、もらってよ」
時は、残酷に流れていく。
星夜祭 陽月 @luceri
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