この個性は多様性として受け入れられるのか? 〜 魔王撲滅委員会 〜
幼い頃の海の記憶
ただ泳いでいた私は
顔を上げた瞬間に近くにいた男の子から
バタ足で水をかけられました
やり返されたのだと気づくまでに
時間はかかりませんでした
でも私は
そこに男の子がいて
わざとかけてやろうとだなんて
思っていなかったのです
しかし、しかしですよ
たとえ私に悪意がなくとも
相手を不快にさせたのなら
私は悪です
仕返しをされても仕方がないのです
私がみんなに嫌われてしまっているのは
おそらくそういううっかりを
積み重ねているからなんでしょうね
A「ま、待ってください。たしかに自分は『わからない』と言いましたが、拒否の意思はありません」
魔「言い訳はいらぬ! 私は魔王だ。テキトーにはいはい頷けばいい!」
A「せっかくだから、詳しく知りたかった
だけなのに」
魔「くらえ! 最大魔法──うっ」
A「正当防衛で倒してしまいました。……はあ、魔王を名乗る人物に会ったのはこれで四人目。多すぎません?」
狐「じゅーん」
A「こんな街中に狐? まさか、この魔王さんのお友達?」
弟「あんたの友達になりたがっている、良夜だった奴だよ」
狐「じゅーん」
A「すり寄ってきました。癒されます……って、良夜さん?」
弟「どっかのアンジョーがうちの兄をいじめたんだよ。そのショックで狐になったんだ」
A「………………自分のせいなんですか?」
弟「自覚なしか。ふざけんなよ」
A「でも、狐になるように命じていませんよ」
狐「じゅん」
弟「良夜だったときのこいつと、狐になった良夜、どっちがいい?」
A「狐」
弟「ほらあ! だから狐なんだよ!」
狐「じゅんじゅん!」
A「大きな声を出さないでください。狐さんが怖がっています」
弟「お前のせいだからな……お前のせいだからな」
尼「ごめんください」
A「ボーガンを持ったシスターだ。……シスターが殺生?」
弟「魔王狩りだ。魔王になった人間を説得し、場合によっては……駆除する」
A「物騒な物言いですね。この街は、魔王が溢れているんですね」
弟「魔王は世界を変える影響力を持っている。だから厄介なんだよ」
A「世界を変えることは良くないことなんですか?」
狐「自分にとって都合が良くても、不満を感じる人が世界を塗り替えるんだよ」
A「狐がああ! しゃべったああ!」
尼「最近では魔王が多く見られます。できれば予防したいと思うでしょう。だから……」
A「なぜ、自分の手元を見るんですか?」
尼「さっき魔王を倒したときに使ったその鋏で切ってほしいものがあります」
狐「そして我々は病院に移動した」
弟「病室か? ベットの代わりに王座? なんか座らされているみたいだけど、病人?」
A「みなんはたくさんのチューブに繋げられています。難病とはいえ多いのでは」
尼「チューブではなく縁です。そして、魔王化の原因です」
A「どういうことなんですか?」
尼「魔王候補はそれぞれ不幸を感じています。その不幸の原因は人間関係なのです」
狐「じゅんじゅんじゅん」
弟「悪い縁を切って魔王にさせなければいいのかって言ってる。おいアンジョー」
A「はっ。このハサミで切るんですね! わかりました。でも、どの糸を切ればいいんですか?」
尼「触ってみてください。思い出が頭の流れてきます」
A「そこのゴスロリガールさん! こんにちは! 可愛いですね! 自分、可愛い女の子は大好きです!」
男「あ、こんにちは。ありがとう」
A「声がガラガラですね。風邪なんですか? それとも魔王症候群の症状なんですか?」
男「ただの変声期だよ」
A「なるほど。体は男なんですね」
男「僕の性自認は男だよ」
弟「ああ? なんか混乱してきたぞ」
男「女装趣味のバカだよ。性同一性障害ならまだ納得してもらえたんだろうね」
A「諦めましょう」
弟「そっけないな」
A「あなたは、好きだからそのような格好をしているんですよね? あなたの好きは人を傷つけないので、他人の反応は気にしなくて構いませんよ」
男「シンプルで良い考え方だね」
A「開き直るしかないですよ。分類できない、見た目では判別がつかない。それでは理解されないので。それに……」
男「それに?」
A「勇気をだして、いくら頑張って伝えても、相手は自分の理解できる形で認識を捻じ曲げるんです」
弟「なに落ち込んでんだよ。完璧に分かり合えることなんて不可能だ。だからみんな諦めながら生きていくんだよ」
狐「じゅん……」
A「いいえ。自分はすでに諦めているんです。そうじゃなくて、相手にも諦めてほしいんですよ」
弟「どういうこと?」
男「それ、わかる。ためしにこの硬そうな縁を触ってみてよ」
弟「頭に映像が……女子がいる」
男「告白された。断る理由がなかったから付き合ってみたんだけど、失敗した」
A「貴方が、彼女の思い通りに動かなかったからなんですね。……気に食わないです。なにより、付き合えば女装癖が治ると信じている確信にイラつきます」
弟「治るってなんだよ。だいたい、なんでこの女子は告白したんだ?」
A「価値観が合わないことはあっても、相手の好きを軽々しく否定してはいけませんね」
男「なんにせよ、相手の望んだ通りに動けなかった僕が悪いんだよ」
A「ひいい。その反省は私に効きます……ぐす」
狐「じゅん」
A「ありがとう狐さん」
弟「良夜だよ、いい加減にしろ」
A「私は相手の気持ちを汲み取れません。優しい人になれなくても、せめて都合の良い奴になりたいとは思っています」
男「どっちも同じ意味だよね?」
弟「おいアンジョー。その努力が報われて、あんたに心を開いた人があらわれたらどう思う?」
A「図に乗るな」
狐「じゅーん!」
A「あるいは、無理が報われてよかったと安心するかもしれません」
狐「じゅじゅじゅじゅ!」
弟「うちの兄を傷つけるな! 優しくしてくれる人を泣かせるくらいなら、無理してでも都合の良い奴を貫き続けとけよ!」
A「錯覚はいけません。誤解はとくべきです」
狐「誤解させたのは君の行いのせいなのに」
病「あー、わかるよー。最初は優しくしてもらっても、だんだん相手を不快にさせるってあるあるだよねー」
A「気だるげなお姉さんこんにちは。……素敵です。ダウナー系って良い」
弟「なにげにストライクゾーン広いよな。女性なら誰でもいいのかよ」
A「誰でもいいわけではないですよ。自分好みの見た目をしてくれないと」
病「あたし、早起きができないんだよね。目が覚めてすぐに身体を動かせない」
弟「なにかの病気ですか?」
病「精神的なものだから病名はついていないよ。そのせいで、怠け者というレッテルを貼られたけどね」
A「あなたからしてみれば、深刻な問題ではありませんか?」
病「まあね。寝起き以外はちゃんと体は動かせるからね。なんでだろう」
A「縁を触ってもいいですか…………。お姉さんを叱ってくれる人やアドバイスをしてくれる人ばかりですね。辛いです」
弟「アドバイスも辛い? 彼女のためを思っているのに?」
A「正しい世界を生きている人が正論を言っただけだって、わかっているんです」
病「私の欠点は、ちゃんとしろで一蹴されるタイプだから。ちゃんとできるみんなが羨ましい……」
弟「ちゃんとしろって言葉は曖昧だ」
A「その言葉を使う人は、自分が当たり前にできることは他の人にもできて当然だと思っているし、できない人の気持ちに寄り添ってくれない」
弟「だからってふてくされるのか?」
A「人によって許容範囲が違うから、めんどうなんです」
弟「めんどうって……他人事じゃねーだろ」
A「いちいち、許される段取りをするのがめんどうなんです。ちゃんとできないって、悪なんですか?」
魔「当たり前だ。ちゃんとしていることは前提で、できないのならできる努力をするべきだ」
尼「魔王! しかしあの人は優等生よはず! どうして?」
魔「怠け者が許されるこんな世界は不平等だ。みんな我慢しているのに、どうしてしっかりしないのだろう……」
弟「しっかりすることって、我慢することだったのか。だったら、ちゃんとできない人は許せないだろうな」
A「はーあ。嫌になりますよ。自分も、一目で障がい者とわかる人になりたかったです」
魔「おい、その発言は、障がい者に失礼だろうが!」
A「あなたの考え方は、ちゃんとできない人に配慮が足りないんですよ! 一見普通そうな人だからといって、あなたの思いえがくちゃんとできる人だと、勝手に期待しないでいただきたい」
尼「Aさんが魔王に飛びかかった!」
狐「あの子はみんなのために立ち向かったんだよ。自分一人だけなら、我慢したよ」
尼「なんか、喋ってますよ。この狐」
弟「狐じゃねーよ。ていうか、離れよう。魔王は黒い雷落としてくる」
魔「一人よがりが勝ったところで、世界は怠け者を許さない! 社会に従順できるよう変わってくれよ!」
A「話をそらさないでください。自分、あなたが気に食わないからおパンチをしてやりたいんです! だからこの戦いがムダだとか、正論を言ってやったとか、そういうことはどうでもいいんです」
弟「……派手な攻撃のせいで距離が詰められない。ん? なんだ? 椅子に座らされた魔王候補の皆様方が光りだした!」
男「あの子だけ悪者になってたまるか! 僕だって文句を言いたい!」
病「こっちだって我慢しているし、無理しているっての」
弟「仲間や信念のために一斉魔王化しちゃったよ……」
狐「みんなが拳を握りしめて立ち上がった。ここから先は我がままの殴り合いだ。今の世の中、相手に自分の意見をおしつけることは重要だ」
尼「平和ではありませんね。南無三」
僕「そこまで!」
魔「あ、足元に穴が! 落ちる―!」
尼「どういうことでしょう。小さな子供がスコップで足場を崩しました」
僕「これでいったん、争いはなくなりました。そこの狐さん。話し合いは得意なのになに狐になっているのですか」
狐「ご、ごめんなさい」
A「謝った……」
僕「分別をつけることは、禅の世界では良くないのですよ。この世界は区別ばかりですが、みんながありのままを受け入れれば、平和になるのに……」
病「禅かあ。山にこもって修行して悟りを開いてまで平穏を求めなていないかな」
僕「では、世界改変の力を授かった魔王のみなさんにひとつだけ覚えてほしいのです」
男「禅の教え? 難しいのはパスだよ?」
僕「禅の教えで、柳は緑で花は紅、ありのままだから調和がとれて美しいという考えがあります。違っていてもバランスが取れている。それなのに柳を花にするから辛くなります」
A「自分の気持ちを分かってほしいからと相手を変えさせようとするのは傲慢」
僕「十人十色が認められる世界にするため、まずはみなさんがこうするべきだという先入観に負けないでください」
男「……こんな幼い子からためになる話をきけたかも。ありがとう。もう少し頑張ってみようかな」
病「みんなが無理をしなくても怒られない世界について考えてみるよ。ありがとう。そろそろ朝になるから、息苦しい生活に戻るか……」
尼「あら、みなさんが帰っていきます。魔王になった以上、野放しにするわけには……」
僕「ここにいるみなさんは、ちゃんと考えてくれるでしょう」
弟「たとえ暴走したとしても、お前は受け入れるのか」
僕「助けます。それが僕だから」
A「あのー、あなたは何者なんですか?」
僕「この街では助っ人として登場しただけです。あなたの敵はないのでご安心ください」
A「すごいです、この人。ちいさいのに、しっかりしています」
僕「次の街で会いましょう」
A「次回予告ですか?」
僕「僕は、あなたと同じ悩みを抱えています。今度は同志として登場するでしょう」
A「そうですか。ではまた、次の街で」
永若オソカ @na0ga50waca
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