最終話「今日から二人はコンビニコンビ」

 世界の危機は去った……それが、三ヶ月前。

 あれからまた、ソロモニアに日常が戻ってきた。相変わらず、祭終迷宮エクスダンジョンディープアビスは千客万来せんきゃくばんらいである。ここは最後のフロンティア、冒険すれども先は尽きず、毎日新しい発見が地上をうるおす。

 祭の終わりにも似た熱狂、そして終わらぬ祭のように騒がしい。

 そんな中で、ヨシュアはブレイブマートの切り盛りに大忙しだった。


「っしゃ、セーレ! あとを頼む! 休憩入るぞ」

「ほいほーい、いってらー! って、ちょっとお客さーん、タダでお尻でるのやめてねぇん? おさわり厳禁だよん?」


 タダじゃなきゃいいのかよ、と思いつつも、口には出さないヨシュア。彼は混雑する店を出て、吹き抜ける風に汗を乾かす。

 ここから見下ろす第二階層『翠緑林ノ禁地スイリョクリンノキンチ』は、平和な森に見える。

 しかし、一歩足を踏み入れれば、生きて帰ることすら困難な魔宮が広がっていた。

 ヨシュアは腰に手を当て、ふうと一息……その間も、行き交う冒険者達はひっきりなしにブレイブマートを出入りしている。その声が、かすかにヨシュアの耳をくすぐる。


「しっかし、今度もやばいよな。第三階層、地下十五階!」

「またあの連中に頼むか? ええ? 手柄をくれてやるようなもんじゃないか」

「絶対に嫌だね、次こそ富と名声は俺の、俺達のものさ!」

「その意気だ、飯を食ったらすぐに出かけよう!」

「ああ! とっておきの魔法をぶちかましてやるぜ、あのクリスタルドラゴンにな!」


 そう、第二階層は先日ついに攻略された。

 今は、その下の第三階層『七色水晶ノ神殿ニジスイショウノシンデン』へと冒険者達は進んでいる。

 相も変わらずソロモニアは、剣と魔法が支配する神秘の世界だった。

 思わずヨシュアも、活気付く周囲に自然と笑みがこぼれた。


「はは、もう第三階層も終盤か……水晶の龍、ちょっと見てみたいけどな。……今日も華やかなりし魔法文明、繁栄と栄華ここに極まれり、かあ。サンキュな、ルシフェル」


 すでに去ってしまった堕天使だてんしへと、独り言のように呼びかける。

 結局ルシフェルは、再び封印されることを望んだ。こうして六つの大罪はその全てが再び眠りにつき、今も魔法をこの世で行使させている。

 ――与えることで得られる、それが愛。

 そう言った少女の言葉を、彼は信じてくれたのだ。

 そして、去りし神々の持つ力を、人間達に魔法として与え続けている。

 いつかソロモン王の言ったように、人間は自分の力で最終階層『全理全忘ノ氷獄ゼンリゼンボウノヒョウゴク』へたどり着くかもしれない。その時、今まで魔法という力で人間を支えてくれた、心優しき堕天使に出会うだろう。

 彼の求める愛は、未来へたくされたのだ。


「あっ、ヨシュアさ! なにしてるだ、準備できたども、ずーっと待ってたんだあ!」

「お、悪ぃ悪ぃ。任せちゃってすまなかったな、グリット」


 少し歩けば、ブレイブマートの建つ丘の広場に出る。

 そこには、巨大な魔法陣と共にグリットが待ち受けていた。今は充電用のケーブルを抜いて、体内のバッテリーとかいうもので動いているらしい。

 彼女は自分の休み時間を使って、儀式の準備をしてくれていたのだ。

 そう、儀式……今日再び、ヨシュアは生きるか死ぬかの召喚を行う。


「オラァ、教えられた通りにやっといたど! ミクロン単位のズレもないだよ」

「助かるぜ。んじゃま……って、おい。なんだよこれ……ったく」


 見れば、知らぬ間に周囲には人だかりができていた。

 無理もない……今やブレイブマートの店長代理を知らない人間はいないのだ。

 ヨシュアとその仲間達こそ、ソロモニアの危機を救った英雄……唯一、ディープアビスの最終階層と真実を知る者なのだ。

 だからこそ、ヨシュアは皆と共に口を閉ざしてきた。

 人間は、それを自力で知らねばならないのだ。

 あのエレベーターの縦坑たてこうも、今は攻略済みのフロアまでしかいけないようにしてある。

 そんな訳で、周囲には冒険者達が大勢で輪を作っていた。

 その中から、見知った顔が歩み出る。


「やあ、ヨシュア。やっと決心がついたんだね……もう、オレは待ちくたびれたよ」

「その気になったなら、さっさとやりなさいよ! 我慢してたの、あんただけじゃないだからね! ……因みに失敗したら消し炭にするから」


 シレーヌは手元のフラスコの中に、バチバチとスパークするプラズマを閉じ込めている。紅蓮ぐれんの錬金術師様が最近ってるのは、ブレイブマートでも使われている電気だ。近い将来、蒼雷そうらいの錬金術師をも名乗りだすかもしれない。彼女のエレキテルは、冒険での戦闘は勿論もちろん、医術の分野でも活躍していると聞く。

 それよりヨシュアが驚いたのは、シオンだ。


「お前……なんだよ、その格好」

「うん? ああ、似合ってるかな?」

「まるで女の子だぞ、どうした?」

「……オレは元から女だけど。ま、オレが一緒に冒険したいのは、ヨシュアやシレーヌ、そしてもう一人……今更いまさら新しい仲間を作る気分じゃないし、今は普通の女の子を満喫したいのさ」


 普段は男装の麗人であるシオンが、見目麗みめうるわしい姿で立っている。

 男勝りな剣士は今、深窓しんそう令嬢れいじょうといった雰囲気のドレス姿だ。

 彼女はあれから、冒険に出てはいない。ただ、あの戦いを最後まで戦い抜いた、一人の勇者を語る旅を続けている。書にしるして世に広め、吟遊詩人ぎんゆうしじん達と歌い歩く。それが、彼女なりの敬意の現し方なのだった。

 シレーヌもまた、自分の工房で錬金術の研究を中心に活動している。

 そして、この世界の者ならぬ少女もまた、すっかり居着いてしまった。ブレイブマートのエプロンが似合う彼女は、三白眼気味さんぱくがんぎみのジト目でヨシュアをすがめる。


「ま、さっさとやるスよ……自分、ヨシっち達のヴァルハラへのスカウト、あきらめてないスから」

「いや、死なないから。俺は戦死しないから」

「でも、この召喚は命懸けと見たッス。失敗して死んだら、自分がヴァルハラに連れてってあげるスよ? 三色昼寝付き、年に一度の昇給もあって……が住み込みで世話してあげるス」

「……いらねーよ。誰がエリートワルキューレだ、誰が」


 レギンレイヴもまた、まだソロモニアにいるのだ。

 あんなに帰りたがっていたのに、今ではすっかり馴染なじんでいる。

 そんな仲間達にかされ、よしとヨシュアは気合を入れた。

 文字通り、死ぬ気で息を吸って、肺腑はいふに留める。

 そうして、魔法陣へ向かって叫んだ。


「リョウカ……お前を呼ぶけど、いいよな? 言いたいこと、言うけど……いいよな!」


 そして、今まで胸の底に押し込めてきた想いがあふれてほとばしる。


「なんだよ、神様の愛とか、勇者の愛されっぷりとか! 見せなくてもいいんだよ! 俺は見たくなかったよ! ……お前がいなきゃ、ブレイブマートの大繁盛を誰に自慢すりゃいいんだよ!」


 誰もが黙ってヨシュアを見守った。

 魔法陣は、静かに光を帯びて輝き出す。

 一度本音の本心を叫んだら、せきを切ったように言葉が止まらない。


「なんで帰るんだよ、いなくなるなよ! 俺はもっと、お前といたいよ。お前と話して、お前を笑顔にしたいよ! 俺は、俺はぁ……お前を好きになってるらしいんだよ!」


 光が舞い上がった。

 それは、巨大地下空洞の高い空へと吸い込まれる。

 静寂、そして沈黙。

 誰もが言葉を発しなかった。

 魔法陣の光が徐々に弱くなる中、ヨシュアは歩み出る。

 消えゆく光をとどめるように、魔法陣の中へと入る。

 だが、無情にも地面に刻まれた魔法陣は輝きを失った。


「……駄目か。だよな、こんな……やっぱり実際に俺の生命いのちを使わないと――」


 その時だった。

 突然、超局所的な豪雨のように、水が落ちてきた。

 バシャーン! と、風呂桶ふろおけをひっくり返したような衝撃。当然、ヨシュアはその場でズブ濡れになる。水もしたたるいい男、なんて茶化ちゃかしてくれる者もいなかった。

 だが、なにごとかと茫然自失ぼうぜんじしつのヨシュアは、頭上に声を聴いて天を仰いだ。


「ちょっ、ちょっと、もぉ! なんなのよーっ! どうしてこういう時に限って!」


 懐かしいあの声が、

 何故なぜか全裸のリョウカが、その尻がヨシュアの顔面を強打する。

 そのまま倒れたヨシュアにまたがる形で、勇者リョウカはソロモニアに帰還した。

 ヨシュアはリョウカを召喚することに成功したのだ。


「なっ……なんで裸! お前っ、例のよろいといい、もう少し恥じらいを持ちなさいよ!」

「あっ、あれはあれで凄く強いの! レアアイテムなの! ……今は、お風呂に入ってたんだもん。そしたら、突然湯船がうずを巻き出して、ピカーって」

「す、すまん……お前を召喚したのは俺だ。その、入浴中とは思いもしなくて」


 手で素肌を隠しつつ、真っ赤になってリョウカは立ち上がった。

 周囲からも歓声が上がり、シレーヌやシオンが駆け寄ってくる。遠巻きに見守るレギンレイヴも、隣のグリットと共に笑顔を見せていた。

 おずおずと身を起こすヨシュアは、リョウカの心配そうな視線に目を背けた。


「召喚って……もしかして、ヨシ君! あのっ、危ないことしてないよね?」

「し、してねえ、けどさ。けど……最悪、生きてけなくなるところだった」

「駄目だよ、もぉ! ……わたし、そんなに、えっと、霊格? 高いの?」

「さあ? ただ、俺は死ぬ気で叫んだ。死ぬほど恥ずかしい思いをした。そうまでして……お前とまた、一緒にいたいと思った」

「え、それって――」


 言えない。

 大勢の前にもかかわらず、愛の告白をしただなんて。

 文字通り、死ぬほど恥ずかしかった。

 そして、結果によってはもう、生きていくのが辛く思えるほどだっただろう。

 だが、今はリョウカが目の前にいる……それだけで十分だった。


「リョウカ、おかえり。あのさ、ブレイブマート……大繁盛だからよ。だから」

「ん、ただいまっ! ……で? 大繁盛だから? キミね、もしかして」

「ああ。コンビニはなんでも売るんだろ? なら、店員の俺だってなんでもありだ。お前さ……もう俺の前からいなくなるなよ。あっちに帰るなら……俺を連れてけよな」


 リョウカは驚いたあとに、瞳を潤ませて微笑ほほえんだ。

 こうして、勇者の伝説が終わりを告げ……新たな伝説が幕を開ける。

 後にソロモニア全土に支店を広げる、ブレイブマートの第一号店に店長が帰ってきた。彼女が相棒とする少年は、魔力を持たず魔法が使えない。しかし、持ち前の機転で才色兼備さいしょくけんびの店長を助けたという。

 誰もが二人を、こう呼んだ……祭終迷宮のコンビニコンビ、と。

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コンビニコンビの祭終迷宮《エクスダンジョン》 ながやん @nagamono

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