最終日 「初恋」と「満月」、可能なら「二日酔い」(複数題)

※【1日目 「外の景色」】の人物のその後の話です。


 花火大会の帰り道。

 告白に失敗した僕は、花ととりとめもない会話をしながら河川敷に沿って歩いている。


「折角だから屋台でも見に行こっか」


 花の提案で、僕らは囃子で賑わう対岸へと向かう。

 細い橋の歩道に差し掛かり、僕は先導する。

 暗い行き先を眺め、切なさと不安が入り交じった感情がこみ上げてくる。


 僕と花は幼なじみだ。


 家が近所で、小学校、中学校、そして高校と同じ道を歩んできた。

 いつも隣で彼女のことをみてきて、いつのときか、彼女の笑顔をみる度に胸を締めつけられ、僕は花に恋をしているんだって気づかされた。



 このまま高校二年生の夏が終わろうとしている。

 来年の今頃は受験勉強が始まる。

 ……花はどこに進学するのだろうか?


 今まで傍にいて当然だと思っていた人が、この先で振り返れば、そこにはいないかもしれない。

 このままお互いに話す機会が減っていって。すれ違うこともなくなって。


 そうしたら、僕はこの気持ちを永遠に伝えられないまま過ごすこととなる。


 そんなのは嫌だ。


 何度もあったチャンスを無下にした自分を悔やんでも悔やみきれない。


 僕は、僕は――


「あ、あのさ……!」


 振り返ると、花はきょとんとしていた。


「僕は、花のこと、その……ずっと前から! 好――!」



――盛大に打ちあがる花火は僕の台詞を奪った。


 空一面を覆っていた雲塊は、いつの間にかまばらに千切れて、合間から色鮮やかな花火と満月が顔を覗かせていた。


 なんでこんなタイミングで……。

 僕は天を仰いだ。雲のさらに上で見ているだろう神様を恨んだ。


「……月が綺麗だね」


「え?」


「夏目漱石の言葉。『I LOVE YOU』を日本語に意訳するときにはそうしろって、当時の生徒に教えたみたいだよ。最近ネットとかで話題になってきたけど……」


 花は空を眺めながら続けた。


「でも私、この言葉嫌い。だって遠回しすぎて何を伝えたいのか分からないし、有名になりすぎてロマンチックの欠片もないんだもの」


「そ、そうだね……」


 嫌な汗が額を伝る。

 文学的でロマンチックだと思っていたものを、伝えようとしていた人物にあっさり一蹴されてしまった。


「それに――」


 花は僕の瞳の奥を見つめた。

 打上げ花火が爛漫と咲き誇る最中、僕ただ一人だけがそこに映し出されていた。



     *****



「うぃ~……まさかお前がこんなとこで屋台をやっておるとはのぅ」


 神様は御神酒をラッパ飲みした。

 屋台の水槽を挟んで、店主は缶チューハイをちびちびと口につける。


「ところでこれはなんじゃ? ワシの酒のつまみか?」


「これは人々の心に潜んでおった物の怪じゃ。最近じゃ大麻おおぬさを振りまわしても飯を食っていけないからのぅ。こうやって御神水ごじんすいで清めた後に売っておる。最近の若者は眼を見れば心に何を住まわせておるか見当がつく。己が欲する物に、想い人……」


「ワシには何が住んでおるのじゃ?」


 酒臭い言葉に、店主は一瞥するまでもなく返す。


「目が座っておるだけじゃ。……ところでお主、帰る当てはあるのか?」


「いいんだ、今はそんなこと。ワシは久々に旧友と酒を交えて楽しいんだ。どうせ明日は二日酔いで動けん。その時にじっくり考えればよい」


 神様は恍惚な表情を浮かばせながら吐息を漏らす。




 店主はその言の意味を深読みして赤面した。

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曇天の花火大会 矢口ひかげ @torii_yaguchi

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