『お嫁さん』
「……おーけい、いったん落ち着こう」
「は、はい……」
近くに見えた公園へ入ろうと、目線で
「本当に……男の子、なの?」
……こくん。頷かれる。
「……そのなりで?」
……こくん。再度頷かれる。
「ちょっと触診してもいい?」
こく……頷きかける。が、残念ながら引っかからなかった。
「なっ、なに言ってるの!? バカじゃないのっ!!」
ちっ。おしい。
しかしななせの
「じゃー、脱いで見せて貰ってもいい?」
「ねぇ、逆にハードル上がってない? おかしくない……?」
「けちー」
「ケチじゃありません……」
このまま笑い話にして流しちゃってもいいのかもしれないけど……やっぱりちゃんと聞いておくべきかな。ななせも、そのつもりなんだろうし。
「一応、聞いてもいい? なんで、その……女装しているのか、って」
ななせは少し視線を
「……お母さんがね、本当は女の子が欲しかったんだって。だからボク、小さい頃から女の子の服を着せられたりして、女の子みたいに可愛がられてて。最初のうちはお父さんも大目に見てたんだけど……小学校に上がってもそんな感じだったから。さすがにお父さん、怒っちゃって」
困ったように苦笑する。軽い感じで言ってるけど、それはなかなかの一大事だったのではなかろうか。下手すれば離婚にまで発展してしまいそうな気がする。
「それでもお父さんがいない時は、こっそり女物の服を着て出かけたりしちゃってた。お母さんが喜んでくれるってのもあったけど、ボク自身こういう格好がすっかり気に入っちゃってたし」
ずっと
「でもだんだん、自分たちが悪いことしてる自覚が芽生えてきて……もしまたお父さんにバレたら、今度は取返しのつかないことになるだろうなって。お母さんも、もうやめようって言ったんだけど……」
大きく一つ、溜息を吐く。自分のことを責めているような、自分に呆れているような、そんな口ぶりで続ける。
「なんか、ダメだった。男物の服を着ても、違和感しかなくって。時々でも女の子の服でいないと……落ち着かないっていうか、息苦しかった。親の目を盗んでこっそりし続けるのもしんどくなってきて、一人暮らしも始めたんだよね」
ひとしきり話し終えたようで、不安げに私の顔を覗き込んでくる。どこか観念したような……裁きを待つ罪人の眼差しとは、もしかしたらこんな感じだったのかもしれない。
「自分の体と心の性が一致しない……とかじゃないよね?」
「んー、『トランスジェンダー』とか、『性同一性障害』とは違うかな。どちらかと言うと、『変身願望』なのかも」
「へんしん、がんぼう……」
「うん。これはまた
思わず目を見張った。
不意にななせの声が、表情が、一転してぱっと明るくなったから。
「最初はわかんなかったんだ。この気持ちがなんなのかって。いつも環くんと会えそうなとこにばっか通って。見かければ常に目で追っちゃって。少しでも遊んだり話したりできたら、すっごく舞い上がっちゃって」
「……」
「そうしていくうちに……あぁ、これって恋なのかなって思った。はじめて好きになれた相手が、男の子だったんだって……ちょと、嬉しかったの」
照れくさそうに、はにかんでみせる。
「現実ではそういうの望めない、けど。ゲームの中でぐらい、女の子みたいに恋をして……ウェディングドレスなんかも着てみたかったんだ」
「だから、環と……結婚を……?」
肯定の意を示すよう、ゆっくりと深く頷く。そうしてから顔を上げたななせは、酷く申し訳なさそうな表情をしていた。
「あははっ……ごめんね、気持ち悪いよね」
「いや……」
正直なんて言ったらいいか、わからない。
打ち明けられた事実が思った以上に衝撃的で、思考回路が麻痺しているのだと思う。
私は今、どんな気持ちを抱いているのだろう?
「……怒ってるよね」
その声にはっとした。
私でもわかる。ここでの沈黙は、長引けば長引くほど不安を
今は何でもいいから口を開いた方がいいと思った。それが例え、私ですら意味不明な感想だとしても。
「いや、待ってよ。確かに衝撃ではあったよ……いい意味で」
「え?」
「だって、こんなに可愛い子が女の子のはずがないもの」
「……はい?」
ななせがキョトンとする。あぁ、可愛いなぁ。本当に。
――うん。可愛いんだ、この子は。やっぱり。
ゲームで会っても、現実で会っても。女の子だったとしても、男の子だったとしても。
私の大事な、大好きな存在であることは、何ら変わりない。
言葉を発さず、意味深に微笑みかけてから、私は空を見上げた。釣られてななせも、共に見上げる。
――なんだ、簡単なことだったんじゃない。
セレナが、お嫁さんになりたかったのも。
私が……セレナに抱いていた想いも。
「――ふふっ」
「……
不意に笑いだした私の顔を、心配そうに覗き込んでくる。
「んやぁ、ごめんね。我ながら天才的
――ずいぶん回り道しちゃったね、私たち。
だけど、もう大丈夫。
これがきっと、私たちが選ぶべき道だ。
「よっし。結婚しよっか、ななせ」
「……はい?」
ますます目を丸くされてしまった。そりゃそうか。
「け、結婚って……ボクと、環くん? 嬉しいけど、なんで――」
「ああ、そっちは……どうしよう?」
「ふえ?」
「まぁまぁ、そっちのことはあとあと。それよりも」
ベンチに手をついて、ずいっと顔を近づける。後ずさりしたななせを真っすぐに見つめ、一字一句しかと伝わるよう、はっきりと強調しながら告げた。
「私と、あなたが、だよ。『
お互いを指差しながら、そう言う。ななせの顔が、みるみる驚きに染まっていった。
「ななせ。あんた、私の嫁になりなさい」
なんともまぁロマンチックさの欠片もない、ぶっきらぼうな言葉だと内心苦笑する。
こんなものが――『プロポーズ』の言葉になるとは。
「い、いや、待って梓ちゃん? よ、嫁……って」
「なに? 問題ある?」
「あるに決まってるでしょ!? だ、だってボク、男の子だよ……?」
大真面目にその台詞を口にする人間が現実に存在するとは……
「今は『イクメン』やら『主夫』だって多いじゃない。『男の嫁』がいたって、なんら不思議じゃないよ」
「うっ……」
「そりゃ同性婚はマズいかもだけど……私らは丁度良く異性なんだし?」
「そう……だけ、ど……」
「式では当然、ウェディングドレスを着てもらうからね。私があんたを、さいっこーに可愛い花嫁にしてあげる」
ななせの頬をふわりと両手で包み込み、
……少しは面目が立ったろうか。今のはほんのちょっとだけ良いことを言えた気がする。
「……ほんとに?」
「男に二言はないよ」
「梓ちゃんは女の子でしょ……」
「ななせの前では男役でいてあげる。嫌?」
その声が自分でもびっくりするほど優しく、柔らかい。きっと表情も、それに見合ったものになっていたと思う。
「嫌じゃ、ない」
ななせの声は涙混じりだった。そう感じた直後、その膝へぽたりと一滴が零れ落ちる。
「嬉しい……」
「あーもー、泣かないでよ」
頭を抱き寄せ、ぽんぽんと叩く。
「だってぇ」
「泣き虫だねぇ、私の未来のお嫁さんは」
「……優しくて、カッコいいね。ボクの、旦那様は」
涙に濡れた目で、照れ笑いしてくる。どこからどう見ても超絶可愛い美少女の、同性でもドキっとしちゃうような泣き顔だった。
本当に男の子なのかぁ、これで。世界って広いねぇ……。
「さっ、帰ろっか。私の家に」
「ん。……って、ちょっとぉ!?」
ちっ。雰囲気に流されてくれると思ったのに。
「ほら、確かめなきゃでしょ。ななせが本当に男の子なのかとか……二人の愛とか?」
「なっ、なにをばかなこと……そういうのは、お互いのこともっとよく知ってから――!」
「うわでたよー、ヘタレさんの
「
「なかなか素直になれない嫁の心を解きほぐしてあげるのも、旦那としての役割かと思いまして」
「……その割には梓ちゃんこそ、顔赤いよね」
「っ!?」
くそっ……! 私の表情を確認する余裕があったのか、
どうせ気づかれないだろうと
「そ、そりゃー私だって
「ふーん。どーせボクがヘタレるだろうと思って、調子に乗ってそーいうこと言ってたんだぁ……?」
「……ぴゅー、ぴゅー」
口笛を吹いてそしらぬ顔をしようとしたが、私は口笛が吹けない。これでは誤魔化しが利かない。練習しておけばよかった。
「ふぅーーーん……」
「な、なに……?」
ジトーっとした目をされる。そこそこ長い付き合いではあるが、こんな目をされた記憶などない。嫌な予感がひしひしとする。
「――だいすき」
――~~ッ!?
「なっ、ななな……あ、あんたっ、なに――っ!」
「あっはは~。やられっぱなしなのも
無言でばしばしと肩や腕を引っぱたく。ななせは「いたい、いたい」と、ちっとも痛くなさそうに笑ってる。きぃー。
「……今日のところは見逃してあげる」
「ははー。ありがたき幸せ」
相手に完全に余裕を取り戻されてしまい、こちらは逆に精神的屈辱によりテンションだだ下がりな今、強引に家まで連れ込むには分が悪すぎる。口惜しいが致し方あるまい。
「変なことしないって約束してくれるなら、別にいいんだけど」
「その約束は……できない……」
「なにカッコつけてカッコ悪いこと言ってるの」
いやだって本当にできないし。せめて上半身だけでも脱がせたいよね。
だが決して諦めたわけではない。機を見て、必ず――!
「いい? ちゃんと花嫁修業しとくのよ?」
「あ、そこらへんはたぶんへーき。一人暮らし歴けっこー長いから、一通りできるし」
「なら次に会う時はお弁当作ってきてね。味にはうるさいから、覚悟なさい」
「なんか旦那ってより
「健康に気を遣っているかもチェックしますからね! 私の息子に変なもの与えられちゃ、
「さらに姑に寄せてきた……!?」
そんな他愛もない会話をしながら、帰路に就く。
どちらからともなく、自然と手を繋ぎながら――。
最初に待ち合わせた駅へ辿り着いた私たちは、穏やかな微笑みを携えて向かい合った。
「それじゃ、今後ともよろしく。ななせ」
「こちらこそ、梓ちゃ――」
「――『あずさ』」
ななせの言葉を
「う、うん?」
「『あ、ず、さ』」
「え、えぇー……」
ジト目で無言の圧力を仕掛ける。「さぁ言え、はよ言え」と目で訴えかけ続ける。
ななせはしばし目を泳がせていたが……やがて観念したように、意を決したように、私と目を合わせた。
「――あ……、あず、さ……」
「んっ。よろしい」
会心の笑みを浮かべる。
まだぎこちなかったが、まぁ良しとしよう。呼び捨てなど慣れていないのだろうから、及第点だ。
「また、ゲームでね」
「うんっ、またね。ばいばーい!」
――名残惜しさは、確かにある。
住んでいる地域がそう遠くないとは言え、毎週のように気軽に会えるものでもない。どんなに離れてても、心は繋がっている――そんな素敵な言葉はきっと、私には響いてくれない。数日でも会えずにいたら、絶対に寂しい。
けれど私たちは、またすぐに会える。
家に帰れば、大好きな相方と会えるんだ。
あぁ、やっぱり今日は最高の一日だった。
そしてその想いはきっと、明日からも続いていく。
私の――未来のお嫁さんと
◇ ◇
――ありのままでいい。
そんなドラマのような言葉、下手したら歯の浮いてしまうような言葉、縁遠いと思っていた。
けれど――こと私たちにおいては、それで良かったらしい。
ゲームのキャラの仮面を被ったりせず、口調や性格を演じたりせず。隠し事を打ち明け、素直な想いを
ありのままで良かった。後付の属性なんて、無くて良かった。
私たち自身が元々持っていたものが――何よりも、大事だったんだ。
後日、環とセレナは結婚式を挙げることになるかもしれない。
正直まだ渋る気持ちがないわけでもないが、現実世界で行う際に色々と役立ちそうだから。それを記録に残しておけば、ムービーなんかにも使えそうだし。予行演習にもなってくれそうだし。後は何といっても、セレナの花嫁姿を一足先に拝んでみたいし。
それに、セレナの期待に満ちた眼差しが日に日に強まってる。そろそろ耐えられない、限界。あいつの可愛さで私の
特筆すべきことと言ったらそのぐらいで、他には特にこれといった変化は――
「あ、ねぇねぇカナー! みてみてっ、これ!」
セレナが元気よく私を呼ぶ。その台詞から察するに、衣装でも新調したか?
さーて、どれどれ――
「……なあ、セレナ」
「んっふふー。かわいーでしょ!」
「ああ……かわいい、な……」
これまで見てきた中でも、最上級に可愛かった。……いや、むしろ綺麗だった。
そりゃ、綺麗だろう。ありとあらゆる女性において、例外なく最も綺麗な姿だと言っても過言じゃないはずだ。
――『ウェディングドレス』だったのだから。
「お、おい。一応聞くが……それはどういった了見だ?」
「待ちきれなくって、つい買っちゃいました!」
『つい』でする買い物じゃない。それ一着の値段でどこまでのことができると思ってるんだ。お前の装備一式の新調もできるだろう。回復材などの消耗品も半年は余裕で
「お、お前な……気が早いにも程が――!」
「『早い』のかもしれないけど、『いずれは必ず』必要になるものだしぃ? いーじゃん、細かいことは気にしないでさ~♪」
「くっ……!」
この頃では大分吹っ切れたのか、ずいぶんと言うようになったものだ。悔しい、でも可愛い。
「いやっ! 何があっても、うちの嫁は婿になど出さ――」
「……ダメ、なの?」
しょんぼりと、酷く悲し気な視線が襲い来る。
言うまでもない。私の意地など、いとも
「――なくも、ない、わけでも……なきにしもあらず……?」
「えー。それって結局どっちなのさ~」
「う、うるさいっ!
「ん~? ってことはぁ、つまりぃ……?」
ドヤ顔とニヤケ顔を足して二で割ったような表情で迫ってきた。
本来であれば腹立たしい表情であるはず、なのに――私は顔どころか身体中が熱くなってしまう。心臓が尋常じゃないほど暴れ出してしまう。
「だ、だからっ、……言わせないでってばーっ!!」
――特にこれといった変化は……やはり、ない。
今日も、相変わらずだ。
セレナは――私の未来のお嫁さんは。
今日も、最強に可愛い。
属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか? 紺野咲良 @sakura_lily
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